BLEACH STORY


□最初の教示
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【最初の教示】


五番隊舎の一角にある隊長室の障子の前で膝を折り、頭を垂れる死覇装を纏った女の姿がそこにあった。


「平子隊長、御早う御座います。」


腕に"五"と彫られた副官章を身に付けている女の表情は、うっすらとではあるが緊張を滲ませていた。


「五番隊副隊長、雛森桃です。中に入っても、宜しいでしょうか?」


雛森と名乗った女は障子の先にいる者の返答を待っている。
一息置いた所で、雛森の緊張をあっさりと打ち砕くかの様な呑気な声が障子の先から返された。


『あ、ど〜ぞど〜ぞ〜』


障子の格子にそっと指を置き、障子を横に引いて、雛森は床に両手を置いて指先に額を付けた。


「失礼致します。御初に御目に掛かります、平子隊長。ごばん…」

『ああ、そんなんええ、ええ』

「…へ?」


言葉が行き場をなくして喉奥に帰る。
それと同時に添えた手の指に付いた額が自然と上に上がった。
広がる視界の先に見えたのは、金髪におかっぱ頭の死覇装を来た細身の男。
平子隊長と呼ばれたこの男は、これまた呑気に大きな欠伸をし、姿鏡に映る自分を満足げに見詰めながら鼻歌を歌っていた。


『そんな堅苦しい挨拶、好かんねん。俺の事は真子でええし、俺もアンタの事"桃"って呼ばせてもらうし。』


平子は仏のような神々しさを感じさせる笑みを見せ、鏡越しに雛森を見詰めたままはっきりとそう言い切った。


「いえ…そんな…」


隊長を前にして名前を呼び捨てる副隊長などどこにいる、雛森は困惑する頭の中でそう考えていた。
あ、そういえばあった。唯一あそこに。
雛森は十一番隊の隊長と副隊長の姿を思い浮かべたが、あそこは異例の主従関係である、と浮かぶ二人の姿を掻き消した。


『そっちの方が気が楽やねん。女の子に真子、なんて呼ばれるんは久々やからちょっと緊張してまうなぁ。どきどき…』

「平子隊長!!」


雛森の渇を入れた声が隊長室に響き渡る。
いくら隊長と言えども、それが隊長の命であったとしても、それを易々と受け入れられる程の持ち合わせが雛森には元来備わってなかった。
隊長は隊の長であり、この世界を守護する組織の長であるとも言えるのだ。
そんな方には礼をもって接しなければならないし、それが当たり前で自然な事、それがこの世界である。
気軽な主従関係を隊員に見せれば、隊員達の心が浮かれ集中力や緊張感を失う事となり死を招く恐れに繋がる事もあるだろう。


『、な、なんや…そない怖いかおして』

「冗談はやめてください!」

『冗談ちゃうもんねー。』

「本気で仰られているのなら尚更です!」

『なんでやねん。何があかんねん。』

「何がって……」


昨晩、復官する隊長三人の件で隊首会がとり行われその際、空席となっている隊長臨時として雛森は隊首会に参席していた。
そしてその帰り、十三番隊隊長浮竹から明日五番隊隊長に復官する平子についてどういう人物かを教えてもらった。
浮竹曰く"とても気さくな人。いい意味でも悪い意味でも。"としか教えてはくれず、後は笑って誤魔化すだけだったのだが、雛森は平子の言動を直接受けてようやく浮竹の言葉や誤魔化しを理解した気がした。



あまりにも軽々しい…


この人が藍染隊長の上司だったなんて…



『あ、わかった。俺が先にゆーたるわ。』



鏡越しに雛森を見ていた平子は雛森の方を振り返り、雛森に視線を合わせるようにして"よいしょっ"としゃがんでニカッと歯を見せて笑った。
人差し指を雛森の鼻前で翳してニカッとした阿呆を思わせる笑みが少し曇って緩く陰をおとす。





『隊長は隊全体を象徴します。他の隊の隊長に変な顔をしたり、隊員の前で冗談を言うのは控えてください。隊員が乱れれば隊そのものが機能しなくなります。』


「……あ…」



雛森の頭の中にあった考えと一致。
それ故に、雛森は返す言葉もなく何も言えなくなってしまった。



『あいつが……ようゆっとったわ。小姑みたいに俺の後にまとわりついてな。』

「平子隊長…」

『アンタ、藍染とおんなじやな。』



雛森の顔が一気に曇る。
突かれたくない部分に触れられた、そんな表情を隊長である平子に見せる。



「それは、どういう…意味ですか?」



藍染の様に裏切り者と同じである、平子は自分にそう言いたいのか。
藍染の事で見失っていた自分を取り戻させてくれた仲間達とそれに壊れてしまっていた自分が頭を過る。



『なぁ、アンタ。藍染を恨んどるんか?』


「…」




藍染はもういない。






『藍染が憎いか?』


「…」




藍染なんて人は最初からいなかった。










違う…

そうじゃないよ…

藍染隊長はいたよ、素晴らしい隊長だった












『ゆうたらええねん。藍染隊長を今でも敬い慕っているってな。』

「た、い…ちょ」


思わぬ平子の言葉に雛森は目を見開いた。

平子は隊長時代、直属の副隊長であった藍染の策略に嵌められて、隊長職はおろか死神ですらなくなり、審議の結果虚として処分されようとしていた。
それを救ってくれた浦原達にまで藍染は策略の手は伸びていた。
そんな波乱に巻き込まれた平子自身からそのような言葉が出るとは思わなかった雛森は言葉を失う。


だが 言葉は失っても

もう流さない、

と決めた涙が一筋、雛森の言葉の変わりに頬を伝った。


『藍染が尸魂界を裏切ったんは事実や。』

「はい…。」

『禁忌を犯したんも事実。己の身勝手な欲で沢山のもんを傷付けて殺してきた悪いやっちゃ。』

「はい…隊長の仰る通りです…。」


平子の言葉に肯定する事しか出来ない、全て紛いもない事実だったからだ。
否定する余地すらない…それなのに、涙だけは止まらない。



『せやけど、俺思うねん。藍染はどんな悪党でもな…自分自身を裏切るような、そんなチンケな男やない、ってな。』



平子隊長は藍染隊長をよく知っている。



『藍染がアンタや隊員に教えたこと、それに嘘なんかあらへん。アンタはよう知っとるはずや。せやから藍染が黒幕と知っても信じようとしたし、そこから抜けだせへんかった。』



平子隊長は藍染隊長を擁護してくれているわけじゃない。



『藍染だけに限らへん。東仙も市丸も一緒や。そこんとこの副隊長さんや隊員もアンタとおんなじ気持ちの筈や。』



平子隊長も藍染隊長を…



『裏でやってた悪事は仰山あっても、藍染達は死神としての仕事はしっかりしとった…だからええねん。』



信じたかった、のだと思う。





『無理に憎もうとしたり、忘れようとしたりせんでええねんで。桃。』



平子隊長はきっと


きっと…


藍染隊長を信じていた。







何処かで聞いた


平子隊長は藍染隊長を危険分子と見定め自分に一番近い部下にする事で監視をしていた、と。




「藍染隊長はとてもお優しかったです。隊のことや他の隊の隊員にも気遣いを忘れない方でした。」


でも、そんな中で


平子隊長は藍染隊長を信じようとした



『俺にもそうやってやったってくれてもええやろに…藍染のやつ…。』



藍染隊長は立派な隊長でした。



「平子隊長は冗談が過ぎるとお見受け出来ます。藍染隊長が煩く言って当然です!」



平子隊長は



『な、そんなことないやろ!仮にそうだったとしてもや、あいつは俺の部下やってんぞ!毎日毎日あれはやめろ、これはやめろ、ガミガミガミガミ……』



立派な部下だった、と



「藍染隊長がそのようになさっていたのなら私も副隊長として、ガミガミ隊長に言わせていただきます!」



心のどこかで思っていたんですね。



『あー…折角隊長に復帰したのに、早々からこれかいな。』



決戦の時


自ら藍染隊長の前に立ったのは


復讐心もあったかもしれないけど


元上司としての役割を果たす為


藍染隊長を部下だと思っていたから…



「当たり前です!五番隊の隊長として他の方々に示しが付かなくなります!」




そう思っていてもいいですよね?




『さよーですか、へいへい。第二の惣右介誕生やな。』

「平子隊長。」

『ん?なんや〜?』

「これから、宜しくお願いします。」

『おう、任せとき。ほな隊員のとこに一発挨拶をぶちかましに行くとしますかね。』

「ちゃんと隊長としての挨拶をしてくださいよ!あ、隊長ー!羽織り忘れてますよ!」

『あ、そやった。すまん、すまん!』

「もう…先が思いやられるなぁ…」


END_____ 2013.1.25 up●●

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