まぎ

□小さき王。
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自室で職務をこなす傍らで、私の後ろにべったりと張り付いている男の体温の鬱陶しいことと言ったら。


「…ついに起きながらにして夢を見られるようになるとは。」
「寝ぼけているのか?れっきとした現実だぞ。」


俺の存在が夢だなんて、なんて失礼なやつなんだ、と、男は首筋に吐息をかけながら憤慨しているのだが、現実として受け入れる方が困難であろう。
私がかつて忠誠を誓ったときの、その当時のままの姿で、我が王が目の前に現れるだなんて。
今現在の王といえば、よく言えば貫禄のある、敢えて悪くいうのであれば、少し歳を食った(いや、でも、これはけして悪い意味ではなくて、渋みが出たという意味だ。)三十路も間近という男なのだけど、その王と同一人物である彼は、青年とも少年とも言い難い、酷く微妙な年頃の相貌で、なんとも若々しいのだ。
普段であれば、「俺はどうやら未来に来てしまったらしい」なんて、馬鹿げたことを言いながら仕事の邪魔をしくさるような輩、如何様な方法を使ってでも、速やかに排除するのだけれど、なんというか、この人に限っては、あまり蔑ろなことは出来ないのだからもどかしい。
艶々と滑る漆色の長い髪や、まるで宝石みたいな、力強い黄金の眼だとか、自信を表す凛々しい眉だとか、王に通ずる箇所は多々あるし、なにより、彼がまだこの見た目だった頃に、丁度私は拾ってもらったのだ。
あの、神様みたいな男の顔を、忘れもしなければ見間違えることもない。
懐かしささえ感じるこの男は、不可解としか言いようがないけれど、我が主であるシンドバッド王そのものであるに違いない。
ちろり、と背後に視線を向ければ、何が可笑しいのやら、にんまりと子供らしい笑顔を返された。
違いないことはよく分かったのだが、では、何故、過去のシンが、今ここで私の邪魔をしているのだろうか。
そんなもの考えたって答えなど出るはずがないし、考えるだけ時間の無駄だ。
なにより、それについて思考しようとすると頭痛がする。
まあなんだ、よく分からないが、とにかく、シンがタイムスリップしたということだ。
そうすると、自分や、自分の臣下達の未来での現状が気になったので覗きに来て、偶然見つけた私にちょっかいを出していると、そういうことなのだ。


「にしても変わったなあ、こうも変わるのか。」
「そりゃあ、一体何年経ったとお思いですか。」
「時間というのは恐ろしいもんだ。…それにしたって、我ながら、よくお前がジャーファルだと気付けたもんだ。」
「それについては私も関心します。」


あの頃の私と言えば、小さいわ喋らないわ目付きは悪いわ、おまけに髪はぼさぼさで、言っちゃ悪いがなんともみすぼらしかった。
今はといえば、背丈は人並みに伸びたし、目付きは良くなったか分からないけど、でも、苦なく談笑できるようになった。
そばかすと幾つかの傷は残っているけれど、当時の風貌とは大分違うだろうに。
それなのにこの子といったら(王に対してこの子だなんて、失礼にも程があるのだけれど、本当に、子供みたいで愛らしいのだ。)、私を見るなり「お前はジャーファルだろう!」なんて言いながら、嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。
その様たるや、まるで母親を見つけた迷子か、はたまた飼い主に飛びつく犬のよう。
関心、という私の言葉に気を良くしたのか、得意げに鼻をならす音が聞こえた。


「まあ、俺はお前のことを愛してるからな!どんなに変わろうと見つけ出す自信はあるさ!」


嗚呼、こういう、気恥ずかしいことを臆することなく言葉にするところ、ちっとも変ってなんかない。
首に巻きついた腕は、私よりは肉付きのいい、力のある腕だったけど、でも、今現在のシンと比べては、頼りないもので、微笑ましくなる。
私には、いつの時代も、貴方が何より逞しく見えていたのだけど、それは、私の色眼鏡だったのでしょう。
子供ながらに見ていた彼はうんと大人に映っていたのだけど、今、こうして見てみれば、彼もあの頃の私と対して変わらない、子供だったのだ。
子供だと思えば、幾ら仕事を邪魔されようと、仕方ないとも思えてしまう。
子供は可愛い。可愛いから仕方ない。


「ところで政務官殿よ。いつになったらあんたの仕事は終わるんだ。」
「嗚呼、そうですね。…貴方が邪魔をなさるので、ちっとも手につきません。」
「それならいい、いっそのこと、今日は此処までにしてしまえ。」


続きは明日したら良いじゃないか、なんて、にっこり笑っていわれちゃあ、いつもであれば一蹴するところであるが。
今日中でなければならないだとか、急ぎの仕事はないし、明日の職務にも比較的暇がある、このくらいなら明日にまわしたところで大した支障はでない。
なにより、無邪気な王にそう命令されてしまえば、従うしかないであろう。
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