進撃の巨人(連載)

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 訓練終了後、アルは教官たちに呼び出されていた。なぜかと言うと、キース以外の教官はアルの正体について一つも聞かされていなかったからである。
 呼び出された当の本人は、教官になにを言われるのかびくびくしていた。またあの審議会のように気味悪がられるのだろうか、と憂鬱に考えながら教官室へ入ると、アルを出迎えたのは瞳を輝かせて待っている教官たちだった。ぎょっとしながらも、教官の一人に促されてアルは部屋の中に入っていく。あっという間に教官たちに囲まれたアルは、次々に質問を投げかけられていくのであった。結局、キースが通りかかるまでアルが解放されることはなかった。
 アルは予想していた反応ではないことに、驚きを隠せなかった。キースに問いかけてみると、なんでも、教官のほとんどが調査兵団出身らしい。なるほど、変人の巣窟である調査兵団なら、あのような反応をされてもおかしくない。調査兵団で変人の代名詞とも言われているあの分隊長が、アルの頭を過った。

(やっと解放された……)

 心身共に疲れ果てたアルは、体を引きずるように食堂へと向かった。午後にも訓練があるということ、今は考えたくもない。横では、アルを気遣ってか、アディがゆっくりとアルに合わせて宙に舞っている。(部屋にいる時、アディはアルの肩に乗っているのだ)
 食堂には、既にアル以外の訓練生がいるのだろう。中から、賑やかな声が聞こえてくる。そこで、アルは午前の訓練について思い出し、頭を垂れた。この中に入れば、間違いなくアルは話題の中心になってしまうだろう。しかし、昼飯を食べ損ねるのも嫌だ。仕方がないので、アルは腹を括って食堂へ入っていった。
 中へ入ると、予想通りと言うべきか、アルは訓練生全員の視線を一気に浴びた。その視線はすぐに逸らされたが、時々チラチラとこちらを見てくるまどろっこしい視線を感じるので、恐らくアルについてなにか話しているのだろう。アルはそれを無視し、アルミンの元へ向かった。

「あ、アル。お疲れ」
「うん、ありがとう」
「アルのお昼、ここに置いといたから」
「わざわざごめんね」

 アルミンは、アルの分の昼食と、席を確保していてくれた。自分になにも言及せずに、いつも通りに振る舞ってくれるアルミンに、アルは嬉しく感じていた。アルミンは空気を読むことが、上手い。アルは何度もそれに助けられてきた。
 アルがアルミンの隣に腰を降ろし、朝食を食べ始めると、前方から視線を感じた。エレンだ。エレンはアルが気づいていないと思っているようで、彼のことをじっと見ている。ちょっとした意地悪で、アルが不自然にならないように顔を上げてみると、エレンは慌てて視線を逸らす。彼がなにを言いたいのか、アルには分かっていた。

「エレン」

 そう名前を呼ぶと、エレンは肩をビクッとさせ、持っていたパンを皿の上に落とした。恐る恐る自分を見るエレンに、アルは内心笑みを浮かべる。きっと、彼はアルのことが知りたくて知りたくて、堪らないのだろう。だが、エレンはそれをぐっと抑え、アルから話してくれるのを待っている。感情的になりやすい彼だが、このような面もあるのだとアルは思った。

「僕のことが、知りたいんでしょう」
「えっ、いや、うん……そう、だな……」
「良いよ、話す。この日が来たら、二人には話そうと思ってたからさ」

 二人、というのはエレンとミカサのことだ。自分も含まれていることに驚いたのか、ミカサは食事を止めてこちらを見た。
 アルが話そうと口を開くと、その場にいた訓練生全員が耳を澄ませて聞こうとして言うのが分かった。余程、彼らも気になるのだろう。別に、アルは彼らに知られたとしても困らない。だが、なぜ彼らが聞きに来ないのか不思議に思った。

「信じられないかもしれないけど、僕は魔法使いだよ。おとぎ話とか、そういうのに出てくる魔法使い」

 アルは、自分のことを話した。自分は異世界の住人だということ、この世界に来て、どのような経緯を辿ってこの104期訓練兵団に入団したのか、細かに分かりやすく話して聞かせた。当初、エレンとミカサは豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、次第に瞳を輝かせていった。
 それをアルミンは、アルが自分に秘密として話して聞かせてくれた時と同じ反応だったので、つい笑ってしまった。同時に、胸に閊えていた複雑な感情が取り除かれた気がした。もう、幼馴染に嘘をつかなくては良い。心は、すっかり晴れやかな気分になっていた。

「アルが魔法使い……信じらんねぇ」

 その反応をアルはここへ来てから何度も見てきたので、特別感じる思いはなかった。マグルであるなら誰もがそう思うであろうし、逆に信じる者は少ない。一般的な反応だ。

「じゃあ、証拠を見せようか」

 手馴れた手つきでポケットから杖を取り出すと、アルはエレンに杖を向けた。突然のことで驚くエレンと、アルの行動に警戒態勢を取ったミカサは、まじまじとアルを見つめる。アルはその二人を気にも留めず、呪文を唱えた。

「エレクト、立て」
「おわっ!?」

 ガタンと大きな音を立て、エレンは椅子から立ち上がった。傍から見たら、自然にエレンが立ったように見えた。エレンはなにが起こったのか理解できなかったらしく、自分の体を触って何事かと確認した。自分の意思では立ち上がる、など考えていなかったのに、なぜか彼は立ち上がっていた。
 エレンが特になにも害を受けていなかったのを見て、ミカサは内心ほっとした。アルは良い人だし、アルミンの友人だ。だから、危害を加えたくはない。しかし、万が一にもアルがエレンを傷つけるようなことがあったとしたら、ミカサは無理にでもアルからアルミンを引き剥がすだろう。もちろん。アルにはそれなりの制裁を加えて。

「エレン、大丈夫?おかしいところは?」
「平気だ。だけど、おかしいな……まるで糸に吊られたみてぇに、上に引っ張られたんだ。アル、今のはなんなんだ?」
「これは対象を立たせる魔法。単純なもので、魔法には見えないだろうけど、ちゃんとした魔法だし、それなりに実用性はあるよ」

 例を挙げるとすれば、重量のある置物などが倒れてしまった時、人間の力だけではそれを起き上らせることはできないが、この魔法を使えば一人でも起き上らせることができる。地味な魔法でも、使い方次第ではとても便利なものになるのだ。
 アルは杖を仕舞おうとせず、宙にくるくると円を書きながら話した。これから一体なにをしようとするのか、誰も分からない。エレンたちは、生唾をゴクリと飲んだ。

「オーキデウス、花よ」

 アルが杖をぴたりと止めると、静かに呪文を唱えた。すると次の瞬間、ポンッと軽い音がし、杖先に花が咲き誇った。それはそれはとても見事な花で、この場にいる全員が見たこともない花であった。赤、青、黄の原色から、桃色や紫などの混合色まで、様々な花が杖先に密集していた。

「これはミカサに。さっきは勘違いするようなことをしてごめんね。エレンになにかしようと思ったわけじゃないんだ」
「……ありがとう。とても、きれい」

 そっと杖先の花を何本か摘むと、アルはそれをミカサに差し出した。ミカサはそれを受け取ると、目を輝かせて花に魅入った。言っておくが、アルに下心があったわけではない。英国紳士、という言葉があるように、アルは父親からこのような礼儀をみっちりと叩き込まれてきた。アルが大人になった時に役に立つよう、スレンデス家の名に恥じないよう、みっちりと教え込まれたそれはアルの中に刷り込まれていた。今では、自然にその教えが出てしまうほどなのだ。

「はい、これアルミンにも」
「良いの?」
「珍しいかなって思って。このままずっと杖に生やしておくわけにもいかないしさ。エレンもいるかい?」

 アルは残りの花を摘み取ってしまうと、アルミンに差し出した。これも単にアルの好意だ。本当は男に花をあげるというものおかしいと思ったが、生憎花をあげるような相手もいないし、あの三人以外に友人と呼べるような人間もいない。それに、アルミンは前に花の図鑑を見ていたので、花が好きなのかと思ったからだ。

「いや、俺は良い。……それにしても、アルすっげえな!本当に魔法使いだったなんてよ。なぁ、もっと話聞かせてくれよ」

 少し考えるような素振りを見せるエレンだったが、魔法で出した花よりも、魔法の方が彼の興味を示したらしい。まるでこれから冒険に出掛ける子供のように目を輝かせ、興奮気味に言った。
 それから、アルは魔法界について時間が許す限り語った。最初のころは魔法についてマグルに話して聞かせるのは抵抗があったが、今では抵抗のての字すらなく、すらすらと話している。魔法界というものは物語のような幻想的なふわふわしたものでなく、かなり現実的なシビアな部分もあり、そこがエレンたちの興味を一層引き立てた。物語そのままの世界でなかったことが、逆に良かったのだろう。四人はこの時間を楽しく過ごしたが、約一名、アルを睨んでいる者がいることには気がつかなかった。


 この日、食器を洗う当番であったアルミンはアルと一旦別れ、食堂に最後まで残っていた。同じ当番である訓練生はアルミンだからと言ってさぼり、アルミンは一人であった。複雑な心境であったアルミンであるが、当番が一日だけで良かったと思うことにし、積み上げられた食器を片づけにかかった。

「アルミン、他の当番の人は?」
「あ……クリスタ……。うーん、帰っちゃったみたいだ。でも、しょうがないし、一人でやることにするよ」
「そんな、アルミン一人に任せるなんて……。酷いわ。……私も手伝う。これで早く終わるもの」

 内心、アルミンは舞い上がった。クリスタは優しく、美しい少女だ。誰にも分け隔てなく接する彼女は、主に男性陣から「女神」と呼ばれている。アルミンも、彼女を女神と呼ぶ一人であった。まさかあのクリスタと一緒になることができるとは思わず、今日が当番で良かったと思った。
 クリスタは正義感が人一倍強い性格のため、アルミン一人に任せて自分はさっさと帰ってしまう訓練生が許せなかったのである。
 二人で協力して黙々と皿洗いをこなすと、あれほどあった皿の山はすぐになくなった。まだこの時間が続けば良いのに、と思っていたアルミンであったが、クリスタに頼るわけにもいかないので、ほっと一息ついた。

「ありがとう。おかげで早く終わったよ」
「ううん、良いの。気にしないで」
(女神だ……)

 ふわりと美しい笑みを浮かべるクリスタに、アルミンは心の中でガッツポーズを取った。間近で彼女の笑みを見られるというのは、稀なことなのだ。
 アルミンは邪魔にならないように端に避けておいた花を取った。ふと、クリスタがその花に釘付けになっていることに気がついた。クリスタも女性だ。男のアルミンが見事な花だ、と思うのだから、彼女にとっても美しい花に見えるのだろう。

「クリスタ、お礼に貰ってくれるかい?」
「でも、貰ったものでしょう?」
「うん。貰ったもの。だけど、僕がクリスタにあげたいんだ。なんて言うんだろ、僕には勿体なくて、女性に貰った方が花も嬉しいと思うし……」

 きっと、アルは嫌な顔をしないだろう。それに、これはアルミンが貰ったものであり、アルミンのものだ。彼が好きなようにして良い。
 クリスタはおずおずと花を受け取ると、それに目を落とした。それはさながら、ギリシア神話の伝承に出てくる、ニュンペーのようで、可憐さに溢れていた。美しい花があることで、クリスタの美しさが一層増さっているということに、アルミンは気がついた。

「ねぇ、アルミン。アルミンは、アルと友達なの?」
「アルと……?うん、そうだよ。どうかしたの?」
「うん……、ほら、今日アルが魔法使いだって言っていたでしょう。だからちょっとお話してみたくなったの。でも、彼はあまり人が寄り付くのを嫌うみたいだから」
「そんなことないよ。確かに、アルは人と仲良くするのが苦手だけど、人が嫌いってわけじゃないんだ。ただ、目立つことが嫌いなだけで」
「そっか。……私も、アルミンみたいに仲良くなれるかしら?」
「クリスタならきっと大丈夫だよ」
「ありがとう。じゃあ、おやすみなさい!」

 クリスタはそう言うと、女子寮へ走って行った。アルミンはクリスタとこんなに長く話せることが嬉しく、そのきっかけとなったアルに深く感謝した。
 多分、クリスタは前々からアルが気になっていたのだろう。彼は最初の頃から目立っていた。それに、クリスタは特定の人間を嫌う人間ではない。ただ、アルに話しかけづらかったのだろう。そう、彼に勇気を振り絞って話しかける前のアルミンのように。アルミンはまた一人、アルの理解者が増えてくれることが嬉しかった。彼はその表情から誤解されやすいが、中身はとても人間味に溢れている。彼を悪く言う人間が多く、見失いかけていたが、アルをちゃんと見てくれる人間がいたことが、嬉しかった。それがクリスタならば尚更のことである。アルミンは鼻歌混じりに、男子寮へと歩いて行った。

 一方、アルミンとクリスタが皿洗いを始めたころのこと。アルはアディと一足早く、寮へと向かっていた。エレンは食後の運動、と言って外に走りに行ってしまったので、今回は一人だ。前後から刺さるような視線が送られているが、無視をする。気にしていたら体が持たない、とここ最近学び始めた。
 
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