まぎ

□eyesight
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もともと、そんなに遠くが見えていたわけではないけれど、でも、昔に比べて、随分と視力が低下したと思う。
それもそうだ。ここ何年も、ひたすら書類とばかり向き合ってきた。小さな文字ばかりを相手して、眼を酷使してきたのだから。
完全に見えなくなった訳じゃないから、問題はない。近ければ認識できるし、馴染みの人ならば、シルエットでなんとなく識別できる。
いざとなれば、自分は鼻が利くから、嗅覚に頼ればいい。
でも、問題はなくとも、寂しいのだ。
王宮から一望できる大きな海だって、私にはただの青い布が一面に敷かれてるようにしか見えない。
王宮内は慣れているからいいものの、たまに街におりようものなら、ぼやける視界に足元が覚束ない。
中庭で訓練をしているアラジンとヤムライハが習得したばかりの魔法を得意げに見せてくれるのだけれど、はっきりいって、なんだかよく分からない明るいものが浮遊しているようにしか見えなくて、その浮遊するものが炎なのだと気づくまで時間がかかる。
その間彼らを褒めることも忘れて、これはなんだと考え込んでしまうので、少し、申し訳なくなるのだ。


「個性の一つじゃないか、気にすることないだろう。」


上記のことをシャルルカンにぼやいたところ、あのお喋り、いろんなところで口外しているらしく、それはシンの耳にも当然のように入った。
口外されて困る内容ではないからいいものの、彼の口の軽さには辟易する。


「別に、私も気にしているわけではありませんよ。ただ、少し、寂しいと言っただけです。」
「何を寂しがるんだ。」
「いろんなことをですよ。」
「たとえば?」
「そうですね……。貴方のかんばせを、はっきりとこの眼に映せないことが。」
「可愛いことを。」


冗談交じりでそう言えば、シンは可笑しそうに喉を鳴らせた。
存外、それが冗談でもないのだから困るのだ。
歳を重ねるごとに、いつでも視界に映す男の背中がぼやけて霞んでゆくのが、なんだか遠くに行かれたような気がして、いっそ泣きそうになるくらいに寂しいのだ。
嗚呼、間近で見れたならばいいのに、と思うけれど、こんな人でも我が主、一国の王だ。
そのような無礼を働くわけにはいかない。
(でも、このままだと、貴方の面影をも忘れてしまいそうで、恐ろしいのです。)
感じた恐怖を音にはせずに、口の中で噛み砕いた。


「であれば、こうすればどうだろう。」
「は?…あ、ちょっと!」
「これなら、良く見えるだろう。」


とっさに腕を引かれて、シンとの距離が縮まる。
こけないように、と足の裏に力を入れて、抗議しようと見上げた先には至近距離で笑う顔がはっきりと見えた。
それがなんだか太陽みたいで眩しくて、直視してしまった自分は眼がやられたんじゃないかと思うくらいに頭がくらりとした。






End

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