進撃の巨人(連載)

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 アルは周囲を確認し、巨人の気配がないことを確認すると、そっと地面に降り立った。まだ太陽が出ている時間だが、路地裏はとても暗く、目を凝らしても奥の方は見えそうにない。しかし、確かにこの路地裏から声は聞こえてくる。アルは恐る恐る、奥にいるであろう人間に声をかけた。

「ルーモス、光よ」

 反応はなかった。ただただ、声が聞こえるばかりである。アルは声の正体を確かめるため、杖に光を灯した。
 ずんずんと前に進んでいくと、先ほどよりもはっきりと声が聞こえる。その声は、どこかで聞いたことのある声であった。

「君は……ハンナ……?」
「うぐ、ひっく、うぅ……」

 声の正体は、アルの同期であるハンナ・ディアマントであった。ハンナの耳にはアルの声が届いていないようで、ずっと泣き続けている。アルはその姿を、黙って見ていることしかできなかった。
 ふと、アルはハンナが懸命になにかをしていることに気がついた。だが、杖に灯された光ではハンナの手元は見えない。アルは、杖を下げた。

「なっ……!?」

 アルは、絶句した。ハンナの手元には、惨い有様になっているフランツがいたのだ。彼女は、フランツに蘇生術を施していた。思わず、アルは目を逸らした。同時に、アルは悟った。
 ハンナとフランツは、お互いを愛し合う、所謂恋人同士であった。訓練兵団という厳しい環境の中、二人はめげずにお互いを気遣い合っていた。恋人、という関係が、二人の支えであったのだ。相思相愛、二人にぴったりの言葉であった。傍から見ていても、彼らがお互いを愛しているのは明白であったし、正直甘ったるいと言わざる負えないくらいであった。卒業しても、二人はこのまま関係を保ち続け、いずれは結婚するのであろうと、誰もがそう思っていた。そう、思っていた筈なのに。
 現実とは、なんて残酷なのだろう。世界とは、なぜこんなにも残酷なのだろう。どうして、目の前のフランツは死んでいるのであろう。アルは、他人事のようにそう思っていた。その間、ハンナはずっとフランツの胸を
強く押し続けている。

「ハンナ……」
「フランツ……っ、今、助けるから……フランツ……!」

 ハンナは、酷い錯乱状態に陥っていた。周囲は見えておらず、フランツは生き返る可能性があるのだ、と信じきっている。路地裏に移動したのも、彼女が「フランツを死なせてはいけない」と思ったからで、自分が助かろうと思ったわけではないのだろう。
 アルは意を決して、ハンナに近づいた。なるべくフランツを目に入れないように(ついさっきまで生きていた自分の友人の、変わり果てた姿は見るに堪えなかった)屈むと、少し強くハンナの肩を掴む。

「ハンナ」
「……っ!?だ、だれ……!?アル……?」
「そう、僕だよ。ハンナ、ここは危険だ。三メートル級ぐらいの巨人なら、このくらいの細さは通過できる。だから、早く安全な所に……」
「フランツを置いていくなんて、私できない!!置いていくわけにいかないでしょ!?」

 先ほどまでとは一変し、ハンナはカッと目を見開いてヒステリック気味に叫んだ。思わず、アルは後ろに下がる。

「でもこのままここにいたら、君が……君が……」
「うるさいっ!!フランツは生きてるの!だから、早く応急処置をしなきゃいけないのっ!」

 近づいたアルの腕を、ハンナは強く振りほどいた。その衝撃で、アルは勢いよく尻餅をつく。

「いった……」
「フランツはね……フランツは……あ……そうよ、アル……アルなら、できるわよね……?」
「え……?」

 先ほどまでのヒステリーは何処か、ハンナは急にぶつぶつと独り言を言いだした。言い聞かせるようにフランツの名を呟き続け、ハンナは独りでに自己完結すると、アルに近づいた。その瞳は、もう正気の沙汰とは思えないほど歪んでいた。
 ハンナは、アルの肩を強く掴んだ。爪が食い込むほど強く、思いっきり。その強さに、アルは顔を歪めた。

「アルなら、フランツを助けられるよね!?だって、アルは魔法使いだもの!魔法使いは、なんでもできるんでしょ!?」
「ハンナ、落ち着いて……」
「傷だって治せた!壊れた物も直せた!だったら、早くフランツを助けて!」

 一心不乱にそう叫ぶハンナの顔は、確かに狂気に満ちていた。しかし、その中にフランツを助けたい、と切実に想う気持ちも含まれていた。

「……ごめん、ごめんね、それは、僕にはできない……」
「どうして!?なんでよ!」

 アルはぐっと唇を噛み締め、俯いた。

「魔法でも、できないことはたくさんある……。ハンナ、できないんだ」
「え……?」
「……死んだ人間を、生き返らせることは……できないんだよ」
「いやっ……そんなの、嘘よ……。冗談言わないでよ、アルの性格じゃないわ……」

 震える声で言うハンナに、アルはもうなにも言えなかった。ただただ、黙って俯くだけ。それが“答え”と見なされたらしく、肩を掴んでいた手が力なく離れていくのをアルは感じた。

「ハンナ……、ごめん……」
「謝らないで……なにもできないならっ!放っておいてよ……!この……役立たず!!」

 これ以上、アルはなにも言えなかった。ハンナは再びフランツの元に戻り、「フランツ、今助けるからね」と呟きながら、蘇生術を何度も繰り返している。

「ハンナ……僕はもう行かなくちゃいけないから……だから、ハンナも早く安全な所に逃げてね……」

 アルはそれだけハンナの背中に投げかけると、名残惜しそうにその場を去っていった。
 これ以上、ハンナはなにを言っても聞かないだろう。酷なことだが、ここは(言葉が悪いが)見捨てるべきなのかもしれない。それはアルのためでもあり、ハンナのためでもあるのだ。


 
 アルは空を掻き分けて、前に進み続けた。目からは、無数の涙が零れ落ちている。

『謝らないで……なにもできないならっ!放っておいてよ……!この……役立たず!!』

 頭の中には、先ほどのハンナの言葉が木霊していた。

(そうだ……役立たず……。僕も、僕の魔法も、全て役立たずだ……)

 魔法で、人を生き返らせることはできない。どんな手を使っても、それは不可能なこと。しかし、その反対に「人の命を消すこと」は簡単にできる。魔法界には、「許されざる呪文」というものが存在する。それを使用すれば、人の精神なんて簡単に壊せるし、殺すことなんて容易である。その事実が、アルを余計に苦しめた。
 
(巨人にだって、僕の魔法は全然効かないじゃないか……。できても、動きを止められるだけ……。うなじを削げなきゃ、意味ないのに……僕は……)

 大切な人が死ぬ、その辛さはアルも知っていた。アルの世界は、この世界とは違う惨さを持っていたから。だから、もう失いたくなかった。
 この世界に来て、アルは自分が自分の一部のように操っている魔法が役に立つものである、と知った。マグルの世界を知らないアルは、初めて別世界でマグルが魔法に対する認識を知ったのだ。だけれど、この世界で重要な部分が訪れるたびに、アルの魔法は通用しない。今まで持っていたアルの魔法使いとしてのプライドが、初めてこの世界で崩れ去った。

(駄目だ……今はまだ……)

 ぎゅっと目を瞑ると、瞼の上に浮かんできたのはアディの顔であった。

(こんな姿見られたら、笑われちゃうな……)

 この状況下の中、今はうじうじ悩んでいる場合ではない。アルは箒のスピードを上げ、前に進んだ。





****
あとがき

前半では、二巻のミカサと対になればな、と思い書きました。
ですが、一番書きたかったのは、ハンナとのやり取りです。
ハリポタに出てくる魔法は、ゲームやアニメに出てくる魔法とは少し違います。日本で見かけたら「なんぞ?」となる魔法も多いです。たとえば、くらげ足の呪いとか。明りを灯す、汚れを清める、と魔法らしい魔法は使えるけれど、人の「死」をどうにかすることはできない。今回のお話で、そういう場面を表現したかった。ハンナには、それを強く引き立たせるスパイスみたいなものになってもらいました。
大切な人が死んでしまうと、時に人は豹変します。強く前を向く人もいますが、そうすることができるのは時間がかかるでしょう。あの状況の中で、ハンナは前を向くことが出来るでしょうか。多分、できないと思います。なんせ錯乱していますし。
ハンナが主人公に酷いことを言ってしまいましたが、それは彼女の本心ではありません。彼女はどこか頭の隅で、フランツの死を受け入れていたとは思います。でも、脳が彼女を守ろうとした結果、あのような状態になったのだと私は思います。

「おいおい、もうハンナ死んでるだろ」というご意見もあると思うのですが、どうしてもこのお話が書きたかったのでそこは見逃してやってください。
それでは、長々と失礼いたしました。ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
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