マギ(連載)

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1夢の都、シンドリア




 あの日、俺は隊商の隊長であるエルザさんらに命を救われた。
 俺がエルザさんに話したことは決して他人が信じられるようなことではないのに、彼女はそれを信じてくれた。
それだけではなく、行く当てのない俺をこの隊商に置いてくれると言ってくれた。

 あれからもう五年という月日が流れた。
俺はその間たくさんの国やオアシス都市を回ったがやはり日本と言う国はどこにもなく、ここが自分のいた世界
とは別の世界なのだと実感させられた。
現実味のない話で最初は混乱していたが、今となってはもうどうにでもなくなってしまっている。
今のこの生活を俺は気に入っているからだ。




「おーい、リュウイチ!こっちの箱運ぶから、手伝ってくれ!」

「今行きます」




“目上の人には敬意を払え”

 隊商で働く事になった時、エルザさんは俺にそう言った。これはエルザさんの隊商で働くうえで必要な事の一つなのだと。
最初はそれがどうした、といつものように会話したり、言葉遣いに注意してきた先輩らに逆切れしたり、とかなり素行が悪かったが、
そのたびに俺はエルザさんから恐ろしいほどの仕置きをたっぷり受けた。あれは今でも思い出したくないほどトラウマになっていたりする。
 今ではそんな俺も昔の俺が見たら、気持ち悪がるほどに丸くなってしまった。




「お疲れさん」

「あ、お疲れ様です」

「今日はもう終わりで良いって」

「え、もう?早くないですか?」




 荷台へ空き箱を運ぶのを手伝っている時、先輩が俺に言った。
いつもは日が暮れる頃に終わりにするのだが、今はまだ日が出ている。早く終わりにする必要なんてないと思うが、どうしたのだろう。




「エルザさんが皆で話したいことがあるそうだ。だから今日は初めに終わらせてくれって」

「そう、なんですか」




 話とは一体なんだろう。多分エルザさんのことだから大事なことに違いない。
俺達は空の箱を全て荷台へ運んでしまうと、先輩と一緒にエルザさんのいるテントへ向かった。




「よし、全員そろったね」




 テントへ着くと、すでにほとんどの人が自分達の仕事を終わらせてテントに集まっていた。(といっても全員で十数人ぐらいしかいない)
 エルザさんはしばらくすると全員が揃っている事を確認し、口を開いた。




「実はね、知り合いの商人が病に治れて商売が続けられなくなったと手紙が来たんだ。それであたしらに店を譲りたいと言ってくれている。
だけどね、ちょっとした問題があるんだよ」


 エルザさんが続きを言いにくそうに口を閉ざした。エルザさんの言う問題、とは一体なんなのだろう。
 最近はここらの砂漠で盗賊が出ると聞いているし、その盗賊に多くの隊商が被害にあっている。俺たちは今
まで被害にあってこなかったけれど、それは運が良かったからだ。今回ばかりは分からない。
 それに俺たちは他の隊商と比べて比較的に人数が少ない方だし、店を持った方が移動しなくてもいいから移動費がかからないと思う。




「何か問題でも?エルザさんはいつか安定した場所で仕事したいと言っていたじゃないですか」

「あたしだって問題がなけりゃ、すぐにでもその話を受けたいと思ってるさ。
だけどね、場所があのシンドリア王国なんだよ?ここからだとかなり費用がかかるんだ。
それに店自体がそんなに大きくないし、全員で住むとなるとかなり狭い」




 エルザさんが複雑な表情をして俯いた。きっとエルザさんのことだから、俺たちのことを考えてくれている上で答えが出せないでいるのだろう。
移住すれば旅費だけじゃなく、移動先でも金はかかる。それに加えて店のほかに寝泊まりする場所を確保するとなると、金がかなり必要になってくるだろう。




「俺は、その話を受けるべきだと思います。
こんなチャンス二度と来ないかもしれないし、住むところの確保が難しいなら俺らは住み込みで働ける場所を探します。
もちろん、働き口はエルザさんの店を手伝えるようなところですけど」
 
「そうですよ!店はエルザさんや女の皆に任せて、男の俺らは外でエルザさん達を支えていきます!」



 ふと、俺の横に座っていた先輩が突然立ち上がって言った。先輩を筆頭に俺や他の男たちも次々にエルザさんの決断を後押しするように言った。
ここにいる皆はエルザさんに助けられ、拾われたものが多い。だからこそ、今度は俺たちがエルザさんに恩返しする番なのだ。
 エルザさんは驚いたように俺たちを見た。目にはうっすらと涙を浮かべているようにも見える。




「そうかい・・・?皆がそう言うなら、そうだね。その話、受けることにするよ。
・・・よし、皆今から忙しくなるよ!」




 それから時が過ぎるのはあっという間だった。
 俺たちは荷物をまとめ、いらないものや船には乗せられないものを売ったりした。そして荷物を出来るだけ
少なくし、俺たちはシンドリア行きの船に乗ったのだ。期待を胸に乗せて。

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