まぎ

□本当はその程度の拘束に意味などなかった
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自分でも、どうしてこんなことになってしまったのか分からない。だから。


「どうして私、こんな状況になってるんだろう?」


なんて聞かれても、俺には答えられないのだ。
自身の質問に全く口を開かない俺を見据えて、自由を奪われた彼は小さく息を零した。
呆れられたのだろうか、と、不安がよぎるけれど、男の眼は平常そのもので、それもどうなのだろう、と、少しは動揺くらいしてくれよ、と、ちょっとだけ残念に思えた。


「…じゃあ、質問を変えようか。状況整理をしよう?」
「……はい。」
「私、誘拐されたって捉えて、良いのかな。」
「世間一般的には、その考え方で妥当だと思います。」
「なんで私なんだろう。」


なんでって。そんなの、今まで見た誰よりも綺麗で、何が何でも欲しくなってしまったからだ。
風にあおられる度に輝く銀髪が眩しくて、横顔がまるで、黒曜石を瞳にはめ込んだ彫刻みたいで、ああ、これはきっと、宝物に違いない、と思ったからだ。
宝物は、宝箱に大事に閉じ込めなきゃならない。
素直に、貴方が宝物だと思ったからです、と言えば、心底可笑しいというようにくすくす笑いながら、君の美的センスは狂っているね、と返された。なんだか悔しい。


「そう思ってくれたのは嬉しいよ。でも、私、君の物にはなれない。」
「……どうして。」
「残念だけど、所有者がもういるから。」


それでも私を閉じ込めるなら、窃盗になっちゃうよ、と、ぱっちりした眼に微笑まれて、罪状が違う気がする、と考えながらも、構いません、と答えれば、仕様のない子ね、と、言われた。


「私、本当に帰らなきゃならないから、これを外してくれないかな。」
「外したら、もう二度と戻ってこないでしょう?」
「そりゃあ、だって、私、君のことなんにも知らないもの。戻りようがないよ。」


ね?と諭すような声が甘く鼓膜を揺らすのが酷く心地好かった。
彼の胸の前にある手首はぎっちりと紐で縛られていて、これは手綱なのだ、と思った。
手綱を離せば、当然、彼は俺の元を逃げるように去ってしまう。


「戻ってこないのであれば、駄目です。」
「君、もういい歳でしょ?子供みたいなこと言わないで。」


早く戻らないと、本当に私、叱られちゃう、と、男は俺に懇願したのだけれど、その声音と表情に焦燥感はただの一滴も混じっちゃいなくて、いう事を聞く気にはなれなかった。
四肢の自由を俺に奪われて、他国の王宮の小さな一室に閉じ込められてるというのに、どうしてそんなに、余裕があるのか。
多分何をどうしたって、この男は焦ったりしないだろうし、自分がどれだけ足掻こうが、この男には勝てないのだと悟って、苛立ちが募る。
どうにかして我が物にできないだろうか、と、今まで宙を掴んでいた腕で、いっそ折れてしまえばいいというように、力の限り細い男を抱きしめた。
男の反応はといえば、ひくりと小さく肩を揺らしただけで、あとは小さく笑っただけであった。


「君は私に何を求めるの。」
「俺の物になることです。」
「それは出来ない相談だね。私の主は大変嫉妬深い人だから。」



そんなの知ったことか、というように、ますます腕に力を込めれば、彼は身を捩って、少し痛い、と呟くだけだった。


「そうだねえ、君の物にはなれないけど、でも、これを解いてくれるなら、君のことをうんと甘やかせてあげることはできるよ。」


子供扱いしないでください、と言いたかったのだけど、花が咲いたみたいににっこりと笑われてしまっては、その誘いに乗るしかなかった。





End

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