まぎ

□紫にキスを
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口には出さないけれど、私はそこそこ、人よりは人気があるのだと自覚している。
そりゃあ、同志たちに比べたら、ピスティなんかは一体何人男がいるんだか分からないし、シャルルカンやマスルールも、腕の立つ男前だから女の子からの人気が高い。
主に至っては七海の覇王という渾名をもじって、七海の女たらしなんて呼ばれている始末で、それに比べりゃ、私なんて地味でちっぽけなものだ。
それでも、中性的且つ幼い顔は、引き立てて醜い訳ではないし、仮にも王の背中を護るのが役目なのだから、腕だって悪いことはない。
仕事の要領も良い方だし、部下の彼女たち曰く、子供好きでどことなく世話焼きなところも好いらしい。
私を上司として慕う人間の方が圧倒的に多いのだけれど、その羨望の中に、熱を孕んだ視線が幾つか混じっていることに気付かぬほど、私は鈍くはない。
煩わしい、と、思う。あわよくば近付けないか、と、仕事に鍛錬に勤しむ彼、または彼女らに、そっと耳打ちしてやりたくなる。
凡人たるお前たちがどんなに頑張ったところで、憧れの八人将になれるわけがないだろう、と。
勿論、そんなことは言わずに、ただ薄っぺらい笑顔を張り付けて労いの言葉を吐くのだけれど、温度のない私の空言に、この上なく嬉しそうに顔を綻ばせるのだから可笑しいったらないのだ。
可笑しくて、つい、もう少しちょっかいを出したくなる。
私が申し訳なさそうに目を伏せて甘い言葉を吐き、床に誘えば、どうだろうか。
どれもこれも、純情そうに真っ赤になって固まる癖して、きっちり寝所には踏み入るのだ。
そうして人の体をまさぐって、満足そうな顔をする。
女であれば、そのうち積極的でない私に、「思っていたのと違う」なんて、見当違いな理由で愛想を尽かすけれど、男というのは女よりもよっぽど肉欲に馬鹿正直だ。
私がどうであろうと、自分が気持ちいいのだからと、何回でも私の世話になりに通う。
彼らを相手していると、まるで美人局かなにかでもしているような気分になる。バックには何もいないけれど。
それでも、金銭をとらないだけで、私のしていることは、半ば詐欺に近しいのかもしれない。
名前すら覚える気のない人間にその気があるような素振りで、相手が一人舞い上がるところを見るのが楽しいだなんて。
向こうからしたら、近しい、ではなく列記とした詐欺だと思うであろう。
なんにせよ、騙すのは申し訳ないな、とは感じる。
それでも、罪悪感なんぞより、愉快と悦楽が勝ってしまうのだ。
気持ちいいことが出来る上に道楽も楽しめるんだ、やめようだなんて思わない。
ただ、相手に微塵も好意を抱けないことが気懸かりなだけで。


「――……ジャーファルさんは、不思議な人だ。」


行為を終えてもなお、背後から私を抱きとめたままに男が呟く。
こういったことをする間柄では、多分、一番長く続いている人間だったはずだ。
初めこそ、私のことは「ジャーファル様」なんて仰々しく呼んでいたし、いっそ腫物でも扱うかの如く繊細に触れられていたのが、いつの間にやら、彼の手付きには些か傲慢さが含まれるようになった。
別に、呼び名なんぞどうでもいいし(事実、私はこの男の名を一度として呼んだことがない。)、乱暴に扱われようが優しくされようが、翌日の職務に支障がなければ問題ない。
つまるところ、私はこの男の言動全てに無関心であるから文句も何も言わないだけなのだけれど、どうにもこの男は私の無言を肯定的に捉えているらしい。


「失礼なことを言いますが、他の八人将の方々と比べて、貴方は華がない。」
「……本当に失礼だね。」


すみません、と言ってはいるが、男の吐息には笑みが含まれている。
私の周りは、謝罪に心を込めることを知らない人間が多々いるようだ。
別に、怒ってなんかないさ、自覚していることだしね。
そうぶっきらぼうに言えば、拗ねないで、なんて耳にへばりつく甘い声で囁かれる。
旋毛に落とされたらしいキスがくすぐったくて、首筋が少し、粟立った。


「なのに、どうしてか、貴方しか見えない。」
「そんなに惚れられているの?私。」
「そうですね。多分、貴方が王様を愛しているのと同じくらい、僕は貴方が好きですよ。」
「そりゃあ、また。大層な愛だこと。」


くすり、と私が笑う素振りを見せれば、男は満足気に抱きとめる腕の力を強めた。
私がシンに向ける忠誠と慈愛同様に私を愛するだって?おこがましいにも程がある言葉だ。
お前がどれだけ私を好きと言っても、それはきっと、幼子の初恋程度の、浅はかな淡い想いでしかない。
私がどうしてあの人を敬愛しているか、理由も何にも、知らないくせに。
同等に語るだなんて、ふざけるのも大概にしてほしい。


「…僕は、こんなにも、貴方しか見ていないというのに。」
「私だって、君を見ている。」
「今だけ。貴方は浮気性だ。僕だけじゃない。」
「ご不満?」
「少し。」


寝返るように男の方へ体を向ければ、わざとらしく唇を尖らせて視線を逸らされた。
拗ねたふりが可愛らしいものなのだと勘違いしているのだろう。それが通じるのは無垢な子供だけだというのに。
大の男が上司に媚びる為に、なんて滑稽なことを、と思うと、面白くてたまらない。


「今だけだって、別に、いいじゃない。楽しいんだから。」
「でも、好きな人を独占したいという気持ちは、貴方にだって分かるでしょう。」
「どうだろう。」
「貴方の本命は王様でしょう?あの人を独り占めしたいとは思いませんか?」
「思わない、と言えば、嘘になるねえ。」


そりゃ、できることなら私だけを、と思ったことはあるけれど、あの人はあれでも一国の主だ。
私の感情だけに構ってられるほど暇ではないし、国王が暇では国が困る。
つまりは、私は彼に私を見てほしいとは思うけれど、実際、その思惑通りになると私を含む多くの人間が困るのだ。
そうなると面倒なので、であればいっそ、私なんぞ視界に入らずとも構わない。それで面倒事が避けられるのであれば。
それに比べ、この男がどれだけ一人の人間にご執心でも、周りに何の影響も及ぼさないのだから。
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