マギ(連載)

□13.5
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13.5胸の痛み




 俺が文字を教わるようになってから、五日経った。
ここ毎日とジャーファルは仕事の合間に俺に文字を教えてくれている。
ジャーファルの教え方は分かりやすいもので、最初は全然読めなかった文字も今ではすらすらと読めるようになった。
まだ全て読めるというわけではないが、文字が読めるというのがこれほど気持ちの良いものだとは思わなかった。




「ふぅ・・・」




 廊下で王宮の人間たちが行き来する中俺は一人、中庭の近くにある柱に寄りかかってたばこをふかしていた。
この世界のたばこは俺のよく知っているコンパクトな物ではなく、いわゆる“葉巻たばこ”というやつだった。
 店にいたころはランもいたし、たばこをふかすことはほとんどなかったが、最近になってたばこをふかす時間は増した。
やはり、久しぶりのたばこは美味い。




「リュウイチさーん!」

「あ?」




 俺はたばこをふかしつつもぼーっと考え事をしていたが、それはシャルルカンによって妨げられた。
シャルルカンはある時からか、俺をさん付けして慕うようになった。理由は分からない。
だが、彼はは昔俺を慕ってくれていたやつらにそっくりで、悪い気分はしない。犬に懐かれている気分だ。





「今日、俺の剣さばき見に来ませんか?」

「良いぜ」




 シャルルカンが目をきらきらと輝かせて言うので、俺はやつの誘いに乗ることにした。
どうせこの時間はなにも予定はないし、ジャーファルも仕事で忙しいだろうから、別に構わないだろう。
 俺が了承するとシャルルカンはいっそうに目を輝かせて、嬉しそうに俺を鍛錬場のある銀蠍塔にまで引っ張って行った。





***
(ジャーファル視点)



 リュウイチさんに文字を教えるようになってから、五日経った。
リュウイチさんは物覚えが早く、教える立場側からしても教えやすい。
仕事の合間を縫って文字を教えに行くのはかなりハードではあったが、リュウイチさんと二人っきりでいられる時間はたとえ僅かな間でも幸せのひと時だったため、
苦しいとは感じなかった。


 今も時間が空いたので、リュウイチさんに文字を教えようと彼の部屋に向かっているところだ。
だがリュウイチさんは部屋にいなく、私は辺りを探すことにした。
 リュウイチさんは案外簡単に見つかった。
彼は中庭の近くの柱に寄りかかって、たばこを吸っていた。
たばこを吸うリュウイチさんは様になっていて、私は思わず見惚れてしまった。
 普通に、いつものように話しかければいいのに、胸の高鳴りが抑えきれないやら、この光景をまだ見ていたいやらで、はリュウイチさんから死角になっている
柱の陰から私は動けないでいた。

 しばらくリュウイチさんの様子を見ていると、遠くの方から声が聞こえた。シャルルカンだった。
シャルルカンは犬のようにぴょんぴょんしながら、リュウイチさんとなにやら話をしていた。
私のいる場所から二人の会話は聞こえなかったが、話し終えたのか、シャルルカンはリュウイチさんの手を引いてどこかへ行ってしまった。

 途端に私の中で複雑な感情がぐるぐると混ざり合った。
シャルルカンは別に悪くなく、ただ私が彼よりも早くリュウイチさんに話しかければ良かっただけのことだ。
なのに、私はシャルルカンにこれほどにまでない、恨みや嫌悪感を抱いてしまっている。
こんなこと、思ってはいけないのに。リュウイチさんは誰の物でもないのに、私はリュウイチさんを誰かに取られてしまうことを恐れている。




「(そういえば、リュウイチさんはシンに文字が読めないと言った。なぜ、私に相談してくれなかったんだろう。
私は頼りないのだろうか。必要とされていないのだろうか・・・)」




 嫌なことは芋づる式にずるずると出てくるもので、私の頭の中をぐるぐると回り始めた。
逆にそれが私の情けなさを目立たせているようで、自分に対しても嫌悪感を抱くほどだ。
こんなこと、考えたってしょうがない。なのに、胸の奥に鉛があるような、そんな感覚に囚われる。
この胸の痛みは、一体なんなのだろうか、この時の私はなにも知らなかった。






***

補足

ジャーファルと主人公は前もって「何時から何時まで教える」といったようなやりとりをしていません。
主人公はご存じの通り、一日のほとんど(ジャーファルの手伝い以外)を自分の部屋で過ごしているので、ジャーファルが自ら彼の部屋に赴いています。
ぶっちゃけると通い妻的なやつです。ジャーファルはそれ自体を嫌とは感じていません。

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