短編・番外編(ブック)

□英剌魔法合戦
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「サルグ・アルサーロス!!(降り注ぐ氷槍)」

 数多の氷の槍が、名前を貫かんばかりの勢いで飛んでくる。氷の槍の先端は鋭く、当たれば一溜まりもないだろう。すかさず、名前は杖を構えて呪文を唱えた。

「プロテゴ、護れ!ペトリフィカス・トタルス、石になれ!」

 名前の前方に出来た見えない盾は、氷の槍を弾いた。間一髪、後少し遅れていれば名前は氷の槍に貫かれていた。しかし、防御ばかりしていたら良いというわけではない。氷の槍を全て防いでしまうと、名前はすぐに目の前に浮いている青年に向けて魔法を放った。だが、青年にその魔法が届くことはなかった。青年の周囲にもまた、見えない盾が存在していたのである。

「まだだ!まだ全然足りねぇ!もっと本気出せよお!」

 青年は興奮しきった様子で、再び名前に向けて杖を向ける。名前も自分の身を守るために、杖を構えた。

(どうしてこうなったんだ……)

 名前には、今の状況が把握しきれていなかった。目の前の青年が何者で、なぜ自分に攻撃をけしかけてくるのか、理解できなかった。どうして自分が砂漠の真ん中にいるのか、それも分からないというのに。


 あれは、今から数時間前のことだ。太陽がさんさんと照り続ける砂漠で、名前は目を覚ました。

「うぅ……ここは……?」

 起き上って、服に着いた細かな砂を払い落とす。辺りを見渡してみると、そこは広大な砂の大地が広がっているだけであった。人や、動物の気配は一切しない。ここには、名前一人しかいないようである。隣を見ても、いつも近くにいるアディでさえそこには存在しなかった。訳の分からぬまま砂漠に一人、名前は佇んでいた。

(なんで砂漠にいるんだろう……。確か……あれ、思い出せない)

 自分が目を覚ます前までのことを、名前は覚えていなかった。いや、思い出せないと言った方が正しい。自分が今までどこにいて、どんな生活を送っていたのかなどのことは覚えているのに、砂漠にいるまでの前後が記憶として出てこないのだ。まるで頭の中の一部分だけ、霧で覆い尽くされてしまったような、そんな感じだった。
 じっとしていても解決するわけではないので、名前はまず、自分の置かれている状況を把握しようとした。
 現在の名前は、訓練兵団から支給された団服を着ていた。訓練後だったのだろうか、ポケットの中には杖と箒が収まっている。名前は、内心ほっと一息ついた。もし、この砂漠に杖もない状態で放り出されていたとしたら、名前の未来は存在しなかっただろう。おそらく、なにもできずにこの場に佇んでいる他ない。

(とりあえず、歩いてみよう……)

 
 嫌なことを考えるのを止め、名前は砂漠を歩くことにした。歩き慣れない砂の地面は、名前の足を縺れさせ転倒させる。それと重なって、照り続ける太陽が名前の体力を更に奪っていく。
 更に歩いてみて分かったことだが、どうやらここは名前のいたウォール・ローゼではないらしい。ウォール・ローゼに、このような砂漠は存在しない。万が一存在したと仮定しても、壁内にこのような広大な砂漠があるはずがないし、名前もそのような話は聞いたことがない。名前は、一抹の不安を感じた。

(まさか、また別の世界に来た、とか、そんなんじゃないよね……)

 名前はひょんなことから、自分のいた世界とは別の世界に来てしまっていた。それだけでも摩訶不思議なことなのに、また別の世界に来てしまったなんてありえない。むしろ、そのようなことは考えたくなかった。だが、名前の立っているこの砂漠という場所が、“ここはウォール・ローゼではない”と言っているようで、恐ろしい。
 もしかしたら、ここは壁外なのかもしれない。そう考えてみたが、巨人はいる様子ではないし、名前は壁内にいたのだ。一体、どうやって壁外に移動したのだろう。無意識的に姿現しを使ってしまったのかと考えてみたが、この魔法は強い意識を持っていないと成功しないので、まずありえなかった。

(人は通らなそうだな……。まぁ、当たり前か)

 しばらく歩いてみたが、やはり誰かが来る気配はない。歩き続けている間も、名前の体力は砂漠の熱によって奪われている。歩くよりも、箒に乗って人を探すという方が賢明だろう。名前はポケットから箒を取り出すと、それに跨り地を蹴った。さすが箒、と言うべきだろう。歩いていた時よりも、格段に速い。このままいけば一人くらいなら見つかるかと思ったが、名前の真下には茶褐色の砂が広がるだけで、人影は見当たらなかった。
 空を飛び続け、どのくらい経ったのか名前には分からない。だが、かなり時間が経っているというのは、なんとなく感覚で分かっていた。何度もくまなく探してみたが、やはりここら一帯に人はいないようであった。名前は、大きくため息をついた。
 そんな時だった。名前は、目の前で自分と同じように空を飛んでいる人物を見つけた。少し違うのは、その人物が絨毯で空を飛んでいるということだ。アジアの地域では、箒を使用せず絨毯で空を飛ぶ、と聞いたことがある。だとすると、ここはアジア地方なのだろうか。名前はますます訳が分からなくなった。しかし、やっと自分以外の誰かを見つけたのだ。このチャンスを、逃すわけにはいかない。名前はそっと、目の前を飛ぶ人物に近づいた。

「あのう、すみません」
「うお!?なんだぁ、お前」

 声をかけてみると、振り返ったのは黒が印象的な青年だった。長く美しい黒髪を後ろで三つ編みにしており、服装はまるでアラビアンナイトのような独特なものだった。
 自分の後方から話しかけられたせいか、青年は驚いた素振りを見せた。本来なら左右どちらかに回って話しかければ良かったのだろうが、名前は焦っていたため気遣うことを失念していた。申し訳ないと思いつつも、名前はまず自分の話を聞いてもらおうと口を開いた。

「えっと、ここは一体……おわ!?」
「お前変だな……。変ちくりんな服着てるし。まぁ、良いや」

 アルが話し終わる前に、背念はアルの顔に向かって杖の先端を突きつけた。にやり、と怪しげに笑みを浮かべた青年の表情は、見る者の背筋を凍らせてしまうような、薄気味の悪いものだった。

「丁度やることもなくて退屈してたんだ。見たとこ、お前魔法使えそうだし」

 青年は杖を構えると、呆然としている名前に向けて高らかに呪文を唱えた。

「サルグ・アルサーロス!!(降り注ぐ氷槍)」


 そして、現在に至るのである。
 いきなり戦いを挑まれ、攻撃を仕掛けられた名前は意味が分からなかった。青年の言った言葉から推測すると、彼の退屈しのぎに名前は付き合わされているらしい。決闘なんてやりたくなかったが、名前と同じく空を飛んでいる青年を撒くことは難しそうだ。

「なに考え事してんだよぉ!そんな暇、ないぜ!」

 気がつくと、先ほどと同じ氷の槍が名前の周囲を囲んでいた。まずい、そう思った時には既に遅く、氷の槍は名前を貫こうと飛んでくる。今の名前では自分の周囲に魔法の盾を張ることは難しいし、時間的に間に合わない。絶体絶命の窮地に立たされた名前は、静かに目を閉じた。

「チッ、これで終わりかよ……。とんだ期待外れだ」

 青年は目を閉じた名前を見て、もう諦めたと思っていたのだろう。まるで力加減を知らず、玩具を壊してしまった子供のようなふくれっ面で呟いた。しかし、よく見ると目の前で氷の槍に貫かれたはずの名前は、そこに存在していなかった。

「エクスパルソ、爆破!」
「なっ……!?」

 突如後ろから気配に、青年は一歩遅く気がつけなかった。避ける暇もなく、青年に名前の放った魔法が直撃する。
 なぜ名前が後ろから現れたかと言うと、名前は姿くらましを使用したのであった。目を閉じたのは、鮮明にイメージをするためだったのである。こうして青年の後ろに回った名前は、青年にではなく絨毯に向けて魔法を放った。
 名前の見立てによると、青年はかなりの手練れだ。魔法も名前が習ったことのあるものではないし、聞いたこともないものだった。しかも、彼の使用する杖は金属質で、名前の使用している物とは材質も異なる。名前にとって、彼は未知なる敵であった。あの死食い人(デスイーター)よりも、達が悪い。極めつけに、あの青年には常に周囲に見えない盾がある。いくらこちらが攻撃をしたとしても、弾かれてしまうのならそれは意味を成さない。だったら、青年を落としてしまえばいい。そう、名前は考えたのである。

「あっはははは!お前、やるじゃねえか!」

 手応えはあったはずなのに、やはり彼は無傷だった。絨毯は燃えカスとなったが、驚いたことに彼は一人で宙へ浮いている。なににも頼らず宙へ受ける人物なんて、名前は“例のあの人”ぐらいしか思いつかない。だが、そのくらいこの青年は強いのだろう。名前は生唾を飲み込むと、杖を握る力を強めた。

「あーあ、絨毯燃えちまった。こりゃ怒られるだろーな……。だけど……お前何モンだ?」
「は……?」
「お前からはルフが見えねぇ。魔法はルフによる魔力(マゴイ)がなけりゃ、使えねぇはずだ。なのに、お前からはルフも見えねぇし、魔力があるようにも感じねぇ。……まぁいいや。俺を楽しませてくれるならなんだって構わねぇ!いくぜ!」

 青年がぶつぶつとなにか考え事をしたのもつかの間、青年は狂気の笑みを浮かべて上昇した。青年は杖を構え、彼が得意なのであろう例の氷の槍を名前に向かって何度も放った。名前はそれを箒で交わしつつ、自分も負けじと青年に向かって魔法を放つ。しばらくの間、二人の間で激しい攻防戦が続いた。
 砂漠地帯特有の太陽熱と、魔法の連続使用で名前の体力はどんどん削がれていった。通常、魔法使いが行う決闘はあまり時間が掛からない。ベテランの魔法使いであるなら、試合開始と同時に勝敗が決まるのだ。

「はぁ、はぁ……」

 なぜ、目の前の青年は疲れていないのだろうか。名前は不思議で、溜まらなかった。自分とは正反対に、青年は先ほどより生き生きとしていた。動きも俊敏になっている気がするし、魔法の威力も上がっている。既に名前は箒で避けることでさえ、精一杯だというのに。

「なんだぁ、もうバテてんのかよ。つまんねぇ」
「君こそ、なんで疲れてないのさっ!」

 名前はやけくそになって、青年に向けて杖を振るった。しかし、狙いを定めないで撃った魔法は、あっさりと青年に避けられてしまう。

「なんでってそりゃあ……俺がマギだからさ!」
「マ、ギ……?」
「そう、俺はジュダル。創世の魔法使いにして、最強の魔力の使者であるマギ!そのマギですらないお前に、俺が倒せるかよ!」
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