マギ(連載)

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10政務官の仕事ぶり





 ジャーファルの仕事ぶりはすごい、というかすさまじい。机にタワーのように積まれた書類に絶望することなく、血眼になって片付けている。
ジャーファルの持っている羽ペンはすでに何本目か分からないぐらい取り換えられていて、横には無残な姿になった羽ペンが小さな山を作っていた。
 あの落ち着いた、物静かなイメージのあったジャーファルが仕事を相手にするとこんなにも人が変わるのかと驚きを隠せない。




「なぁ、ジャーファルはいつもああなのか?」




 俺は仕事中に申し訳ないと思いながらも、傍にいた文官に聞いてみた。



「ええ。そうでございますよ。ジャーファル様は少々お仕事に熱心な方ですので三日徹夜はあたりまえなぐらいなのです。
我々はジャーファル様がお倒れにならないように休んでいただきたいと思っておりますが、あの方は休もうといたしません。
最近になってやっと休憩をとるようになったのです」

「へ、へえ・・・」



 最近になって、ということは今まで休憩せずにノンストップで仕事をこなしてきたというのだろうか。
このままだとジャーファルが過労死してしまうのではないかと心配になってくる。



「ジャーファル、少し休んだ方が良いんじゃないのか?」

「いえ、このくらいどうってことありません・・・。いつものことですから」

「そ、そうか・・・」



 ジャーファルは笑顔でそう言った。だが、ペンを高速で書類の上に走らせているため、その笑顔が恐ろしく感じた。



「リュウイチさんはそろそろ上がってくださって良いのですよ。
私たちもとても助かりましたし、リュウイチさんはシンドリアの大切な食客であって、文官ではないのですから」

「だけどよ・・・」

「今日はもう大丈夫です。
・・・もし、その、よろしければまた来ていただけたら嬉しいな、と・・・」

「あぁ、勿論そのつもりだがよ・・・」



 俺はまだまだ仕事を手伝う気でいたが、ジャーファルがそう言うと次々に他の文官たちが俺に今日は帰るように言ってきた。
笑顔だが、どれも全員目に隈を作っているためかなり弱弱しく見える。
 結局、今日はジャーファルや文官たちの押しに負け、俺は政務室を後にした。




***



 俺がジャーファルの手伝いを始めてから四日経った。その間、ジャーファルは休むどころかこの場から一歩も動いていないようだった。
つまり、食事も睡眠も取っていないのだ。
俺が政務室に助っ人として来た時にはすでに何人かの文官が過労で死んだように倒れていた。
 俺は政務についてはからっきしだし、文字も読めない。だから手伝いといっても、書類の整理や文官たちに茶を入れたり、書類を届けたりすることぐらいしかできない。
おかげで俺は地図無しで王宮内を歩けるようになった。(今まではその辺にいる人間を捕まえて地図の文字を読んでもらっていた)
だが、これは政務室の連中にとってかなり助かっているようだ。普段は俺が手伝っていることも文官がやっているため、仕事の量と文官の人数が割に合わないらしい。
少しは仕事が早く終わる、と嬉しそうに言っていた文官を見て俺はいたたまれない気持ちになった。




「や、やっと終わった・・・」



 そして四日目の夜、ついに文官たちの仕事に終止符が打たれた。政務室に安堵の雰囲気が漂う。
文官たちはそのまま眠るように机に突っ伏した。(実際に寝ているのだが)
それはジャーファルも例外ではないらしく、机に突っ伏したまま動かなくなった。



「おい、大丈夫か?・・・寝て・・・る?」



 ジャーファルはすうすうとかすかに寝息を立てていた。顔は憑き物が落ちたように穏やかな表情をしている。



「リュウイチ様、申し訳ないのですがジャーファル様をお部屋までお連れしてもらってもよろしいですか?」

「ああ。構わないぜ」

「すみません、お手を煩わせて。どうしてもジャーファル様にはベッドでお休みになられて欲しいのです」

「そうだな。お前らもちゃんと自分の部屋で寝ろよ」



 他の文官たちはちょくちょく休みをとっていたらしいが、ジャーファルは休みをとっていない。
このままここで寝かせていたらきっと体を痛めるだろう。
寝ているジャーファルをベッドへ連れて行くなんてデジャヴを感じた俺だが、俺はあの時のようにジャーファルを抱えると政務室から出た。



「あれーリュウイチじゃん!どしたのってジャーファルさん!?」

「よお、ピスティ。悪いけど今は付き合ってる暇はないんだ。ジャーファルが徹夜四日目でな、ようやく仕事が終わったところなんだよ」

「へぇ、だからリュウイチが運んであげてるわけ?」

「ま、そんなところだ。俺とこいつ部屋隣なんだよ」

「ふぅーん。こりゃジャーファルさんが惚れるわけだわ」

「ん?なんか言ったか?」

「うーうん、なんでもないよ!それじゃあね!」




 政務室から出てしばらく歩くと、ピスティと出会った。
ピスティは驚いたように俺が抱えているジャーファルを見つめている。。ジャーファルがこんな風になっているのが珍しいのだろう。
 俺はピスティと別れるとジャーファルの部屋へ向かった。時折、通り過ぎの文官や侍女などが驚いたようにこちらを見ていたのは気のせいではないだろう。


 ジャーファルの部屋はこれでもか、と言った感じに綺麗に整頓されていた。だが、その部屋の家具の数は
少ないように思う。ベッドと机は勿論、箪笥などの必要最低限の物しか置かれていない。
それに机には書類が沢山積まれている。ジャーファルはどこまで仕事人間なのだろう。
 俺はジャーファルをベッドに寝かせると、彼の箪笥から寝間着らしき物を探した。
勝手に漁ってしまって悪いとは思うが、今のジャーファルはインクまみれでとても清潔とは言えない。このままだとベッドにまでインクが付いてしまうだろう。
寝ている人間の服を脱がせるのは気が進まないものだが、なに、男同士だ。問題ないだろう。
俺はジャーファルの服を寝間着に着せ替えてやると、ジャーファルに掛布団を掛け、自室に戻った。

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