にんたま

□虐めたい人
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「やっぱり、善法寺先輩のこと、嫌いだなあ。」



何の気なしにぼやいてみせると、当人は丸い眼をますます丸くさせたのちに、困ったように微笑んだ。
さも悲しいといったようにしょげた表情はあざとい小動物のようで、胸がきゅうんとする。
ああ、なんて、いじめがいのある人だろう。
にこり、と笑ってみせれば、先輩は口元には笑みを残しながら、戸惑ったように瞳を揺らがせた。
視線が気まずいのか、僕の腕に出来たかすり傷の方へ集中する。
貴方に合うためにわざと受け身を怠ったのですよ、といえば、きっととっても、怒るんだろうなあ。


「あー…、……そんなに、意地悪を言わないでくれよ。」
「だって、本当に、見てるだけで腹が立つんです。」
「あはは……そこまで嫌われてるんだ?」


ちょっと、傷つくなあ、と呟いた先輩は力なく項垂れて、それでも笑顔を消しはしなかった。
普段はてきぱきと動く手際の良い指が、小さく震えるのが、愛しくてたまらない。
たかが塗り薬に、どれだけ時間をかけるのですか、と悪態をついてみせれば、か細い声が、ごめん、と小さく謝罪した。
動揺したように、包帯を手から落とし、続けて、仕舞うつもりであった塗り薬の入れ物に腕を掠めて、薬をこぼした。
あたふたとしながら、ごめん、を繰り返すたびに、先輩が小さく縮こまってゆく。
頑張って堪えていた笑顔がいつの間にか剥がれて、涙の膜でうるうると揺れる目を見て、心が急速に満たされる。


「ふふ、先輩。」
「…うん?」
「大っ嫌い。」
「……うん。」
「先輩のその髪の毛、ほんとに嫌いだなあ。」
「…え、髪?」
「うん。先輩酷いよ。傷みすぎ。」
「…そっか、髪か…。…うん、ごめん、気を付ける。」


何度目か分からない謝罪をした先輩は、ほ、と安心したかのように強張った顔を緩めた。
ため息をついて、また、笑顔を作った先輩が、今度こそ手際よく、大したことのない傷の上に包帯を巻きつけてゆく。
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