進撃の巨人(連載)

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※死体の描写など、少々残酷な描写が入ります。お気を付け下さい。


 超大型巨人出現時の作戦が決行されてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。それも分からないくらいの長い時間を、アルは箒に跨って住民の避難に奔走していた。

「皆さん!落ち着いてください!」

 壁を破壊された、という危機的状況の中、住民たちは避難を先導する駐屯兵団の声が聞こえないほど混乱していた。我先に唯一の内地へ避難しようと、お互いがお互いを押しのけ、前へ進むどころかもみくちゃになっていた。中にはアルたちに「自分たちを内地へ運べ」など、図々しい発言や罵詈雑言を浴びせる輩などもいた。
 そんな精神的にも、肉体的にも疲労がたまる環境で、アルも駐屯兵団も根を上げることは許されない。この地区の住民全員の避難が終了するまで、いつ現れるか分からない巨人に、最善の注意を払って警戒しなくてはならないのだから。

「おい、押すな!俺が先だ!」
「私が先よ!」

 阿鼻叫喚、とはこういう風景を言うのだろうか。アルは、大きくため息をついた。ぎゃあぎゃあ騒ぐ住民たちの声が、アルの頭にがんがん響く。そのせいで、頭痛と吐き気がした。
 早くしないと、巨人が来てしまう。アルの所属する班が避難を担当する地区は、幸いにもまだ巨人は現れていない。しかし、それも時間の問題であろうと、アルは思う。なぜなら、巨人は人が密集するほど、それに吸い寄せられるように姿を現すのだ。このままぐずぐずしていれば、そのうち巨人がこちらにやって来るだろう。
 丁度、その時であった。けたたましい警報音が、辺り一帯に響き渡った。逃げまどい押し合う住民たちも、その住民を避難させようと先導する駐屯兵団も、いきなりのことに動きを一旦止めた。だが、アルだけは違った。アルは目を細め、アル一点を見つめて呟いた。

「来る……」
「スレンデス!?なにか知っているのか?」

 たまたまアルの近くにいた班長が、彼の異変に気がついた。

「話は後です。巨人がもうすぐやって来ます」
「巨人だと!?」

 班長の大きな声がきっかけで、今まで止まっていた住民たちが一斉に騒ぎ始めた。

「ああっ!巨人だっ!巨人が現れたぞ!!」
「うわああああっ!!」
「いやあああっ!死にたくない!」

 一瞬の沈黙の後、誰かが内地へ続く門と正反対の場所を指差し、大きな声で叫んだ。耳を澄ましてみると、ドスンドスンという大きな音とともに、遠くの方で巨人の影が見える。
 それから連鎖反応のように、次々と巨人に気がついた住民たちに恐怖が広がっていった。元々もみくちゃだったのに、さらにもみくちゃになるので先ほどよりも収拾がつかない。

「うちの子になにするんですか!?」

 その時、女の悲痛な叫び声が聞こえた。声のする方へ顔を向ければ、小さい子どもが避難中の人込みから一人だけ投げ出されているのが見える。思い切り前に転んだ子どもはどこかを怪我したのか、大きな声で泣いていた。

「うるせえ!少しでも巨人がこっちに来ねえようにすんだよ。分かるだろ!?」
「だからってうちの子にっ……!」
「このクソガキがさっきっから俺の前を、ちょろちょろちょろちょろしてたのが悪いんだ!とろいんだよ!!

 そうやって女に暴言を吐いた男は、巨人の出現により冷静さを失っているらしかった。目は血走っており、なにを言っても聞きそうにない。周囲の住民は、一瞬そちらに注目したものの、迷惑そうな顔をするだけでなにもしようとはしない。女も無駄だ、ということを悟ったのだろう。悔しそうに顔を歪めると、踵を返して自分の子どもに向かって行った。

「全員配置につけ!少しでも早く巨人を討伐するぞ!」
「了解!」

 班長の素早い指示により、アルと駐屯兵団はすぐに思考を切り替え、巨人討伐の体勢をとった。

「スレンデス!巨人の動きを止められるか!?」
「できます!」

 班長はアルと並走し、立体起動装置を上手く操作しながらアルに声をかける。同時に、アルは片手で胸ポケットから杖を取り出すと、箒のスピードを上げ、真っ先に巨人へ向かって行った。巨人はこちらに一人で突っ込んでくるアルを掴もうと、手を伸ばし、口を大きく開ける。アルはそれをかわすと、巨人の目玉に向けて魔法を放った。

「ステューピファイ、麻痺せよ!」

 赤い閃光が、巨人の目玉に放たれた。巨人は素早いその閃光を避けることができず、魔法は巨人に直撃する。すると、巨人は低い唸り声を上げ、手で自分の顔を覆った。幾分か、その動きは先ほどよりも鈍くなっている気がする。

「今だ!」

 大きな声で班長が叫ぶと、巨人に一番近い駐屯兵団の男が巨人に向けて(スナップブレード)を振るった。ブレードの刃はうなじに食い込み、肉が綺麗に削がれる。巨人は声すら上げず、地に倒れた。
 巨人はしゅうしゅうと煙を上げて、肉は溶け、骨がむき出しになっていった。その骨も、今は徐々に消え始めている。アルはその様子を屋根の上から見つめていた。片手に箒を持ち、もう片方には杖を握りしめている。その目は、なにも映していないようにも見えた。

「スレンデス、よくやった」
「……ありがとうございます」
「しかし……一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか」
「お前は、なぜ巨人が来ると分かった?」
「ああ、それなら……事前に魔法をかけておきました。防衛呪文の一つで、“敵”が近づいたら術者に知らせるように警報がなるものです」

 作戦が開始され、配属された班と共に担当する地区へ移動する時、アルは門よりも少し遠くの位置に防衛呪文をかけていた。巨人が近づいた際にその魔法が反応して、あの大きな警報音が聞こえたのだ。

「班長、少し失礼します」

 門に近づいてくると、アルは班長に一声かけ、屋根から箒で降りて行った。向かう先は、あの女と子どもの元であった。

「大丈夫ですか?」
「はい……ありがとうございます……。あの、巨人は……?」
「ご安心ください。すでに討伐しました」
「そうですか……」

 女は、アルの言葉に酷く安心したようであった。

「君も、大丈夫?」

 アルは女の隣にいた子供に、優しく話しかける。子供はもう泣き止んでいたが、時々ひっくひっくと嗚咽していた。下に視線を向ければ、子どもの膝は痛々しいほど、血が滲んでいた。あの時、擦りむいたのだ。

「痛かったね。でも、大丈夫だから」
「……え……?」
「見ててね。エピスキー、癒えよ」

 杖を少年の膝に向けると、アルは呪文を唱える。すると、あの痛々しい膝の傷が塞がっていくではないか。子どもの隣にいる母親が、息を飲むのが伝わってきた。

「応急処置ですので、あとでちゃんと手当してあげてください」
「あ……はい……。あの、あなたは一体……」
「ただの訓練生です」

 それだけ言うと、アルは自分の持ち場に戻って行った。後ろから、「ありがとう、お兄ちゃん!」と子どもの元気な声が聞こえる。それを背中で受け止めて、アルは内心微笑んだ。あの行動は自分らしくないが、感謝されるのは悪くないと、そう思った。
 一息つく暇もなく、アルと駐屯兵団は住民の避難誘導を再開させた。住民たちの所に戻ってみれば、アルが子どもを手当てしている間に班長が上手く住民たちを言いくるめたのだろう。先ほどよりもすんなりと、住民たちは班員の駐屯兵団の指示を聞いていた。
 それから、予定よりも少し早く、ここの地区の住民の避難が完了した。避難が終了するまでの間、数体の巨人がやって来たが、あの警報音のおかげですぐに戦闘態勢が取れるようになり、また、アルの魔法と駐屯兵団の精鋭たちの活躍により、巨人は住民たちの元へ行くことなく討伐できた。
 ゴゴゴ、と低い音とともに、ウォール・シーナへ続く門が施錠される。それを見届けると、班員たちはほっと安堵の胸を撫で下ろした。

「住民たちの避難は完了した。あとは、撤退の鐘が鳴るのを待つだけだ。だが、気は抜くなよ」

 班長の話が終わった後、アルは中衛部がいる辺りを見つめた。そこ

では、訓練生時代をともに過ごした仲間がいる。彼らは、中衛部隊に配属されていた。
 先ほどまでは住民の避難に意識を集中させていたが、それが無事終了したのでアルの意識は104期訓練生の面々でいっぱいになっていた。思い描くのは、あの三人を始めとする、馴染みの顔ばかり。

(アルミン……エレン……大丈夫かな……)
「スレンデス」

 背後から、班長が自分の名を呼んだ。アルは考え事をやめ、後ろへ振り向く。

「中衛部隊が気になるか」
「ええ、まぁ……」
「そうか……。スレンデス、もう我々の任務は終了した。あとは一時撤退の鐘を待ち、次の任務を待つだけだ」

 突然のことに、アルは怪訝な顔をする。しかし、班長はお構いなしに話し続けた。

「住民の避難の時は、巨人を確実に仕留めねばならなかったが、今は違う」

 その一言で、アルは班長がなにを言いたいのか、理解することが出来た。しかし、班長らしくないその発言に驚きを隠せないと同時に、彼がそう言ってくれたことが嬉しかった。

「すみません、班長!僕、中衛部の支援に行ってきます!」

 そうなれば、アルの行動は早かった。箒に跨り、思いっきり屋根を蹴る。素早く箒に跨ると、中衛部のいる辺りに向かって飛び立った。
 班長は遠ざかっていくアルの背中を見つめ、一人微笑んでいた。
 アルは箒に跨って、ゆっくり空を飛んでいた。自分の知り合いを、見つけるためである。
 地面を見下ろし、時たま巨人に遭遇すれば、その飛行高度を上げ、手の届かないところまで上昇する。しばらくそんな行動を続けたが、一向に104期訓練生を見つけられる気配はなかった。なぜなら下を見下ろしても、あるのは赤く染まった死体だけであったからだ。
 兵士の死体は、様々な状態だった。どこかが巨人により欠損している者もいれば、背中の紋章に寄り判別がつくが、誰だか分からない者。後者の場合、アルは剣の交えた紋章を見るたびに嫌な予感が脳裏を過るのであった。

(アルミンだったらどうしよう……エレンだったら……。ううん、そんなことない。きっと、二人は生きてるし、皆だって……)

 訓練生の亡骸を上空から見るのは、とても辛かった。顔見知りでなくとも、三年間生活を共にした仲だ。思うことは、いくらでもあった。

(まだ慣れない……)

 初めての壁外調査。あの時、アルは間近で人の死を見た。巨人によって、人が死ぬところを見た。いくら調査兵団であっても、巨人には敵わないことを知った。そして今回、アルは地面に転がる人の亡骸をいくつも見た。「仕方がない」、「慣れなきゃ」そう思っているのに、人の死を間近で感じることはいつまで経っても慣れそうにない。みるたびに心臓がバクバク言い、吐き気がした。
 そうして限界を感じると、アルはポケットからある小瓶を取り出し、中に入った液体を半分ほど飲み干すのだ。そうすれば、いくらか心が落ち着いてくるのである。

(……ん?)

 再び箒で空を進み始めると、かすかに声が聞こえたような気がした。まだ、生きている人間がいるのであろうか。しかし、立体起動装置があるはずなのになぜその人間は屋根の上に登らず、巨人に食われる可能性が高い地にいるのだろう。立体起動装置が壊れたとか、ガスが足りなくなって登れなくなったのか。おそらく、そのどちらかなのだろう。そうならば、放っておくわけのも行かない。アルは高度を少し落とし、耳を澄ますことに集中した。
 目を瞑れば、先ほどよりも声がよく聞こえる。その声を辿ってみると、アルが着いた場所は、薄暗く狭い路地裏であった。なるほど、この路地裏の細さでは三メートル級ぐらいの巨人しか入れないだろう。

「誰か……いるの……?」
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