短編・番外編(ブック)

□二人乗り
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「名前ー!」
 必死にコニーの背中を擦ってやっていると、名前たちの後ろから聞き

覚えのある声がした。振り返ってみると、エレンが大きくこちらに手を振って

きている。その後ろから、アルミンとミカサが続いてこちらに向かっていた。

「やぁ。今日は訓練じゃなかったの?」
「お前たちが飛んでるのが、訓練中に見えてさ……」

 目を輝かせながら言うエレンに、名前は彼がなにを言いたいのか最後

まで聞かなくても察した。多分、エレンは好奇心に誘われて、訓練を中断して

こちらに来たのだろう。

「エレン、君も乗る?」
「えっ!良いのか……?」

 どうせ、二人も三人もそんなに変わらない。名前はそう思っていた。
案の定、エレンを誘ってみると、彼は犬のようにはしゃいでこちらに迫ってく

る。余程、乗ってみたかったのだろう。

「僕は構わないよ。ミカサも、アルミンもどう?」

 エレン一人を誘ってもどうだろう、と思ったので、名前はやっとエレ

ンに追いついた二人も誘いの声を掛けた。二人は一瞬きょとんとした顔をする

と、お互いに顔を見合った。そして自分に言っているのか、と問うような目で

名前を見た。

「名前、無理しなくても良いんだよ?」
「そう。名前、私たちを気遣わなくても良い」
「君たちこそ、僕に気遣わなくて良いよ」

 せっかく名前が良いと言っているので、アルミンとミカサは名前

の厚意に甘えることにした。遠慮したため、表には出していなかったが、心の

中では乗ってみたいと思っていたのだ。
 まず、名前はエレンを乗せて上がった。彼も先ほどのコニーのように

飛べと言うので、乗り気ではなかったがやってみる。心配であったが、エレン

はコニーのように叫ぶどころか、はしゃいでいた。
 次に、名前はミカサ、アルミンの順で名前の後ろに乗るようにし

ていた。最初は緊張していた二人ではあったが、それはすぐに解けた。ミカサ

は表情こそいつものままであったが、声色から感動しているのだと察すること

ができた。このように感情が出ているミカサを見るのは珍しかったので、

名前は新鮮だと思った。アルミンはミカサほど緊張していなかったが、

飛ぶ段階になると名前の腰に強く力を入れていた。しかし、飛んでしま

うとアルミンは凄い、と連呼し、やはり感動していた。

「エレン、お前よくはしゃげるな……」
「結構楽しかったけどな、俺」
「エレンは良い意味でタフだから……」
「はぁ!?どういう意味だよ、それ!」
「そのままの意味ですよ、ねぇアルミン」
「エレン、落ち着いて」

 三人を箒から乗せ終わると、コニーとサシャを初めとする六人でしばらくの

間談笑した。名前は、自分がこんな風に人と接することはないだろうと

思っていたので、内心驚いていた。だが、不思議と嫌ではなく、むしろこれが

ずっと続けば良いのにと思っていた。

「ん……?」

 ふと気がつくと、名前は自分たちにいくつかの視線が向けられている

のを感じていた。さっと後ろを振り返ってみると、一人がさっともう一人の人

間の後ろに隠れてしまった。もう一人の方は、呆れかえったように突っ立って

いる。

「あれ、クリスタとユミルじゃねえか。おーい!」

 続いてコニーも二人の存在に気づき、大きく手を振る。痺れを切らしたユミ

ルが、クリスタの手を半ば強引に引いてこちらにやって来た。

「こいつも、乗せてもらえる?」
「えっユミル!そんないきなり言っても、困るでしょう?ごめんなさい、

名前。その、駄目なら無理しなくて良いから、乗せてもらえるかなって


「僕は構わないよ」

 名前は即答した。まさかこの二人が来るとは思っていなかったので、

少し驚いたが、嫌とは感じなかった。先ほどそう思ったように、何人乗せても

結局はそんなに変わらないのだ。大袈裟に言ってしまえば、訓練生全員を乗せ

ても同じなのだ。実際、全員を乗せるほどの時間はないが。
 名前は先に自分が箒に乗ると、クリスタに後ろに乗るように促した。

最初は戸惑っていたクリスタだったが、ユミルにも促され、緊張した様子で箒

の上に乗った。

「じゃあ、飛ぶね」
「きゃっ……」

 名前は地面を蹴ると、慎重に上へ上がって行った。クリスタがマグル

であり、とても細い女性だったので、怖がらせないようにするためであった。

「羨ましいな……」
「うおっ、ライナー。お前も乗りたいのか?」
「いや、俺が乗ったら箒が折れるだろう……。だが、こいつがな……」

 いつの間にか、エレンたちの横には先ほどまでそこにいたかのようにライナ

ーがいた。その横には、ベルトルトが立っている。だが、ライナーが指したの

はベルトルトではなかった。二人の間には、隠れるようにしてアニがいたので

ある。アニは気だる気にしていたが、自分が指を指されたので驚いた。

「え?アニが?」
「いや、私は……」

 エレンたちもまさかの登場に、驚いたらしかった。アニのイメージでは、ま

さか乗りたいと思うとは思わなかったのだろう。しかし、誰よりも驚いたのは

アニ自身であった。
 アニはたまたま外に出てみたら、宙を飛んでいる名前の姿が目に入っ

ただけで、乗りたいと思っていたわけではない。だが、少し憧れていたのは本

当のことだ。

「お、名前!悪いが、こいつも乗せてやってくれ!」
「え、ちょ、まっ……!」

 そうこうしているうちに、クリスタを乗せた名前が空から降りてきた

。すかさず、ライナーはアニの手を引いて名前に向かって歩く。

「え?」

 名前は驚いたように、ライナーを見た。まさか、アニが箒に乗りたい

と言うとは思わなかったのだ。アニのイメージはクールな女性で、格闘術が得

意な女性だ。名前は何度か、エレンがアニに蹴り飛ばされているのを目

撃している。

「ほら、名前だって困ってるから、私は……」
「アニも乗るの?とっても楽しかったし、景色も良かったわ!アニも早く乗っ

てみて!」

 困り果てたアニに追い打ちをかけるように、クリスタが後押しする。アニは

、言葉が詰まってしまった。なにも言えずにいたアニを放っておいて、クリス

タはライナーを連れてここから離れてしまう。ますます、名前とアニの

間に気まずさが漂ってきた。

「えーと、じゃあ乗ってみる……?」
「まぁ、そこまで言うなら……」

 名前は恐る恐る、アニに話しかけてみた。どうやら、アニは撤回する

のをやめたようだ。アニは名前の後ろに回ると、箒に跨った。それを確

認すると、名前は地面を蹴る。宙に浮き始めた時、アニが驚きの声を小

さな声で発した。
 こう言うと失礼であるが、意外にもアニは女性らしかった。高く上昇すれば

驚いていたし、景色を見るように促すと感嘆の声を上げていた。彼女がこんな

風に表情を出すのを見たのは初めてだったので、名前は驚いてしまった



「お疲れ様。大丈夫だった?」
「ああ。その、悪かったね。無理言ってさ」
「気にしないで。僕も皆と乗れて楽しかったし……。今まではこんなことでき

なかったからね」

 魔法使いは、大抵箒は一人一本である。二人乗りをする事例があるが、少な

くとも名前の家ではそんなことはしなかった。それで構わない、と思っ

ていたが、こうして実際に誰かを乗せてみると楽しい。マグルである訓練生は

箒に乗って空を飛ぶ、という習慣がないし、ありえないことだ。いちいち驚く

彼らの反応を見るのは、魔法使いとしておかしいと思う部分もあるが面白い。

「へぇ……。あんたがそんなこと言うとは思わなかったよ。でも、乗せてくれ

てありがとう」

 そう言うと、アニは少し微笑んで見せた。そのまますたすたとライナーたち

の元へ歩いていくアニを見て、名前はしばらく呆然とした。貴重なもの

を見てしまった、と名前は心の中で呟いた。


 時を同じくして、名前たちの様子を窺っている人物が二人いた。一人

はイライラした様子で名前を見つめており、もう一人は好奇心で

名前を見つめていた。

「凄いねぇ」
「そんなこと、ねぇだろ」
「ジャン、なに強がり言っているのさ。ミカサが名前の密着していたの

が、羨ましいの?」
「ばっ、そんなことあるわけねぇだろ……。馬鹿言ってんじゃねえよ、マルコ



 ジャンの様子を見る限り、彼が名前に嫉妬しているのは一目瞭然であ

った。だが、マルコは深追いしようとしない。ジャンはそういうことを、嫌い

からだ。むしろ、深追いすればするほど彼は躍起になるだろう。

「そう言ってるけど、ジャンも箒に乗りたいんじゃない?」
「はぁっ!?んなわけねえだろ。落とされたらたまったもんじゃねえ」
「ふふ、名前は落としたりしないと思うけどね」

 何度か名前とは話したことがあるが、マルコの中では良い印象だ。それは、ジャンも分かっているだろう。最初、名前が魔法使いだと分かった時は二人とも驚いたが、関わっていくうちに彼も自分たちと変わらないと気がついたのだ。
 しかし、ジャンはミカサが名前の仲良くしているのが気に食わないのだ。エレンという最大のライバルがいるなか、もう一人ミカサに近づく人物がいることが許せないのだろう。ジャンはジャンで名前が良い人間だというのは分かっているのだろうが、それらの理由があって認められないのだ。

「僕も名前の後ろに乗せてもらおうかなぁ」
「やめとけ、ってそんなん」
「じゃあ、ジャンはそこで見ていたら良いよ。僕は行ってくる」
「あ、おい、マルコちょっと待てよ!」

 名前の元に歩き出したマルコを見て、ジャンは慌てて後を追った。後ろから着いてくるジャンに、マルコはほくそ笑む。訓練生としてこのように笑っていられるのは、とても平和なことだと思いながら。



***
あとがき

桜珠様のリクエストでした。いかがでしたでしょうか。

このネタはいつか書いてみたいなぁ、思っていました。
書いているうちに長くなってしまい、書きながら省略した部分があるのですが、それはまたの機会に小ネタとして書いてみたいです。
同じ動作を繰り返す描写を書くのは難しかったですが、訓練生たちの驚きなどの感情を出せたのかなと思います。

書き直しは桜珠様のみ、お受けしております。気に入らない、イメージと違うなどございましたらご遠慮なくどうぞ。

では、桜珠様リクエストありがとうございました。そしてここまで読んで頂いた皆様、ありがとうございます!
 
 






 
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