*Short DreamT*

□【忍足】拝啓、忍足侑士様
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 空には秋らしい綺麗な月が浮かんでいる。日が暮れてしばらく。忍足はようやく大学から自分のマンションへと帰ってきた。エントランスをくぐり抜け、帰宅時の習慣として郵便受けを確認する。

 すると、珍しいことに手書きの宛名の書かれた手紙が投函されていた。少し丸っこい、だけど丁寧に書かれた『忍足侑士様』の文字と、すみっこにネコのシルエットが描かれている可愛らしい封筒に、もしかしてと思う。差出人を確認すると案の定、自分の彼女の郁だった。



『――侑士先輩へ。 お元気ですか? 私は元気です』

 ソファーに寝転んで、忍足は郁からの手紙を読む。キチンとした字で書かれたお決まりの出だしに思わず笑みがこぼれる。

「丸文字直ったんやなぁ」

 手紙には彼女のいる東京はまだ暑いことと、忍足の暮らす関西の気候を尋ねる定型文が書かれている。普段は電話やメールばかりだけど、たまには手紙もいいかもしれない。忍足はそんなことを思う。

『――先月の全国大会の写真ができたので、お送りします』

 その文章に促されて、忍足は同封されていた写真を見る。それには、誇らしげに優勝旗を抱えて、嬉し涙を浮かべてピースサインをしている、後輩たちやOBの姿が映っていた。

 そのときのことが思い出されて、忍足の瞳にも涙がにじむ。今年の夏に自分の母校は悲願の全国制覇を達成したのだ。

『――今はもうみんな落ち着いて、受験勉強や学園祭の準備に忙しくしていますが、九月の前半はもうずっとこの話題でもちきりで、日吉くんや鳳くんはとっても大変そうでした』

 自分がいた頃の学園の様子を思い出して、忍足はつぶやく。

「きっとすごかったんやろうなぁ」

 その熱狂ぶりをこの目で見たかった気もするけど、それは仕方がない。

『――私もしばらくは嬉しくて勉強が手につかなかったのですが、今はちゃんと頑張っています。先輩を追いかけて関西の大学に行けるように頑張ります』

「せやで、頼むから現役で……」

 うっかりと忍足が母のようなことを口走ってしまったそのとき。窓の外から呼ぶ声が聞こえた。いつもの彼だ。忍足はソファーから起き上がり、窓の方に向かう。マットを用意して開けてやると、巨体を揺らして入ってきた。

「ニャ〜〜ゴ」

 相変わらずのふてぶてしい表情で鳴く彼は、体重およそ七キロの茶トラのミィくんだ。忍足はネコに向かって一人つぶやく。

「……なんや、タイミングええんか悪いんか分からんな。お前は」

「ナ〜ゴ」

「今、大事な手紙読んどるトコなんや。邪魔せんでくれや」

 忍足はソファーに座り直した。しかし、ミィくんも忍足を追うようにソファーに上がってくる。膝の上に乗っかった。そのまま、ネコお得意の香箱座りをして目を閉じる。

「……ったく、お前もしょうがあらへんな」

 そのワガママさと甘えん坊ぶりに誰かさんを思い出して、忍足は苦笑した。ミィくんをなでながら、その誰かさんからの手紙を読む。

『――話は変わるのですが、先輩は――という映画を見たことがありますか? 私はまだないのですが、実はこの映画にミィくんとソックリなネコが出演しているんです!』

「……オイ、なんでそこでいきなりネコの話が始まんねん」

 突然の展開に、思わず忍足は口元を引きつらせる。忍足にしてみたら、こんな話題どう考えても貴重な紙面の無駄遣いだ。俺の話かそうでなければせめて自分の話をしろと、ツッコミを入れながら読み進める。

『――名前のない茶トラのネコちゃんで、主演の女優さんにとっても可愛がられて……』

 ネコの話は終わりそうにない。半ば呆れつつも、忍足はいつの間にかライバルになっていた膝の上の巨体に話しかけた。

「……お前、とっても愛されとるんやなぁ」

 さも当然といった表情で、ミィくんは鳴いた。

「ニャ〜オ」

「……何やムカついてきたわ」

 いつもならどんな狼藉をはたらかれても許せるのに。なぜだろう。

『――今度、先輩とミィくんと三人で一緒に見たいです。』

 ようやくネコの話が終わり、自分の名前が先に来ていたこともあって、忍足は溜飲を下げる。

「せやで、優先順位はソレや」

 間違えたらアカンで、と口の中でつぶやきつつ、忍足は二枚目の便せんに視線を移した。

『――そういえば、もうすぐ先輩のお誕生日ですね!』

「……せやったっけ」

 携帯を取り出して、画面のカレンダーを見る。九月下旬。確かにもうすぐかもしれない。

『――ちょうどその前が連休なので、金曜日の最終でそちらに行って、火曜日の始発の新幹線で東京に戻れたらいいなと思っているのですが、先輩は大丈夫そうですか?』

「え?」

 思わぬことを尋ねられて、忍足は次月のカレンダーを確認する。確かによく見ればタイミングの良い三連休なんだけど。

「……俺は平気やけど、お前はそれでええんかいな……」

 彼女の無謀な通学計画に忍足は呆れる。その気持ちは嬉しいけど、色々と心配してしまう。

「なんなら俺が東京に…… いや、そっちのがアカンわ」

 火曜日の時間割を思い出し、忍足はちょっとだけへこむ。アクセスが微妙に不便な自分の大学が恨めしい。イベントは自分も大切にしたい主義なのに、なかなか思い通りにいかない。

「ニャ〜〜オ」

 しかし。ミィくんのその声を聞いて、忍足は我に返る。

「……せやな。そんな無理せんでも来年は一緒におれるハズやし、今年はまぁエエか」

 郁からの手紙に視線を戻す。

『――あと、何か欲しいものがあったら教えてください!』

 欲しいモノ。そんなの。

「そんなん、アイツに決まっとるや……」

 そのとき、ミィくんのしっぽが忍足の脚をはたいた。

「ッ、何すんねん!」

 勢いよくはたかれて、忍足は抗議の声を上げる。けれど、ミィくんはしれっとあくびをした。どこ吹く風という感じである。

「……まぁええわ」

 ネコに文句を言っても仕方がない。忍足はしぶしぶと手紙に戻った。

『――この前の連休で会ったばっかりだけど、お手紙を書いていたら早く先輩に会いたくなりました……。侑士センパイ大好きです。郁より』

 最後の一文に、忍足は思わず頬を緩めた。一緒にいるときに甘えてくる郁を思い出す。手をつないでお出かけしているときや、部屋のソファーで寛いでいるときに、可愛らしいソプラノで囁かれるその言葉は、自分をとても幸せにしてくれるのだ。『センパイ、大好き』遠慮がちに書かれた愛らしい手書き文字を見つめ、忍足は目頭を熱くする。

「……俺もやで、郁」

 早く会いたい。大好き。『せやな』とばかりに、忍足の膝の上の彼も小さく鳴いた。

「ニャウ」



***



 侑士先輩へ お元気ですか? 私は元気です。

 九月ももう終わりですが、東京はとても暑いです。そちらはいかがですか? 先月の全国大会の写真ができたので、お送りします。今はもうみんな落ち着いて、受験勉強や学園祭の準備に忙しくしていますが、九月の前半はもうずっとこの話題でもちきりで、日吉くんや鳳くんはとっても大変そうでした。

 私もしばらくは嬉しくて勉強が手につかなかったのですが、今はちゃんと頑張っています。先輩を追いかけて関西の大学に行けるように頑張ります。

 話は変わるのですが、先輩は―――という映画を見たことがありますか? 私はまだないのですが、実はこの映画にミィくんとソックリなネコが出演しているんです! 名前のない茶トラのネコちゃんで、主演の女優さんにとってもかわいがられています。ネコですが、結構メインの役どころで映画の最初から最後まで登場するみたいです。今度、先輩とミィくんと三人で一緒に見たいです。

 そういえば、もうすぐ先輩のお誕生日ですね! ちょうどその前が連休なので、金曜日の最終でそちらに行って、火曜日の始発の新幹線で東京に戻れたらいいなと思っているのですが、先輩は大丈夫そうですか? また、お返事ください。あと、何か欲しいものがあったら教えてください!

 この前の連休で会ったばっかりだけど、お手紙を書いていたら早く先輩に会いたくなりました……。侑士センパイ大好きです。郁より。



PS ミィくんにも宜しくお伝えください。
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