まぎ

□幼い従者。
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夕暮時に見つけたのは、今にも泣き出したいのを必死で我慢している幼い男の子で、夕日に照らされた髪がきらきらと輝くのがまるで宝物みたいで閉じ込めたくなった。


「俺はシンドバッドだ。君はジャーファルだろう?」


さっと身構えた幼い子にこれ以上警戒されないように、と、顔一面に笑顔を張り付ける。
俺の言葉を聞いて、子供は、愛らしい目をぱちくりとさせた。
この子供はどう見たって、随分と昔に自分が掬い上げた子そのものだ。
あの子はもうとっくに子供と呼べない程に成長してしまったのだけど、はて、いつの間にこんなにも若返ってしまったのだろう?
もしかして、時空を超えてやってきたとか。
そんな御伽噺のようなことが果たしてあるのだろうかと思って、この国であれば、その程度の超常現象、簡単に起こりうるであろう、と、納得してしまった。


「…シン?」


ぎゅう、と、握られた拳から幾分か力が抜けて、未だ丸くしたままの眼を俺にむける。
赤い紐につながるそれは、眷属器として使えるようになるのはまだもう少し先のことで、今はまだ、彼が彼自身を護るがためのものだ。
それが、もうちょっとしたら、俺を護るものへと意味を変えるのだから嬉しい。
小さい子供は、本当に俺が、あの慕う人なのかどうか品定めをして、幾つかの類似点を発見したのであろう、俺と主を同一人物とみなしたようだった。


「一人なのか。俺はどこにいった?」
「分からない。…でも、おっきいシンが来たから。」


大丈夫だよね、と、俺の服の裾を引っ張る子供は、安堵しきった顔をしていた。
こんなにも血に汚れているのに、こんなにも無垢な人間が、果たして存在していいのであろうか。
これがあと数年もすれば、この頃の名残はそばかすと目を引く銀髪程度しかなくなる程に、優しく美しく、聡明に育つのだ。
それは少々寂しいことでもあったが、彼の成長は嬉しいものだし、時折、本当に時折、幼い頃によくしていた拗ねた顔なんかをしてくれるので、これで良いとは思っている。
こんなにも愛らしい子が俺に懐き、あんなにも気高く儚い人が俺を慕う。
もしかすると、俺は本当に、世界で一番の幸せ者なんじゃないだろうか、と思い緩んだ頬を、ジャーファルの小さな手の平が触れた。
しかし、触れたのはほんの一瞬だけのことで、王としては、もう少し、冷たくてしなやかな指に撫でられていたかった。
名残惜しい、と口の中に含みながら子供を見やれば、なんだか焦ったようにおどおどと落ち着かない。


「あ…、ごめんなさい、シン。」
「どうして謝る?」
「触っちゃった、から。…シンが嬉しそうなの、俺も嬉しくて、ほっぺたが気持ちよさそうだなって、それで。」
「そうか。でも多分、ジャーファルのほっぺの方がむにむにで気持ちいいぞ。」


ほれ、と言って、両手で子供の頬を包み込み、捏ね回すようにすれば、子供は心底鬱陶しいというような表情を浮かべてみせたのだけど、その奥に隠しきれない喜びの顔があって、随分と面白かった。


「もう日も暮れるし、此処で待つのも何だ、俺の部屋で待つと良い。」
「シンの部屋?」
「そう。」


この様子だと、ジャーファルのところに俺がいるだろうから、今日はジャーファルを構えないとみていいだろう。
別に、この子をさっさと引き渡して、自分は平常通り、怒りっぽい恋人にちょっかいを出すというのも良いには良いのだけど、なにせこんなに幼いジャーファルは本当に久々で、もう少しだけ、この子と一緒にいたいのだ。
可愛いジャーファル、さあこっちへおいで。甘いものでも用意してあげよう。
子供を甘やかすタチじゃあないのだが、どうしてか昔っから、この子にだけはついだらしない頬を向けてしまう。
こんなに幼い頃から、俺をとろとろに融かしきってしまうしまうぐらいに、この男は俺を魅了するのだ。
小さな手の平を引いたときに、下心はなかった。まだ、ここまでは。
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