にんたま

□君が知らない君のこと
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「一緒に食べるか。」
「あ、いいね。小平太と二人って、なんか珍しい組み合わせだねえ。」
「まあ、お前は留三郎と一緒のことが多いからな。」
「ああー…、まあ、同室だしね。それにほら、留三郎って結構世話焼きなところあるからさ。不運だーって言ってる僕とは、相性が良いみたい。」


実際、僕は留三郎に沢山助けてもらっているし。
同室の彼の話をする伊作の横顔は、なんとも嬉しそうに綻んでいた。
食堂に向かって、二人並んで歩む。
夕餉をとるには少し遅めで、食堂に行く人間よりは、浴場に向かう人間の方が多かった。
歩くたびに、伊作の髪がふわふわと揺れる。
薄い胡桃色の髪は細く、仙蔵とはまた違った艶めかしさがあって良い。
味のある、綺麗な髪だ。
ふと、同じ色の目が私を見据えた。


「どうしたんだ?黙りこくって。」
「いや、ちょっと。もしも私が同室だったなら、お前はおんなじように言うかな、と思って。」
「うん?…うーん、どうだろうね。」


きょとん、と、いっそわざとらしいほどに丸くなった瞳は、どうしてそんなことを聞くのだろうか、と私に語り掛けているようだった。
伊作の口からは、否定も肯定も出ない。
考えあぐねているような素振りではあるが、恐らく彼の中では、既に答えは出ている。
仮に私が同室であったとしても、私と伊作が今以上に深い友好を築くことはなかっただろう。
だって彼は、私のことを快くは思っていない。
私の、豪快で強引と総評されているらしい性格は、伊作にはきっと真似できない。
良く言えば物腰が柔らかい、悪く言えば気弱な彼が、自分の道を突き進むために誰かを道連れにするなんてこと、できるわけがない。
私の性格が鬱陶しいと思っているのか羨ましいと感じているのか、多分、その両方が正しいのだと、私は思っている。
芳しくない評価を受けてなお、彼はその通りだと頷いてへらへらと笑ってはいるが、けして向上心の低い人間ではないから、思うように伸びない己の能力にジレンマを感じているように見える。
そうとも知らずに、能天気なまでに自分の生きたいように生きているだけで、そこそこよろしい評価を貰っている私が、面白くはないのだろう。
博愛的な人間に嫉妬され恨めしがられることが、どことなく優越感を昂らせた。
そして、彼が私に嫉妬していることに誰も気づかないことが面白くてしかたなかった。
滑稽なことに、「誰も」の中に伊作本人も入っているのだ。
自分でさえ気づけないような小さな感情を、密かに私に暴かれていたことを知ったら、この可愛らしい顔はどのようにして歪むだろう。


「伊作、伊作は私を、どう思う?」
「どう、って……、…普通に、仲のいい級友だと思ってるけど?」
「ふふ、うん、それも、間違いではないな。」


小首を傾げて、それでも伊作は私の言葉に深入りはしなかった。
にっかりと口角を上げて笑ってみせれば、伊作も相槌のように小さく微笑んでみせた。
「いい人」に慣れすぎてしまって、己の暗い感情にも気づけなくなってしまっただなんて、なんて可哀想なのか。


「伊作が私をどう思っていようと、私はお前が好きだよ。」
「え?うん、ありがとう。僕も小平太のこと好きだよ。面白いし。」
「それはどうも。お前は本当に、忍者に向いてないよ。」


不意をつかれたような顔をしてから、すぐに困ったようないつもの笑顔をしてみせた。
その表情の変異の途中で、彼が小さく顔を顰めたのを、見逃しはしなかった。
彼が私を求める時はくるだろうか。もしその日が来るのであれば、こんなに嬉しいことはないが、ほぼ確実に、伊作が私のことを好きになることはないだろう。
それならそれで、私を憎む伊作ごと、愛すればいいだけの話だ。
嗚呼、伊作がこんなに面倒くさい人間だなんて、一体誰が知っているだろうか。
こんなに面白くて愛しいやつ、こいつの他には、いないだろう。









End
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