図書館戦争アナザー

□動き出したセンセーション
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最悪な気分のまま寮に戻り、その日は夕飯を抜いた。
何も食べる気にならなかったし、寮の食堂で堂上と鉢合わせするのも避けたかった。
どうせ明日になれば嫌でも顔を合わせるのだから無駄な抵抗かもしれないが、どうしても堂上と会いたくなかった。
今堂上の顔を見たらきっと泣いてしまう。

「体調不良なんですって?」
「さっきまで平気な顔して訓練してたのに」

ベッドに腰掛けてうな垂れていると相変わらず遠慮なしに笠原と柴崎が入ってくる。

笠原や柴崎の顔を見るのも今は辛いのに、普段の癖で鍵をかけないままでいたのは失敗だった。

「あー、いや大丈夫。ちょっと食欲ないだけ」
「あんたそれ以上痩せる気ぃ?また堂上教官にどやされるわよ」

堂上の名前に奈緒の肩が跳ねて、柴崎が眉を顰めた。
窺うような視線から逃れるように顔を背ける。

「あれ?これ、あたし宛て?」

脱ぎ散らかしたままだった制服を親切にもハンガーにかけてくれていた笠原がポケットからはみ出ていた封筒を取り出す。
どう理由をつけて渡そうかといろいろ考えていたのに、自分のこういう無骨さが本気で嫌だ。

「……手塚のお兄さんから。昨日の食事代だって」

このタイミングで見つかってはそう白状するしかない。

「…会ったの?手塚慧に!?」

笠原が封筒を握りしめて詰め寄ってくる。

「会ったっていうか…」
「もしかして、今日の面会人が手塚兄?」

柴崎の問いに気まずく頷くと、笠原がわしゃわしゃと髪の毛をかきなでた。

「だぁぁぁ!それが分かってたら御堂を一人でいかせたりしなかったのに!!何にもされなかった!?」
「……特に、何もな」

柴崎と笠原の鋭い視線が突き刺さり、言いかけた言葉を引っ込める。ここで何もないと誤魔化したところで余計に心配させるだけだ。

「何も、なかったわけじゃないけど…」
「やっぱり!!」

すかさず吠えたのは笠原で、その横で柴崎も呆れたような溜息をつく。

「あの人昨日あたしになんて言ったと思う!?査問を辞めさせてやるから手塚を未来企画に入るよう勧めてくれっつったんだよ!?そんなひどい話がある?こんな汚いやり口で手塚を傷つけておいてさ、その上あたしが手塚に未来企画に入れなんて傷口に塩塗るようなことできるかっつの!!」

それを酷いと感じるのが自分にじゃなくて手塚の身の上とするところがあまりに笠原らしくて思わず吹き出した。

あぁ、やっぱりこれが私の大好きな笠原だ。

慧の申し入れを突っぱねたのは間違いじゃなかったと確信が持てる。

「…私にも似たような話だったよ」

詳しい話は避けた。奈緒や柴崎、手塚を手に入れるために慧が笠原を巻き込んだなど口に出したくもなかったからだ。
思い出すだけでも悔しさで体が震える。

「まぁ…こうなった以上はあたしも潮時ね」

呟いた柴崎が立ち上がった。

「柴崎…?」
「もうちょっと泳がせてても良かったんだけど、もぅ限界。少し出てくるわ。門限までには帰る」

部屋を出ようとした柴崎の肩を掴むと、振り返った柴崎は笑顔だったがその目は笑っていなかった。

「朝比奈さんのとこにいくなら、私も一緒にいくよ。何かあったら柴崎1人じゃ…」

笠原に聞こえないよう声を落としてそう言ったが、柴崎は首を横に振る。

「ボディガードに適任な奴を連れていくわ。あんたよりこの場合男のあいつの方が役に立ちそうだし」

柴崎のいうあいつとは手塚のことだろう。だとすれば、確かに手塚を連れて行った方がいい。

「…気をつけて」

出て行く背中に呟くと、振り返らずにVサインを作って柴崎はドアを閉めた。


「え、え、え、えええーーーーっ!?」

冷蔵庫からビールを取り出そうとかかんだ瞬間、笠原が奇声をあげる。
何事かと見ると、先ほどの封筒を開けた笠原が万札と手紙のような物を握り締めわなわなと震えていた。

「え、…どした?笠原」
「これ、ここんとこ…」

恐る恐る尋ねると手紙を突き出される。
何やら色々と書いてあった中で、笠原が指し示した最後の一文を読んで絶句した。



高校生以来の憧れの王子様が上官の女子になんかちょっかいを出すものじゃないね。お陰様でいい面の皮でした。ではお元気で。


「これって、だから、王子様が上官って、…」

うわ言のように呟く笠原に心底同情する。
こんな形で、よりにもよって手塚慧から憧れ続けた王子様の正体をバラされるなんて。

「笠原、とりあえず深呼吸しよ。ほんで、はい、これ」

冷蔵庫から取り出したばかりのビールを差し出すと、笠原は一気に飲み干した。

「…こんな間抜けな話があるかぁー!!」

腹の底から叫んだ笠原が缶ビールを机に叩きつける。
そんな笠原に続いて奈緒も缶ビールを傾けた。こんな時ばかりはビールごときのアルコール含有量では酔えない自分の酒耐性が憎い。
酔っ払って全て忘れてしまえたらどんなに楽か。

「まぁ、そんな気はしてたけどね、私は」

堂上の笠原に対する態度や他の上官達のからかいを含んだ言動から薄々そんな気はしてた。最近はその可能性についてあえて考えないようにはしていたが。

「どこがよ!?ていうか、あたし…本人を目の前にして王子様だの、憧れだの小っ恥ずかしい台詞を…っ!!」
「あー…、うん、それはドンマイ」

うぎゃー、と笠原が床に転がった。
ある意味とんだ羞恥プレイでもあるので無理もない。
先ほどのキスの件といい、手紙の件といい、慧は余程人の心を弄ぶのが得意とみえる。

「明日、堂上教官にどんな顔して会えばいいんだ…」

まさか2人揃って同じ日に、同じ人によって理由は違えどまったく同じ心境にさせられるとは。
半泣き状態でのたうちまわる笠原の横で奈緒は苦笑するしかなかった。
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