*Short DreamT*

□【跡部/日吉】君に託したタカラモノ
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 あのテニスの特訓から数日後のある夜。予想通りの時間に、これまた予想通りの相手から着信があり、跡部は嬉しそうに笑った。自分が後継に推した男の目は、やはり節穴ではなかったらしい。

 携帯の通話ボタンを押してから、いつも通りの口調で、跡部はしらじらしく彼に用件を尋ねた。

「どうしたんだよ? 日吉」

「――あんなヘタクソの相手する暇があるんなら、俺と試合してくださいよ。跡部さん」

 挨拶抜きで本題に触れる、相変わらずの性急さに、思わず跡部は苦笑する。

「あん? 何のことだよ」

「とぼけなくていいですよ。無くて七癖って言いますよね。あのヘタクソ、アンタがサーブ打つときの癖まできっちり真似してましたよ。本当ムカつきました」

 確かにヘタだし、間抜けなところもあるけれど、自分の想い人をためらいなく罵倒され、跡部はこめかみをひくつかせる。しかしそんなことにツッコミを入れても、逆に向こうの餌食になるだけだ。

「……それに気づけるお前も大概だな、日吉よぉ」

 そう返して、逆にささやかなお返しをする。

「そんなにお前も、俺のことが好きなのかよ」

「気色悪いこと言わないで下さいよ。ずっとアンタを見てたから、気づいただけです」

「…………」

 絡みつくような嫌味を返されるかと思ったのに、後半の告白にも似たまっすぐな言葉に、跡部は一瞬言葉を失う。しかし彼は、そんな跡部のかすかな動揺にも、自分のした告白にも、気づいた素振りは全く見せず、口調を変えずに言葉を続けた。

「それに俺は、ただアンタに手合わせしてもらいたいだけですよ。氷帝テニス部の未来を思うなら、あんなのよりも俺の相手をするべきなんじゃないんですか?」

「……言うようになったじゃねぇかよ、お前も少しは成長したんじゃねーの?」

 いつの間にかずいぶんと図太くなった後輩に、ほんの少しだけ手こずりつつも、水を向けられた跡部は、日吉にことのいきさつを告げた。軽い嫌味を込めて、自分と彼女のために言い返す。

「だがなぁ、原因の一端はテメェにもあるんだぜ? ヘタクソ呼ばわりしてからかったらしいじゃねぇか」

 涙をこぼす郁本人から、直接聞いた話を日吉に振る。しかし、日吉は平然と言い放った。

「ヘタをヘタと言って何が悪いんですか」

「……いいことを教えてやるよ、日吉よぉ。事実を指摘するだけでも、名誉毀損になることがあるんだぜ」

 まったく、この後輩のデリカシーのなさといったら。

(こいつは一度、年上の女にしつけられるべきだ)

 跡部は心の内でそんなことを思う。というかそもそも、自分たちと比べたらたいていの人はヘタクソだろうに……。

「……そりゃあ、すいませんでしたね」

 反省しているとは言い難い、ふてくされたような謝罪の言葉。

「…………」

 まだ文句を言い足りない気もするが、深追いをして思わぬ怪我をするのも嫌なので、跡部はこれ以上の追求を諦める。すると、唐突に口調を真面目なものに戻した日吉の、妙に切実そうな声が聞こえた。

「……でも、跡部さん」

「何だよ」

「したくなったら、いつでも来て下さいね」

 何を、なんて本当は聞かなくてもわかっていた。けれど跡部は、日吉の口からその言葉を聞きたくて、勿体ぶって彼に尋ねる。

「……何をだよ?」

「テニスに決まってるじゃないですか」

 ひと息ついてから、日吉は再度口を開いた。

「設備は、アンタの家の方がいいかもしれませんけどね。でもウチのコートには、本気のアンタを満足させられるヤツがいますから」

 電話の向こうの闘志を燃やす瞳を想像し、跡部は思わず笑みを浮かべる。

自分はなんて、幸せものなんだろう。

「そーかよ」

 口の端を上げて微笑む。久しぶりの、本気を出せる闘いの予兆に胸が高鳴る。

本当に自分は、根っからのテニス好きだ。

「ま、考えといてやるよ」

 そうとだけ返して、跡部は電話を切った。

『氷帝には俺がいる。俺も、アンタのテニスが大好きです』

 日吉のその宣言は、テニスに青春を捧げた跡部にとっては、ヘタな愛の告白なんかより、よほど嬉しいものだった。今年の夏こそ氷帝に、全国優勝の栄光を。

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