虹の旅路

□20,心の闇
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数分程、時間が過ぎる

重たい口を漸く開いて、優木は話し出した

「……皆、信じられないかもしれないけど
僕は……この世界の人間じゃないんだ…」

その言葉に皆は首を傾げた

突然別の世界だとか言われて、理解出来る訳がない
優木にもそれはよくわかっていたから、皆の反応を見てもそのまま話を続ける

向こうの世界とこちらで決定的に違うこと
ポケモンはゲームやアニメ、二次元としてしか存在しない

優木のこの発言に、当然皆驚きを隠せなかった

「ゲームで体験したからこそ僕は、ロケット団のアジトの場所を知っていたし、ポケモン達に関しても知識だけは豊富なんだ」

現実に起こりそうもないようなことを優木は言っているのに
自分ですら信じられないことが起こって、今ここにいるというのに
皆の視線に、優木に対する疑いは一切ない

しかし、話はまだ終わっていない

今から、もう一つ恐れていることを話す
話さなければならない

「……僕は……そっちの世界では優木って名前じゃないんだ」

翡翠「…どういうこと……?」

皆の反応が恐くて下を向く
それでも、ここまで来たら、話すしかない
例え、嘘の名前何かを名乗っていたと罵られても、言わなければならないのだ

「この世界に来たときに……声が聞こえて…
僕の新しい名前だって言われて……それが優木だったんだ……
前の世界では、僕は宙(そら)って名前で……」

翡翠「優木っぽくないね、その名前」

予想に反する言葉に驚く、しかし顔は上げない

砂塵「主の髪と目はやっぱり、優木って名前がぴったりだよな」

「……皆怒らないのか……?
僕は今まで…突然付けられた名前を名乗ってたのに…」

恐る恐る目線だけ上げて皆を見る

皆の顔は全く怒って等いなかった
神妙な様子で話した優木の言葉は、皆にとっては拍子抜けもいいところの些細なことだった

朝日「マスターがなんと名乗ろうと、別に偽名のつもりで名乗っていた訳ではないですよね?」

「そりゃあ……
正直宙より優木の方が今は気に入ってるくらいだし……」

申し訳なさそうな優木の様子に、皆が浮かべている表情は苦笑い
困った様な笑顔がたくさん並んでいて、優木は自分の態度が馬鹿だったんじゃないかと何だか少し申し訳なくなった

髪と目の色も、こっちに来てから変わったことも話した

皆前の色を知らないのに、"今の方が綺麗だよ"何て言ってくれた

そして、それで話すべきことは全てだ

自分が知っていて話すべきことは全て、話し終えた

皆、一切怒ったり不信がったりはしなかった

「僕の言ってること……信じるのか…?」

焔駆「確かに信じがたい事だけど…
でもゆきちゃんがあそこまでの反応をするんだから本当だって判るよ」


翡翠「優木は普段絶対あんな態度取らないもん
優木が翡翠達のこと本当に大事にしてくれてるのも判ってるし、絶対離れないよ」


翡翠と焔駆の暖かい言葉に、込み上げてきた物を下を向いて耐える

「ありがと……」

心からの感謝の言葉を、そして、しっかりと皆の顔を見て
今一番伝えたい、強い想いを、言葉にする

「今まで黙っててごめん
皆大好きだ」

自分が今どんな顔をしているのか判らない、きっと酷い顔だろうなと思う
それはそう、涙を耐えているから

突然、皆が光って原型になる

「へ?」

突然のことに驚くのと、座っていた椅子ごと翡翠に押し倒されるのは同時だった
ただ、強く倒れない様に朝日が技を使ってくれたから痛みも音も全くなかった

翡翠『翡翠だって大好きだよ!
寧ろ愛してるんだから!』


翡翠の後から、近くに寄ってくる仲間達

「ちょ…皆やめ…!あはは、判ったから…!」

飛由『いんや判ってねえ、もっと判らせてやるよ』

砂塵『主のこと皆大好きなんだからなっ』

月光『じゃなきゃこんな進化してないよマスター』

皆に戯れられてくすぐったくて、笑い声が漏れる

焔駆『ふふ、ベッドの上で判らせてあげてもいいんだよ?ゆきちゃん♪』

翡翠『だめー!翡翠が優木と熱い夜を過ごすのっ!』

朝日『何言ってるんですか私が…!』

何故か争い始める三匹

月光『お、お兄ちゃんというものがありながら朝日……』

月光が落ち込んでいるのもお構い無しだ

「あはは……」

いつも通りのやり取りなのに、いつもならただ笑うだけなのに
今は何だか、段々目頭が熱くなってくる

鼻がつーんとして、視界が歪む

そういえばガラガラの一件の前に最後に泣いたのはいつだったか……

途端に思い出すのは、この世界に来る前


「僕は……ずっと……独りだった…」

言葉と、そして、涙が、溢れる

翡翠『家族は…?』

翡翠が、優しくあやすように聞く
皆優木の為に、優しく寄り添うだけになって
優木の心に負った傷を少しでも埋めようとしていた

「父親は顔も知らない……
母親は、僕が6歳の時に…何処かにいなくなってた……
僕は…捨てられたんだ……」


そうだ…僕は…7歳になる頃に、泣くのを止めたんだ

ただ泣いていてもなにも解決しないと知った7歳の自分
両親に捨てられ、それでも母を待ち、必死にただただ生きてきた

翡翠『寂しかったんだね…
でも、優木はもう、独りじゃないよ
翡翠達が居るよ』


子供をあやす様に、つるで優しく頭を撫でられる
子供扱いにムッとするよりも、今は辛い気持ちが勝っていて、されるがままに泣いた

およそ9年、泣かずに生きてきた日々
そしてずっと独りだった10年
溜まった涙を、ここで流した


涙も止まってきた頃、気が付いたら焔駆にも足を撫でられていて
その手付きがあまりにも怪しい動きだったから皆で押さえ掛かって笑った

「焔駆がこんなに変態だとは思ってなかったよ」

焔駆『えー、だってゆきちゃん可愛いんだもん♪』

翡翠『油断出来ないなぁ』

朝日『マスターを汚さないでくださいよ』

最近の女の子達の会話には苦笑いしか起きない

飛由『お前ら…そいつ女だぞ…?』

飛由が呆れたようにそう言えば、目を白黒させる三匹が

焔駆『え?そうなの?』

朝日『そうなんですか?』

月光『え!?』

まさかまだ知らなかった仲間が三匹もいたとは

「そうだよ?」

焔駆『なーんだ』

朝日『そうだったんですね』

同性と知ったことでこの騒動も漸く終わりかと、息を吐く男性陣だったが

焔駆『じゃあもっと襲い甲斐あるじゃん』

朝日『いい障害ですね
乗り越えるの、燃えそうじゃないですか』


ズゴーッ

ナイス転けを披露してくれた

焔駆『じゃあゆきちゃん、一緒にお風呂入ろー?♪』

翡翠『えー、翡翠が入る!』

朝日『抜け駆けはずるいです』
急にお風呂で盛り上がり出す女の子達に

飛由『優木ってなんであんなに女にモテるんだ…?』

砂塵『そりゃあ、主だから』

月光『ああ…朝日…兄は悲しいぞ…』

思い思いの男性陣達の呆れや嘆き
さっきまでの涙も忘れて、優木は笑った


宙は確かに独りだったけれど、今は、優木は違う

沢山の仲間達に囲まれて、こんな旅の中盤で漸く、独りじゃないと思えた

そうしたら、今までよりずっと気持ちが軽くなって

「じゃあ皆で入る?」

なんて

恥ずかしいのに言っていた

少し赤い顔で、悪戯に言った言葉に三匹共も何故か赤くなって

焔駆『ワタシ原型じゃ入れないよ?ゆきちゃん』

翡翠『ほ、他の人にそう言うこと言ったりそういう顔しないでね?優木』

朝日『誰かに連れていかれないか心配です』

何故か心配された

砂塵『おれが入ろうか?』

ちょっとショボくれた顔をしたからか、砂塵が気を遣ってくれた

「いや、砂塵は男だしなぁ」

頭を撫でてお礼を言ってから断った


結局今日は、翡翠と二人で入る事になった

脱衣室で上の服を脱ぐ、背中が外気に晒される

翡翠『あ…』

「ん?」

後ろにいる翡翠に顔だけ向ける、翡翠 は背中に視線を向けて少し悲しそうな顔をしていた

翡翠『やっぱり傷残っちゃったんだ…』

「ああ…まあ、仕方ないね」

背中に刻まれた痛々しい線は、優木が一度死にかけた証
それなのに優木は、何でもない様に笑った




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最終加筆修正日 2022/07/30
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