*Short DreamT*

□【跡部/日吉】同じ空を見上げて
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コンクリートの壁から跳ね返って、足元まで転がってきたテニスボールを、日吉はそっと拾い上げた。
 先ほどまでずっと、一人で壁打ちをしていたのだ。流れ落ちる汗をリストバンドでぬぐう。
 見上げた七月の空は、今日も青く澄んでいた。昨日もこんな綺麗な空だったなと、日吉はそんなことを思い出す。
 関東大会の準決勝で、自分の率いる氷帝が宿敵の青学に勝ったのも、つい昨日のことだった。
 本当は今日は家でゆっくりと疲れを癒すつもりだったけど、妙に落ち着かなくて、
日吉は学校の近くのストリートテニス場に来ていたのだった。
「あ、日吉くん!」
 しかし、予期せぬ声に名前を呼ばれて。わずかに身体を強ばらせる。
 ゆっくりと声の方を向くと、そこには。
「…結城」
 日吉のクラスメイトであり、あの俺様元部長のカノジョの結城郁がいた。
ぶっきらぼうに、日吉は彼女に尋ねる。
「何か用なのか。こんなところで」
「ここに来たら、テニス部の誰かに会えるかなって思って」
 日吉につっけんどんに応じられながらも、郁ははにかんだ笑みを浮かべる。
「昨日はおめでとう! 青学に勝っちゃうなんてスゴイよ!」
 心からの笑顔を向けられて、つい日吉は視線を逸らす。
 利き手に持ったままだった、昨日の相棒のラケットを、意味もなく見つめる
「…まだ関東だ。こんなところで浮かれてられるか」
 額面通りに受け取れば、ただのつれない台詞だろう。けれどこれは、本人すらも気づいていない照れ隠し。
女の子に素直な感情を向けられるのは、日吉はやはり慣れないのだ。
「そんなことより、お前なんで応援に来なかったんだ」
 空気を変えたかったのか、日吉は郁に食ってかかる。
 応援しにいくと約束していたのに、昨日、日吉は会場で郁の姿を見つけられなかったのだ。
「行ったよ! でもコートに近づけなくて…」
「…そうか」
 しかし、そのあまりにも間抜けな理由に毒気を抜かれる。そういえば昨年もそんなことがあったと本人が言っていた。
 氷帝テニス部名物のコートを取り囲む二百名の応援団は、やはり今年も健在だった。
 いかに前部長のカノジョとはいえ、押しの弱い郁の性格を考えれば、やはりそうなってしまうのだろうか。
 日吉の脳裏に、大勢のギャラリーに阻まれて泣きそうになっている彼女の姿が、無意味に鮮やかに再生される。
「でも差しいれをね、鳳くんに渡したんだよ。スポーツドリンクだったんだけど、日吉くんは飲んでくれた?」
「……は?」
 そんなこと、自分は知らない。
「え?」
 ポカンとする郁を見て、日吉の脳裏に今度は妙に黒い笑顔を浮かべた鳳の姿が浮かんだ。
ハブられたことを瞬時に察し、日吉は拳を硬くする。
(あのヤロウ)
 しかし、ここにいない人物に腹を立てても仕方がない。日吉は小さく息を吐くと、郁に礼を述べた。
「…いや、俺のことはいい。わざわざすまないな」
 自分は飲んでいないとはいえ、現部長としては当然のことだろう。自分は飲んでいないのだが。
 改まってお礼を言われたのが嬉しかったのか、郁は相好を崩した。
「また、次も何か持って行くね」
 ふんわりとした笑顔に、日吉もつられて微笑む。
けれど、その時。
「あっれー? オンナ連れとはずいぶん余裕そうじゃん」
 出し抜けに聞こえたからかうような声に、日吉は口を引き結ぶ。
「なんでお前がこんなところにいるんだ。切原」
 都心のコートに突然現れた神奈川の学校のメンバーに、眉根を寄せた。
 隣にいる郁をかばうように、日吉は一歩前に出る。
「なんだよ、いちゃいけねぇワケ?」
 日吉に切原と呼ばれた彼は、ニヤニヤと笑いながら、二人の方に近づいてきた。
「ここに来れば誰かいるかと思ったけど、まさかお前に会えるとは思わなかったぜ」
 明るくひょうきんな性格だけど、ラフプレーも未だに多い好戦的なライバルに絡まれて、日吉は心の中で焦る。
 自分一人ならともかく、ここには郁もいるのだ。
その上…。
「ラケット貸せよ。試合しようぜ? 来週の決勝で当たる前にお前なんてブッ潰してやる」
 切原のその言葉に、郁はハッとした表情を浮かべ、不安げに日吉を見上げる。
 そう。切原は次の決勝で対戦するライバル校・立海大付属の部長だった。
「…断る。悪いがラケットは、今はこれ一本しかないんだ」
 利き手に握っていたそれを、日吉は切原に見せつける。
「嘘つくなよ。ベンチのタオルの下から見えてるぜ」
 一瞬だけコート脇に視線をやって、日吉は舌打ちをする。
 切原の言う通り、ベンチに置かれたタオルの下からわずかにのぞいているのは、
自分の予備のラケットのグリップエンドだ。
「ラケットがあったとしても遠慮するぜ。来週でいいだろ」
 けれど動揺を隠して、日吉は切原に向き直る。
 大事な大会の真っ最中に、問題など起こしたくはなかった。
しかも決勝で対戦する学校の部長同士で、だなんてとんでもない。
「何だよ、オンナの前で無様に負けるのが怖いのかよ?」
 けれど赤也はよほど試合がしたいのか、あからさまに挑発してくる。
「…ッ」
 腹を立てたら負け。それは理解しているけれど、日吉は思わず気色ばむ。
オトナにはまだなりきれず、つい感情を表に出してしまう。
 場に険悪な空気が流れ、自分の後ろで郁がたじろぐ気配を日吉は察知する。
けれど、相手はあの切原だ。むやみに刺激するわけにもいかない。
 どうやってこの状況を切り抜けようか、日吉は懸命に思考を巡らせる。
 ケンカも試合も、今は断じてしたくないのだ。
(こんなとき、あの人なら…)
 無意識に日吉は考える。しかし。
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