進撃の巨人(連載)
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朝、訓練兵団のジャケットを身に着け、準備を済ませた訓練生は次々と寮から出て行った。
「アルミン、アル、置いてくぞ?」
「あー、うん、ちょっと先に行っててくれる?」
「分かった。遅れるなよ」
珍しいこともあるものだ、とエレンは思った。いつもはあの二人が、自分の身支度を終わるまで待っていてくれるのだ。だが、今日は違う。
アルミンは既に身支度を終えているようであったが、アルはジャケットすら身に着けていなかった。
「(どうしたんだ……、アルのやつ。まぁ、そういう時もあるか)」
不思議に思ったエレンではあるが、それはすぐにエレンの中から消え去った。アルミンも、アルも変な素振りを見せなかったし、怪しいとも思わなかったのだ。
一方、アルとアルミンは最後まで寮に残っていた。自分たち以外の人間が全て寮から出て行ったのを確認すると、アルは隠していた杖を取り出した。
「なにをするの?」
「拡張魔法。このポケットになんでも入るようにするんだ」
「へぇ……!」
アルはとんとん、と自分のジャケットをベッドの上に広げ、胸ポケットを指した。
胸ポケットは小さく、小物ぐらいしか入らない。小物といっても、髪留めだとか、ハンカチなどの類だ。大きいサイズのものが入るとは、到底思えない。
「じゃあ、魔法をかけるね」
アルの魔法を間近で見ることが初めてだったアルミンは、アルが杖をジャケットに向けて振ったのを見ると、これからどうなるのかわくわくした。
だが、ジャケットはどこか変わった点があるというわけでもなく、魔法をかける前と同じ状態だ。アルミンは首を傾げた。
「魔法がじゃかってないように見えるかい?」
まるで、アルミンは自分の心の中を読み取られたかのように思えた。魔法使いのアルならば、それも可能なはずだ。
「アルは、人の心が読めるの?」
「読めないよ。心を読んだり、読ませないようにする魔法はあるけど、僕はまだ習得していないんだ。難しくてね」
アルに質問を投げかけると、ベッドの脇でなにやらごそごそと探し物をしながらアルは質問に答えた。
しばらくすると、アルは箒を抱えてアルミンの前にやってきた。
「これは……?」
「立体起動装置の代わりさ。僕はいつもこれで移動するから、馬の代わり
でもあるかな」
「すごい……魔法使いは、本当に箒で飛ぶんだね……」
アルミンは、呆然としながら呟いた。
本で読んだ通り、魔法使いが箒で移動することが事実だったというのも呆然とする理由であったが、アルの箒がどう見ても空を飛べそうになかったからという理由もあった。
そんなアルミンを余所に、アルは自分の箒の柄の先端をポケットに入れようとしていた。するとどうだろう。箒はするすると、まるでポケットに吸い込まれているかのように、あっという間に全て納まってしまった。
「それじゃあ、行こう。遅れちゃうから」
「う、うん……」
はっ、とアルミンが我に返ると、既にアルはジャケットを身に纏っていた。やはり、どう見てもこのジャケットに魔法がかかっているとは思えない。
だが、アルミンの目の前で起こったことは全て現実なのであった。
「(凄い……。これから、どんな魔法が見れるんだろう……)」
アルミンはアルの背を見ながら、そう思った。
***
「エレン、ミカサ!お待たせ。間に合った?」
「おう、まだ大丈夫だぜって……」
もう殆どの訓練生が広場に揃ったころ、ようやくアルミンとアルがやって来た。
待ちくたびれたエレンが顔を上げると、なにかとてつもない違和感を感じた。
別に、アルミンやアルが一緒に来ることはもう珍しくもない。エレンもミカサも見慣れてしまっている。
だが、アルを見た時、エレンとミカサはなにかがおかしいと感じた。
「おい……、アル、お前……」
「アル、どうしてベルトを着けていないの?」
エレンよりもいち早くその違和感に気がついたのは、ミカサであった。
ミカサの問いに、エレンは納得した。
自分たちにあって、アルに無いもの。それは立体起動装置用のベルトであった。アルはベルトを着用していなかったのだ。
「そうだぜ、アル。ベルトは今日の訓練に必要なんだ。それなのに……」
ぐいぐい迫ってくるエレンに、アルミンとアルは互いに困った顔をして見つめ合った。どう説明して良いのか、分からなかったのだ。
「……いや、僕には必要ないんだ。立体起動装置を使うわけじゃないから……」
「はぁ!?なに言ってるんだ、お前。立体起動装置がなきゃ、どうやって巨人に対抗するっていうんだ!!」
「落ち着いて、エレン。つまり、うーんと、今日の訓練を見ていれば分かるから!」
説明足らずのアルに、ヒートアップしてしまったエレンはアルに掴み掛った。慌てて、アルミンが二人の間に入り、ミカサがエレンをアルから引き剥がした。
「エレン、熱くなりすぎてしまうのは駄目。あなたの悪い癖。アル
本人がそう言っているのだし、アルミンが見ていれば分かると言っている
のだから、私たちはそれを信じなくては」
「だけどよ……、分かった……」
「分かったのなら良かった。そろそろ教官が来るころだから、とりあえず
この話は後にしましょう」
「ごめんね、ミカサ。助かったよ」
遠くの方から、キースがこちらにやって来るのが分かった。訓練生たちは整列の隊形を取ろうと、慌てて今いた場所から散り散りとなった。
同じく、アルミンたち四人も訓練生に交じって、別々に分かれた。
ただ、エレンは最後まで不服そうな顔をアルにずっと向けていた。
キースは訓練生たちの並ぶ隊列まで歩んでくると、その丁度中央で足を止めた。そして訓練生たちの顔を見渡すと、あの独特な、迫力のある低い声を張り上げるのであった。
「今日から本格的に立体起動の訓練に入る!立体起動装置を使いながら的
に刃を当てる。それだけだ!」
訓練生たちが息を飲むのが、キースには手に取るように分かった。不安げに冷や汗を掻く者、武者震いをしている者など、その理由は様々であった。ただ一人、あのアルだけは無表情のままではあったが。
「……以上だ!一旦解散!十分後には訓練を開始する!!」
キースがそう言えば、訓練生たちはなにかの呪縛から解き放たれたかのように、立体起動装置の装備を整えるために飛び出して行った。
「スレンデス」
「はい……?」
訓練生が慌てている中、静かに訓練生たちの一番後ろで歩き出したアルを、キースは呼び止めた。
周囲には聞こえないよう、声を低くしたが、きちんとアルの耳には届いているようであった。
「貴様は準備を整える必要はないだろう」
「ええ、そうですね……」
「ならばなぜ、他の者と同じように行動した?」
「それは……」
痛いところをつかれたアルは、気まずい顔をすると口を窄めてしまった。言い訳をしようにも、まっとうな言い訳にならないことがアルには分かっていたのである。
「(目立たないように皆と同じ行動をしたなんて……そんなの言えない…
…)」
「……貴様は、貴様の訓練の準備をしていないように見えるが」
「え!あ、できています!大丈夫です!」
キースは気まずそうにしているアルの心情を読み取ったのか、話題を変えてアルに話しかけた。
怒られるだろうと踏んでいたアルは拍子抜けしながらも、慌ててポケットから箒を取り出してキースに見せた。
「うむ……」
いきなりジャケットのポケットから箒を出す、という摩訶不思議な光景
を見せられたキースは、顎を手で押さえ、そのまま考え込んでしまった。
沈黙が流れる中、アルは早く訓練生たちが準備を終わらせ、ここに来ることを心の中で強く願った。
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あとがき
中途半端な部分ですが、次の話の出だしがおかしくなりそうなので、ここで11話は終わりということにしました。
訓練生時代の話は資料が少ないので想像で書いている部分が多いです。おかしいところがあると思いますが、目を瞑っていただければ幸いです。
次はもっと話を進展させられるように頑張ります。
主人公の正体、幼馴染組以外の主要キャラの登場などなど。
あと早く訓練生時代を終わらせたいですね。長引かせるつもりはないです。
では、ここまで読んでいただいてありがとうございました!