短編・番外編(ブック)

□二人乗り
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 全ては、コニーとサシャが原因だった。

 この日の午前の訓練は、馬術であった。本来ならば対巨人用に品種改良され

た非常に優秀な馬を使用するのだが、この馬は非常に高価なため、訓練で用い

られることはない。代わりに、普段は乗馬用の馬が訓練生に与えられ、馬の乗

り方や操り方を学ぶのだ。
 名前は馬の代わりに、空飛ぶ箒を使用する。午後には立体起動の訓練

(名前は、立体起動装置の代わりにも箒を使用する)が控えていたので

、前日のうちに入念に手入れをしていた。そのためか、この日の箒はいつもよ

り調子が良い。普段は操作が難しい状況でも、難なく飛ぶことができた。

「右翼側の二列目左にずれてる!」

 馬術と言っても、ただ馬に乗って終わりというわけではない。陣形を作り、

それに合わせて馬を操る技術も必要だ。しかし、名前は箒に乗っている

。馬とは違い、宙に浮くそれは地面を走ることができない。そのため、教官た

ちは名前に特別な訓練を与えた。こういう陣形を取る訓練の時、

名前は陣形が見渡せるぐらいの高さまで上昇し、陣形が崩れていないか

どうかを指摘する役をしている。拡声の魔法を使用すれば、地上にいる訓練生

の耳にまで名前の声はしっかりと入ってくるのである。
 一通り訓練が終わったのか、教官が上に向かって煙弾を放った。名前

はそれを確認すると、アディと目配せをして地上へ向かって降下していった。
 休憩時間、名前とアルミンは日陰で休んでいた。時間を確認してみる

と、午前の訓練が終わるまでまだ半分もある。先が長いと感じられた。

「今日も名前の指摘は適格だったね。さすがだよ」
「そんな……これは僕だけの力じゃないよ。アディがちゃんと隅々まで見てく

れるから、大部分はアディのおかげなんだ」
「アディは目が良いからね。お疲れ様」

 アルミンが名前の肩に止まっているアディを撫でると、彼女はホーと

満足そうに鳴いて胸を張った。まるで、アディはこのくらい朝飯前だと言って

いるようである。

「おーい、名前ー!」

 二人が談笑して休んでいると、エレンとミカサが慌てたように駆け寄ってき

た。ミカサは相変わらず無表情であったが、エレンはかなり切羽詰まっている

ようであった。

「どうしたの、二人とも。そんなに慌てて……」
「それが、はぁ、はぁ……」
「名前、あなた箒を馬小屋近くに置きっぱなしにしていたでしょう。今

、コニーとサシャが箒で遊んでいる。二人が絡むと、ろくなことがない。早く

二人の所に行った方が良い」

 息を切らし、肩で呼吸をしているエレンでは会話にならなかった。それを見

てか、ミカサがエレンが話そうとしているのを遮って、二人に簡単に状況を説

明した。
 途端、名前の顔が珍しく青くなった。慌ててジャケットのポケットを

確認するも、目当ての物はそこに入っていない。

「うそ……。ポケットに入れるの忘れてた……」

 訓練後は悪戯されないように、必ず拡張魔法をかけたポケットに収納するの

だが、今日に限ってそれを忘れてしまったらしい。名前は自分の不甲斐

なさに、情けなくなった。

「とりあえず、早く行こう。最悪の事態になる前に」

 アルミンの言う最悪の事態、というのを想像して、この場にいた四人は冷や

汗を流した。
 コニーとサシャは、訓練生の中で特に問題児として教官から目をつけられて

いる。理由は、彼らがふざけて訓練を行っていたり、座学の成績が悪かったり

など、他にも色々と奇行な行動をとるからであった。そんな二人が、

名前の箒を使用してふざけていたらどうなるか、いとも簡単に想像がつ

くだろう。

「僕、先に行ってくる」
「え?」

 焦った名前は、三人に断りを入れるとその場から姿を消した。姿くら

ましを使用したのである。いきなりの行動に驚いた三人であったが、我に返る

と弾かれるようにその場から駆け出した。
 姿くらましで馬小屋にまで移動すると、名前のすぐ目の前にコニーと

サシャがいた。二人は名前の登場に気がついていないようで、箒に乗っ

て空を飛ぼうとしていた。しかし飛べないことに腹を立てたのか、今度は箒を

用いてチャンバラごっこを始めようとしていた。

「アクシオ、クリーンスイープ7号よ来い!」

 コニーがサシャに箒を振り下ろそうとした時、名前は咄嗟に杖を取り

出して呪文を叫んだ。箒は強引にコニーの手から離れると、綺麗な直線を描い

て名前の手元にまで戻ってきた。名前はほっ、と一息つくと、二人

に顔を向けた。二人は名前の存在に気がつくと、ぎょっとした顔をした



「君たち、なにしてるの……?」
「あ、いや、そのですね……」
「その、箒が置いてあったから、俺らも空飛べるかなって……」

 いつもの、名前の無表情な声が怖かったのだろう。コニーとサシャは

おじけつき、どもりながらも苦し紛れの言い訳をしていた。言い訳といっても

、彼らの場合嘘をついているわけではないだろう。それが馬鹿らしくなって、

名前は大きなため息をついた。

「僕がここに置きっぱなしにしていたのも悪いけど、勝手に人の物を使っちゃ

駄目だよ」
「はい、すみませんでした」
「悪かったな、名前」
「今回は箒が壊れていなかったから良いけどね。次はやらないでね?それに、

言っておくけど君たちは魔法使いじゃないんだから、空が飛べるわけないでし

ょう」
「え?そうなのか?」

 首を傾げる二人に、名前はマグルと魔法使いについて二人にも分かり

やすいように説明してやった。時間が掛かったが、二人は納得してくれたよう

で渋々頷いていた。
 ちょうど、そこでアルミンとエレンとミカサが駆け付けた。疲れ果てた様子

の名前を見て全てを察したアルミンは、苦笑した。あの二人に分かりや

すく説明するというのは、一日の訓練よりも疲れるということを知っていたか

らである。

 その夜のことであった。夕食時、いつものメンバーと食事していた

名前の元にコニーとサシャがやって来た。二人は再度先ほどのことを謝

罪すると、おずおずと口を開いた。聞いてみると、どうしても空飛ぶ箒に乗っ

てみたいので、名前の力でなんとかして欲しい、ということであった。

「えっと……」
「名前!頼む!!」
「お願いします!小さいころからの夢だったんです!!」

 言葉を濁す名前に、コニーとサシャは掴み掛かった。余りにもの迫力

に、名前は上半身だけ後ろに下がる。ミカサやエレンは、呆れてそれを

見ていた。

「ねぇ、名前。二人乗り限定で乗せてあげたらどうかな?二人乗りだっ

たら操作するのは名前だから、二人が壊すようなことはないし、安心で

しょ」
「まぁ、それなら……しょうがないか」

 救いの手を差し伸べたのは、アルミンであった。この状況を打破するために

、アルミンなりに考えてくれたのだろう。妥協するしかないか、と名前

が頷くと、二人は大袈裟に感謝して自分たちの席に戻って行った。なんだか、

嵐のような二人であった。

「ごめん、ああでも言わないと引かないと思って……」
「ううん、助かったよ。咄嗟に出てこなかったし……。ありがとう」

 申し訳なさそうにしているアルミンに、名前は心から感謝していた。

実際、もし自分がアルミンの立場であったら、名前もそのような提案を

していただろう。この場を収めるには、ああ言うしかなかった。

「でもよ、良いのか?名前、いつも書庫に籠ってるだろ」
「別にそのくらいなら、良いよ。彼らにまた悪戯されても困るしね」

 困ったように、名前は笑った。それを見て、アルミンたちは最近の

名前が丸くなったと感じていた。今までは無表情だったのだが、ここ最

近名前は表情が豊かになった気がする。と言っても、以前よりは表情が

ついたのであって、いつもはあの無表情のままだ。


 翌日、名前は朝食を食べ終わるとすぐに、例の二人に連行された。連

れてこられたのは、普段訓練でも使用されている広々とした、障害物のない所

だ。なるほど、ここならばなにかに衝突することはないだろう。あの二人もそ

ういうことはしっかりと考えているのだ、と名前は内心感心していた。

「じゃあ、レディーファーストでサシャから……で良い?」
「ああ!乗れればなんでも良い!さ、早く!」
「おおおお!よろしくお願いします!」

 名前の目の前でわくわくと、子どものように振る舞っている二人を見

て名前は苦笑した。これ以上待たせると暴れだしそうなので、名前

はポケット(私服)から箒を取り出すと、まずは自分が先に跨った。

「サシャ、僕の後ろに乗ってくれる?危ないから、ちゃんと捕まっててね」
「は、はい!」

 サシャはごくり、と生唾を飲むと、箒に恐る恐る跨った。先ほどまでは楽し

みで仕方なかったのに、今はとても緊張している。ドキドキしながらも、

名前の腰に手を回した。それを確認した名前は、地面を強く蹴った

。途端、名前とサシャの体は宙を浮いた。下の方から、コニーの歓声が

聞こえる。
 名前は、そこそこの高さまでくると、箒を前に進めた。ゆっくりと進

んでいるので、頬に当たる風が心地良い。

「あの、先ほどのレディーファーストって、なんですか?」
「え?ああ、女性を優先するってことだよ。例えば、部屋に入る時は女性に先

に入ってもらって、自分は後から入る、みたいな」
「へぇ……名前、なかなかやりますね」

 ニヤリ、と効果音が付きそうな声音でサシャは言った。まさか名前が

このような紳士的な人物ではないと思っていたので、意外だった。反対に、

名前はこれが当たり前だと教育されてきたので、なぜサシャがそう言っ

たのか理解していなかった。
 二人はしばらく空の旅を楽しむと、やがてゆっくりと地上に戻ってきた。サ

シャは地面に足がつくことを確認すると、勢い良く降りて行った。すぐ横には

、コニーが痺れを切らしてこちらに向かっていた。

「よし、次は俺の番だな!」
「コニー、とっても楽しかったですよ!ぐふふ……」
「うおー!めっちゃ盛り上がってきた!」

 コニーは小躍りするような勢いで箒に跨ると、少し迷ってから名前と

自分の間のスペースの箒の柄を握った。さすがに、男である名前の腰に

手を回すのは気恥ずかしかったようだ。
 名前はコニーがしっかりと箒に握ったのを確認すると、先ほどと同じ

ように地面を強く蹴った。

「名前!もうちょっとアクロバティックにやってくれよ!」
「え?良いけど、落ちないように捕まっててね」

 後ろではしゃぐコニーに、名前は何度目か分からない苦笑をする。本

来ならば、アクロバット飛行などやりたくはないのだが、今日ぐらいは良いか

と思った。
 コニーの要望通り、名前は一定の高さまで来るとスピードを上げた。

そのまま一直線に進み、宙を一回転してみたりする。後ろから、とんでもない

悲鳴が聞こえたが、名前は楽しんでいるのだろうと踏んで気に留めなか

った。

「ぎゃああああ!ちょ、タンマタンマ!」
「あ、うん」

 待った、とコニーの口から発せられ、ようやく名前はコニーが楽しん

でいるわけではないことに気がついた。仕方なくスピードを下げ、そのまま地

上に降下する。地面に着くと、コニーはすぐに箒から降り、そのまま地に膝を

着いた。

「コニー、大丈夫かい?」
「大丈夫……」

 どうやら、コニーには刺激が強すぎたらしい。コニーが想像していた飛び方

より、名前の飛び方の方が激しかった。まさか名前があんな風に飛

べるとはまったく思っていなかったので、コニーは度肝を抜かれた。同時に、

朝食を食べたばかりだったので、胃から食べた物が逆流しそうになった。
 名前は頼まれたからやったのだが、まさかの反応に困っていた。やは

り、マグルと魔法使いの体のつくりは違うのだろうか。名前は気持ち悪

くなっていなかった。
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