*Short DreamT*
□【忍足/白石】王子様とデート!ナニワ編
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関西で一、二を争う繁華街で観光地。夏休みのせいか、いつも以上に混み合っている。堀にかかる橋の上もその向こうのアーケードの商店街も、人で溢れてとても賑やかだ。下町然としたごみごみとした雰囲気も、この地域らしい。
実はナンパの名所でもある橋の手すり付近では、観光客とおぼしき人々がわいわいと、有名なネオン看板の写真を撮っていた。初めてここに来た彼女もテンション高く、他の人に混じってその看板を携帯カメラで撮影していた。
パシャパシャという特有の大きなシャッター音。さまざまなアングルで撮影したあと、なぜか頬を染めて、彼女……郁は感動の面持ちで口を開いた。
「ホントにテレビで見た通りです!」
当たり前だろうと思いつつも、忍足は穏やかに微笑む。
「……良かったな。ちゃんとセンパイに感謝するんやで」
彼女の頭をぽんぽんとなでる。センパイとは忍足自身のことだ。しかしそんな微妙につっこみどころのあるセリフにも、郁はつっこまない。にこにこと笑って返事をする。
「ハイッ! ありがとうございます。侑士先輩!」
忍足もつられてくすりと笑った。自分にとっては見慣れた地元の風景でしかないけど、彼女が喜んでくれたなら連れてきた甲斐があった。
「看板と一緒の写真撮ったるわ、携帯貸し?」
「やったあ、ありがとうございます!」
そのときだった。
「――おっ、忍足クンと郁ちゃん!」
唐突に聞こえた明るい声。
「ッ!」
「……え?」
二人は声の方を振り向く。近づいてきたのは、見知った顔だった。
「今日は買い物しにきたん? 相変わらず仲良さそうやなぁ」
「……白石先輩」
驚いたような表情で、郁はポツリとつぶやく。地元は油断ならない。人混みの中から目ざとく二人を見つけて声を掛けてきたのは、忍足と同じ大学に通う白石だった。といっても、忍足は医学部で相手は薬学部だから、そこまでの接点はないけれど。
さっきまでのやりとりを聞いていたのか、白石は人の良さそうな笑みを浮かべて、小さく手を差し出した。
「写メなら俺が撮ったるで? せっかくのデートなんやし、ツーショットのがええやろ」
一見、親切な申し出だ。けれど赤の他人ならともかく、未だに微妙な距離感の相手にそんなことを言われて、忍足はわずかにたじろぐ。けれど。
「ホントですか! お願いします!」
あまりにも嬉しそうな郁にほだされて、忍足は口にしかけた断りの台詞をグッとのみ込んだのだった。
「もっとピッタリくっついてくれな収まりきらんで〜」
郁の携帯を構える白石は随分と楽しそうだ。彼のこんな笑顔を見たのは初めてのような気さえする。からかわれていることを確信しつつも忍足は渋々と白石に従う。
もしかしたら全国で一番有名なネオン看板。自分たち以外にも写真を撮ろうとしている人たちは大勢いるし、夏休み中でいつも以上に人が多い。自分がゴネて撮影に時間がかかれば、他の人の迷惑になってしまう。
「忍足クン表情固いで〜 もっとスマイル! オープンハート!」
いつか跳び蹴りを入れてやる。明るい冗談とはいえ、思考を読まれて足元を見られるのは軽く屈辱だ。忍足は仏頂面を崩さずに固く拳を握りしめる。ここに郁さえいなければ。
けれど、スマイルのくだりはさすがの白石も本気ではなかったようで、楽しげな笑みを崩さずに声を張った。
「ほんなら行くで〜 ハイ、ジョーズ!」
カシャリというシャッター音。撮影終了。白石はカメラの構えを解き、忍足と郁はすぐに橋の欄干から離れる。すぐにその場所は、待ち構えていた他のグループに奪われた。そして始まる撮影会。
「なんでジョーズなんですか?」
写真を撮ってから、そのまま自分の携帯をいじっている白石に、郁は尋ねた。
「こないだ後輩と遊園地行ったとき、係のお姉さんがそうやって写真撮ってくれたんや」
白石のセリフを聞きながら、忍足は昔の記憶を辿る。子供の頃、家族と行ったテーマパーク。たしかサメの模型の前。そういえばそんなこともあったような。
「面白いですね!」
そこにはまだ行ったことのない、郁は瞳を輝かせる。とてもうらやましそうだ。
「オモロイやろ。ネズミの国より楽しいで。今度『侑士先輩』に連れてってもらい」
そう言い終わってすぐ。白石は含みのある笑顔で忍足にチラリと視線を投げかけた。『余計なお世話や!』と叫びたい衝動を、忍足は必死に押さえ込む。
けれど。忍足はふと白石が郁の携帯をいつまでもいじっていることに気がついた。写真の保存にそんなに操作は必要ないハズなんだけど。
「つか、早よ携帯返したれや」
「今保存しとるとこやねん。そう焦らせんといて」
けれど、白石は平然とそんな言葉を口にして。それからさらに数秒後、ようやく郁に携帯を返した。
「保存終わったで、ハイ郁ちゃん」
「ありがとうございます」
「……そういえば、白石、お前一人なんか?」
ずっと気になっていたことを、忍足は白石に尋ねる。彼の性格から考えても、休みの日にこんなところで一人の方が違和感がある。
「っ、それは……」
白石はがらにもなく呻くような声をもらすと、気まずそうな顔をした。そのときだった。
「……白石部長、スイマセンっス、なんかレジ混んでて」
気怠げな声とともに、あまりにもタイミングよく。現れたのは、忍足も知っている白石のひとつ下の後輩だった。相変わらずトレードマークのピアスは健在で、夏だというのにごついヘッドホンを首にかけている。そしてその手にはドラッグストアの黄色い袋。
「……ッ!」
忍足は顔を引きつらせる。いつぞやのブログ事件でさんざん迷惑をかけられたことを思い出す。
「あ」
向こうも忍足に気づいたらしく、小さく声を漏らす。ただならぬ気配。というか、忍足が一方的に相手の彼を睨みつけている。
「郁ちゃん、ちょお場所変えような……」
さすがにマズイと思ったのか、白石は郁を二人から離した。
「侑士先輩、何かあったんでしょうか……」
「ああ、ちょっと前イロイロな」
不安げに尋ねる郁に、白石はぼかした返事をする。
『ウチの財前がな、忍足クンとキミが道端で抱き合うてるとこ写メってブログに』
なんて言えるわけもなく。
「キミは気にせんでエエで」
白石はそうとだけ言って苦笑する。離れたところで何やらやりとりをしている、二人に一瞬だけ視線を送った。後輩が一応謝っているらしいことを確認すると、話題を変える。
「それより、今日はこれからどこ行くん?」
「えっと、浴衣を買いに行こうと思ってて……」
白石の質問に、郁は何の疑問も持たずに答える。
「へえ、キミの?」
意外に面白そうな話題。白石は重ねて尋ねた。
「ハイ」
郁ははにかんだ笑みを浮かべる。妹の友香里とはタイプは違うけど、いかにもな年下系の従順な可愛らしさに、白石の機嫌は上向く。
逆ナンしてくるような子は苦手だけど、女の子の他愛ないおしゃべりに付き合うこと自体は、わりと好きだ。それは無駄とは思わない。
「どんなん買うん?」
「それが、まだ決めれてないんです」
雑誌や通販サイトを見ても、どれもかわいくて決められない。郁は照れたようにそんなふうに言う。彼女が髪を揺らした瞬間、シャンプーのほのかなフローラルが香った。
「……なら、ライムグリーンとかエエんちゃう? 爽やかでかわええし、誰ともカブらんでええで」
思わず、そう言っていた。グリーンは自分が一番好きな色。忍足が好きな色も緑だったことを思い出し、郁は微笑む。
「いいですね」
「……まあ、キミならかわええから何でも似合いそうやけどな」
目を細めて、白石はそんな言葉を口にする。不敵な笑みを浮かべて、少しかがむ。郁の瞳をのぞき込む。
「俺がグリーン好きやねん」
「え?」
「だから、郁ちゃんに着て欲しいな思うてな」
近い距離で見つめて、相手の下の名前を呼んで微笑みかける。たいていの女のコがその気になってくれる、ある意味自分の必殺技。郁もまた、恥ずかしそうに俯いた。
忍足のことが好きだから、別に心を揺らしたりなんてしないけど、それでも、男の子にそんなふうにされると、やっぱり困ってしまうのだ。しかし。
「――何しとんねん、白石」
ちょうど忍足が戻ってきた。その後ろにはちょっとふて腐れた財前も。
「……侑士先輩」
「郁、行くで。こんなヤツらの相手しとったら日が暮れるわ」
不機嫌さを隠そうともせず、忍足は白石から郁を引きはがした。そのまま彼女を引きずるようにして連れて行く。郁は忍足の様子に戸惑いつつも、白石に向かって軽く頭を下げる。少し焦った様子で、早足で忍足の後を追いかけた。
「……良かったんスか、部長」
財前はそう言って、白石に近くのドラッグストアで買ったドリンクを差し出す。とはいえ、相変わらずの無表情。その真意は読み取れない。
「何がなん?」
お礼を言って受け取って、白石は財前に尋ね返す。といっても、もちろん何の話かはわかっているけど。
「行かせちゃって」
財前もそれに気づいているのか、あえて主語を省いて問いかける。
「ええねん」
軽く微笑んで、白石はペットボトルのふたを回す。開栓して軽くあおった。『熱中症の予防にはこまめな水分補給が大切です』関係のないことを思い出しつつも、後輩の質問にはキチンと答える。
「忍足くんのリアクションが見たかっただけやから」
ふたを閉めて、ペットボトルを鞄にしまう。
「……ああ」
納得したような顔をして、財前は喉を鳴らして笑う。
「でも、ホンマおもろかったわ」
自分から彼女を引きはがして行ったときの忍足を思い出しながら、白石は感慨深そうにつぶやく。
いつもはポーカーフェイスなのに、彼女が絡むと全然違った。そんなに大切なのだろうか。でも、ちょっとだけ羨ましい。好きな映画のような恋を、いつか自分も。
「……白石と何話しとったん?」
アーケードの商店街を二人で歩きながら、忍足は郁に探りを入れる。疑ってるわけじゃないけど、大事な女の子だからどうしても気になってしまうのだ。
脳裏に蘇るのは、顔を近づけて郁を口説きにかかっている白石と、困った様子でうつむく彼女。あの瞬間は、久しぶりに頭に血がのぼるのを感じた。
「浴衣、どんなのがいいか相談に乗ってもらってたんです」
忍足の不穏な胸中を知ってか知らずか、郁はそんなことを答える。
「白石先輩はグリーンがいいって教えてくれたんですけど、侑士先輩はどうですか?」
「ああ…… まぁエエんちゃう?」
見上げられて尋ねられて、一応はそう答える。けれど、忍足はそれだけは買うまいと固く心に誓ったのだった。
***
薄暮れの空には、茜色を映した雲が浮かんでいる。買い物をすませて、二人は忍足のマンションの近くまで帰ってきていた。最寄り駅を出て、ひんやりとした風に吹かれながら手をつないで歩く。住宅街の小路に人の気配は感じられない。
郁の手には美味しそうなアイスキャンディー。そして、忍足の右肩には郁の好きなブランドのショッピングバッグが掛かっていた。
ブランドロゴが箔押しされた、ツヤツヤの紙袋。紆余曲折を経て結局、浴衣は薄紫のナデシコ柄になった。白地にパープルの上品なデザインで、忍足から郁へのプレゼント。彼の手を握ったまま、郁は不意に忍足を見上げた。そして口を開く。
「アイス美味しいです。先輩も買えば良かったのに」
郁が食べているのは、関西では有名な豚まん屋のアイスキャンディーだ。今年限定のパイナップル味。
「俺は別にええよ」
「でも……」
なぜか、郁はごねる。本当にいらなくてそう言っただけなのに、どうしてか不満げな顔をされた。その表情に、ふと忍足のイタズラ心が刺激される。アイスを持ってこちらを見上げる彼女の唇に、不意打ちのキスをお見舞いした。強引に舌を差し込んで、氷菓の甘みを楽しむ。甘酸っぱくて、とてもおいしい。
「……コッチのがずっとエエわ」
唇を離して、余裕の笑みを浮かべて。軽く舌なめずりをした。彼女を煽るように、色っぽく。
「……っ!」
よほどドキッとしたらしく、郁はビクリと身体を震わせて顔を赤くした。ベッドの上での自分を思い出してくれたのだろうか。そうだったら、作戦成功なんだけど。
「せ、先輩の……!」
彼女が何ごとかを言う前に。
「――な、何やっとんねんユーシ!」
二人の後ろから、なにやら叫び声が聞こえてきた。いつの間にか。そこには自分のイトコがいた。郁より赤い顔でこちらを指さして、プルプルと震えている。そんな彼をどこかシュールな面持ちで見つめながらも、忍足は別のことを考える。
『そういえば、アイツのマンションもこの近くやったな……』
この角度からでは完璧に見られていただろう。やることをやった後で気づく。やはり、地元は油断ならない。