*Short DreamT*

□【忍足】オオカミまであと何秒?
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 閉じられたカーテンの隙間からは、漆黒の夜空と、街灯に照らされた住宅街の小路が見える。

「う〜 この英語の長文読解しんどいよぉ……」

 部屋の勉強机で、郁は英語の問題集に取り組んでいた。苦手ではないけれど、かといって得意でもない長文読解だ。今取り組んでいる問題は、単語数二千五百を越える本当の長文で、ご丁寧に問題文までもが英語で書かれている。

「でも、入試ではこれやんなきゃいけないんだから、しっかりしなきゃね」

 そんなことをつぶやきながらも、エネルギーをチャージすべく、彼女は携帯に手を伸ばした。メールの受信トレイを開いて、昼間忍足から届いたメールを探す。

『明日のホワイトデーは楽しみにしとって』

 温かい文面と末尾のメガネの絵文字に、郁は思わず笑みをこぼす。普段はあんなにクールなのに、実はとてもロマンチストで、イベントごとも大事にしてくれる忍足は、彼女にとっては絵に描いたような『優しい彼氏』だったのだ。

「明日かぁ…… 楽しみだな」

 画面に向かって微笑みかけて、携帯を閉じて宿題に戻る。

「……でもその前に、きちんと勉強しなきゃね」

 先輩を追いかけて、関西の大学にちゃんと現役で行けるように……。心の中でそう口にして、郁は問題集に向き直った。

 しかし突然、彼女の携帯が鳴り始めた。この着信音は忍足だ。郁はあわてて通話ボタンを押す。

「――はい、もしもし!」

『……郁か?』

「先輩!」

 数日ぶりの優しい声に、郁はうれしさに顔をほころばせる。

『元気? 今どこにおるん?』

「今ですか? 家の自分の部屋ですけど」

『そか、じゃあちょっと窓の外見てくれへん?』

「……窓の外、ですか?」

 彼女の部屋は一軒家の二階にある。忍足の発言を不思議に思いながらも、郁は部屋のカーテンを開けた。すると、そこには街灯の下で携帯電話に耳を当て、こちらに手を振る忍足本人がいた。

『……来ちゃった、なんつってな』

 道路からこちらを見上げる口元と、受話器から聞こえる忍足のセリフがシンクロする。

「……先輩」

 ベタな演出に、しかし郁は涙ぐむ。あの卒業式から一週間ぶりの本人だった。



「――先輩っ!」

 家のカギを開けた瞬間、玄関先で待っていた忍足に郁は思い切り抱きついた。瞳に涙を浮かべて、彼の胸に顔を押しつける。

「たった一週間ぶりやろ。そんな泣かんの」

 優しい声で泣き虫な彼女を叱りつつも、忍足はうれしそうに彼女の頭を撫でる。

「ほら郁、早よ家ン中入るで」

 けれど忍足はすぐに、自分に抱きつく郁を強引に引きはがした。もっとくっついていたかった彼女は唇を尖らせるが、玄関扉の前でラブシーンを繰り広げていても仕方がないので「はぁい」と嫌そうに返事をして、忍足に背中を向けた。扉を開けて、家の中に入る。

 しかし家の中にに足を踏み入れた瞬間、郁は忍足に少しだけ押された。『あれ?』と思う間もなく鍵の閉まる音が聞こえて、気がつくと彼女は忍足に、後ろから抱きしめられていた。

「せ、先輩……!?」

 忍足のいきなりの行動に、郁は戸惑う。まだ玄関先で、ふたりとも靴も脱いでいないのに……。郁の首筋に顔をうずめながら、忍足は苦しそうに息を吐く。

「……すまんな、お前の顔見たら何や我慢できんくなってしもうたわ」

 切なげにそんなことを訴えられて、彼女は顔を赤くする。どうしていいかわからずに、視線を落とした。

「……嫌だったら、言うて?」

 そう言って忍足は、郁の返答も待たずに、彼女のトップスの中に片手を入れた。躊躇いなく柔らかな膨らみに手を伸ばして、下着越しに触れる。

「……っ、忍足先輩っ」

 自分を呼ぶ彼女の声が、微かな甘さを帯びていたのに、気をよくした忍足は、空いていた方の手で郁の背中を探った。すぐにホックを見つけて、服の上から器用に外し、トップスの中に入れている手を下着の下に潜り込ませる。

「っ!」

 彼女の小さな悲鳴は無視して、膨らみを包み込むように手を置いて、そしてその手を円を描くように動かしはじめる。

「……んっ ……つっ」

 固く目を閉じ、郁は必死に声をこらえる。

「……声、我慢せんで?」

 彼女の胸に刺激を与えながら、忍足は郁にささやきかける。しかし、彼女はふるふると首を横に振った。

「……なら、我慢できんくしたるわ」

 忍足の手の動きが、にわかに激しくなる。ひときわ甲高い悲鳴を上げて、郁は口元を押さえた。けれど、痛いほどに強くされて、こらえきれずに声を漏らしてしまう。

 か細い悲鳴を漏らしながら、合間にやめてと訴えても、忍足は手を動かすのをやめない。痛みにも似た快楽が押し寄せて、郁の目尻に涙が浮かぶ。

 気が済むまでそんなふうに触れてから、忍足は改めて、彼女を強く抱きしめた。

「……良かった?」

 そう問いかけると、羞恥に頬を染めながらも彼女はこくりと頷いた。あいにくその表情は忍足からは見えないのだが、彼の下腹部は、その小さな頷きにさらに熱くなる。早くその先に行きたい。充血しきったそこを、華奢な身体に押しつけた。

 彼女の肩がびくりと震える。潤んだ瞳が伏せられて、火照った頬がさらに赤くなる。そんな彼女を抱きしめたまま、改めて忍足は尋ねた。

「……部屋で続き、してもええ?」



『なんで、こんなことになってるんだろう……』

 ぼんやりと、郁はそんなことを考える。しかし身体は既に熱をもたされて、頭もぼんやりして思考がまとまらない。玄関先で抱きすくめられてから、そのまま雰囲気に流されるようにして、忍足と行為に及んでしまっていた。

 部屋のベッドに寝かされて、そのまま覆い被さられて唇を重ねられる。口づけは次第に深くなり、舌を絡め取られて、口の中を犯されていく。

 深いキスは、自分はあまり好きではないけれど、忍足はそうではないようで、貪るように求めてくる。もう抵抗する余裕もなく、求められるままに応じていると、次第に息が上がってきた。酸素が足りなくて苦しい。けれど、不意に忍足は郁から身体を離した。

「……え?」

 思わず彼女は忍足を見上げる。常夜灯の明かりの中で自分に跨がる忍足は、精悍でめまいがするくらい色っぽい。郁の視線に気づいた忍足は、着ていたシャツを彼女に見せつけるように脱ぎ捨てた。思わず、郁は目を逸らす。

 そのまま、忍足は彼女のトップスに手を掛けた。既にホックの外れていた下着ごと一気に脱がせて、露わになった彼女の胸に顔を埋めた。

 そんな忍足の激しさに、郁は違和感を覚える。

『……いつもは、もっと優しいのに』

 今夜は妙に強引で、困ってしまう。

『しばらく会えなかったからかな、それとも……』

 しかし、郁がそんなことを考えていると、胸の先端に痛みが走った。

「っ!」

 忍足に歯をたてられたのだ。

「……ちゃんと、俺の方見てて?」

 余裕のない顔で不機嫌に視線を送られて、なぜか鼓動が高鳴った。初めて見る忍足のサディスティックな表情に、眩暈がする。見つめ返しながら、潤んだ瞳で謝ると、忍足は満足そうに微笑んで、噛みついた場所に口づけた。そのまま口に含んで、先端を舌で可愛がりはじめる。

 舌先で胸を弄びながら、忍足は右手を彼女の身体の下の方に移動させていく。太ももの内側を撫でて彼女に合図を送ってから、布越しに、既に潤っているそこに指先だけで触れた。

 その瞬間、郁は身体を思いきり強ばらせる。わかっていても、まだ緊張してしまうのだ。そんな彼女に、忍足はそっと耳打ちした。胸元から唇を離して、あやすような声でささやく。

「……チカラ、抜き?」

 恥ずかしさを堪えながらも、こくりと頷いて、郁は言われた通りに力を抜いた。忍足が触れやすいように、ゆっくりと脚を開く。

「……そ、エエ子やね」

 くすりと笑ってから、自分の膝を割り入れて、忍足は彼女の脚を大きく開かせた。

「……っ!」

 あまりの恥ずかしさに、郁は瞳を固く閉じる。そんな彼女を見おろしながら、忍足はさらに行為を進めていく。潤んだ中心をなぞるように、下着越しに上下に擦り上げる。ゆっくりと大きく擦りながらも、突起にも強い刺激を与えて、彼女を容赦なく追い上げていく。郁は瞳を伏せたまま声を漏らして、細い腰をがくがくと震わせる。

 下着がぺたりと貼り付くほどに、しっかりとそこに触れてから、忍足は彼女の中に指を入れた。横からすべりこませて、奥のほうまで差し込んで、熱く柔らかくなったそこをかき混ぜていく。

 もたらされる快楽に耐えられずに、郁は甘い悲鳴を上げて身体をよじる。ひっきりなしに声を漏らしながら、いやいやをするように頭を振るが、忍足の行為は止まらない。状態を確かめながら、少しずつ指を増やして、彼女の中をじっくりと慣らしていく。

 何度も出し入れを繰り返したり、中でバラバラに動かしたりしながら、狭いそこを拡げていたら、次第に粘性の水音が聞こえ始めた。彼女の耳にも届いているはずだ。その音をもっと聞きたくて、忍足はさらに指を動かす。

 しばらくの間、そうやって郁の身体を楽しんでいたら、ようやく彼女が限界を訴えてきた。無意識に腰を揺らしながら、涙を浮かべて忍足自身を何度も強請る。

 この時をずっと待っていた。忍足は口の端を上げる。さらさらとした蜜が滴る場所から指を引き抜いて、わざと音を立てて忍足はベルトを外した。



***



「――先輩のバカっっ! もうヤダっっ!」

 行為のあと。白くまぶしい部屋の明かりの中で、枕に顔をうずめながら、郁は盛大にしゃくりあげていた。原因はもちろん忍足だ。あのサディスティックなテンションのまま、たっぷりと愛されてしまったせいで、もう彼女はヘトヘトになってしまっていたのだ。痺れるような甘い疲れに全身を貫かれて、ベッドでぐったりとしていた。

「……ごめんて郁、そんな怒らんといて?」

 そんな彼女の機嫌を直すべく、忍足は郁のすぐ隣でひたすらゴマをすっている。

「お前に会えたのがホンマにうれしくて、我慢できんかったんや」

 甘い言葉でなだめすかそうとするその様は、もうすっかり普段の忍足だ。

「そんなこと言ったって、許してあげないもん!」

 しかし郁はそう叫ぶと、忍足の方に顔を向けて彼をジロリと睨みつけた。彼女のそんな恨みがましい視線をまっすぐに受け止めながら、忍足は再び郁に謝る。

「ホンマに、ゴメン」

 そして、彼女の頬にチュッと優しいキスをする。

「……っ!」

 その可愛らしいキスに、思わず郁は表情を緩める。本当はもっと怒っていたかったのに、うっかり機嫌を直してしまった。そんな自分が悔しくて、隣で微笑む忍足を見つめながら、彼女は不満そうな顔をした。

「……先輩はズルイです」

「何がズルイん?」

 未だにムクれる彼女を、忍足はくすくすと笑いながら穏やかな眼差しで見つめる。

「全部ズルイですっ!! ……でも、もういいです」

 その微笑みに丸め込まれて仕方なく、郁は忍足を責めるのを断念した。今さらどう怒ろうが、過ぎてしまったことはどうにもならないのだ。

 怒りをぶつける代わりに、郁は忍足に頼み事をすることにした。命令口調でこき使えば、少しは溜飲も下がるかもしれない。

「……その代わり、私のお洋服とってきてください」

「ハイハイ」

 くすくすと笑いながら、かわいい彼女の指令を果たすため、忍足はベッドから抜け出した。あちこちに散らばる服や下着を拾い集めて、最高の笑顔と一緒に手渡す。

「ほら、着とき」

「っ!」

 眼鏡をかけていない忍足に微笑みかけられて、郁は動揺する。裸眼の忍足はカッコよさ五割増しなのだ。

「…………ありがとうございます」

 しかし彼女は憮然とした表情を崩さずに、渡されたものを受け取った。そして、いそいそと着込みはじめる。

 そんな郁を眺めながら、忍足はふと気になったことを尋ねた。

「……俺が来るまで何しとったん?」

「英語の勉強です」

 服を着ながら、当然のことのように彼女は答える。少しだけ驚いて、けれど忍足はうれしそうに目を細めた。昔は勉強なんて、テスト前にしかしなかったのに……。

「そか、郁はエライ子やな」

 頼りない彼女が、はじめてしっかり者に見えた瞬間だった。
 

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