*Short DreamT*
□【忍足】クリスマスまであとちょっと
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十二月某日。今日は、氷帝学園の終業式だ。ホームルームを終えた忍足は、携帯をポケットから取り出して、駅前で待ち合わせをしている彼女にメールを打ち、急いで学校の外に出る。
今はまだお昼過ぎ。休日には人があふれる駅までの大通りも、平日の昼間の今は人もまばらだ。駅に向かいながら、忍足は明日からの冬休みと、数日後の一大イベントのことを考えていた。何をしようかと悩みながら、いつもの道を歩く。
お互いにまだ高校生で、しかも今年は自分が受験だから、豪華なディナーや遠出はできないけれど、それでも何かささやかでもいいからお祝いをしたい。何をしようかと悩みながら、忍足はいつもの道を歩く。
たしかにあまり人はいないけど、クリスマスを数日後に控えた街は、心なしか楽しげだ。イベント事にそこまでの執着はない自分でも、なんだか胸がときめいてしまう。
ようやく駅にたどりついて、忍足はあたりを見回した。平日の昼間でも、やはりここは人が多い。気持ちを切り替え、忍足はあたりを見回して愛しい彼女の姿を探す。しかし、その姿はすぐに見つかった。いつもの場所に、見慣れたかわいい横顔が見える。しかし、彼女は一人ではなかった。自分の見知った男に絡まれている。
「あんの……ッ!」
怒りがこみ上げて、思わず忍足は拳を握りしめた。
「――こんなトコで何しとんねん、不二」
近づいて声を掛けると同時に、二人の間にさりげなく割って入る。
「……ちえっ、残念だな」
「お、忍足先輩……」
ちっとも残念そうでない不二の声と、ものすごく気まずそうな彼女の声は、ほぼ同時に聞こえた。忍足の彼女に絡んでいたのは、青春学園の不二だった。
「……お前の弟の学校なら、隣の駅やろが」
微妙に不機嫌な声で、忍足は不二を追い払おうとする。
「ふふ、そんなことわかってるよ」
そんな忍足を面白がるように、不二はクスリと笑った。そして彼女の方に視線やると、改めて口を開いた。
「王子様、きてくれてよかったね」
「えっ!?」
王子という単語に、彼女は露骨に動揺する。
(わかりやすすぎやで、お前……)
忍足は思うが、だけどポーカーフェイスなんて出来る子ではないことくらい、自分が一番よくわかっている。何も言わずに、不二に視線を送る。
「それじゃ、邪魔者は退散するよ。またね、二人とも」
不二はもう一度微笑むと、ひらりと手を振って忍足たちに背を向けた。そのまま、駅舎の中に消えてゆく。忍足はその背中をじっと見つめる。
アイツに関してはどんなに用心してもしすぎることはない。いつかの帰り道色々あってからというものの、不二に関しては、忍足はそんなふうに思っていた。
彼がいなくなったのを確認してから、ふぅと息を吐いて、忍足は彼女に向き直った。いつもどおりの笑顔をつくって、そっと彼女の手を取る。
「それじゃあ、帰んで」
「は、はい……」
表面的にはいつも通りの穏やかさ。だけど忍足の機嫌がやっぱり直っていないような気がして、彼女は不安げに彼を見上げた。
「……先輩、怒ってますか?」
背中の後ろから唐突にそんなことを言われて、忍足は振り返った。
「どしたん? 急に」
大好きな彼女に潤んだ瞳で見つめられて、ちょっとだけドキドキする。
「不二先輩と喋ってたから……」
申し訳なさそうにそう言って、彼女は目を伏せた。あれから電車を乗り継いで、二人は忍足の部屋に帰ってきていた。駅前で不二に絡まれたこと以外は何も変わったことはなく、いつも通りの帰り道。
忍足は普通にしているつもりだったのに、どうやら彼女にはそうは見えなかったらしい。かなり落ち込んでいる様子だ。
「いや別に、そんなん気にしてへんよ」
彼女を励ますように、出来る限り明るい調子で答える。
(……つか喋るだけで怒るとか、どんなやねん)
確かに以前、隙が多すぎだと怒ったことはあったけど、あのときと今回は話は別だ。不二は自分に目撃されることを見越して、わざと彼女に絡んでいただけだったし、それにあの不二を、彼女がどうにかできるとも思えなかったし。
けれどいいことを思いついて、忍足は唇の端に笑みを浮かべた。せっかくのこの状況、利用させてもらおう。この様子なら、少しくらいのことなら大目に見てもらえそうだし。
「……でもそうやなぁ、改めてそう言われたらムカついてきたわ」
「え? ……っきゃあ!」
きょとんとする彼女を、忍足はちょっとだけ強引に抱き寄せた。腕の中にしっかりと閉じ込めてから、微笑む。
「お前は俺のもんやって、また印つけとかんとなぁ」
「……あ、跡つけるのだけはやめてください」
忍足を見上げて、彼女は泣きそうな目で懇願する。よほど嫌な思い出でもあるらしい。だけどその台詞も、彼女本人と同様に隙だらけだ。
「なら、つけなければ何してもええん?」
言葉尻をとらえて、忍足は彼女をからかう。
「それは……っ」
抱きしめられたまま、そんなことを言われて、思わず彼女は視線を泳がせる。
「ええやんたまには、付き合うてるんやから」
彼女が怯んだ隙に、忍足はそう言って彼女の首筋に口づけた。そのまま下の方まで唇を這わせる。
「……っ!」
突然のことに驚いたのか、それとも純粋に反応してしまったのか、彼女は顔を赤くして、びくりと身体を震わせる。
(……反則やろ、それは)
潤んだ瞳と相まって、なんだかその姿はとても可愛らしく感じる。予期せぬ彼女のその反応に、うっかり忍足のスイッチが入る。微妙にどこまで我慢できるか心配な気もするけど、でもたまにはいいよね。だって自分は彼氏だし。
一瞬のうちに忍足は脳内でそう結論づけると、彼女の耳元に唇を近づけた。
「……いつも勉強頑張っとる彼氏に、たまにはご褒美くれへん?」
そんな言葉を甘く囁く。
「な、なに言ってるんですか! 先輩今日ちょっとオカシイですよッ」
どことなく危険な雰囲気を察してか、彼女は慌てて忍足の腕の中から抜け出そうとする。だけどそれも彼の想定の範囲内だ。
「ははっ、そうかもしれんな。明日から休みやから、はしゃいどるんかもな」
脳天気に笑いながらも、忍足は彼女を放さない。腰と背中に手を回して、がっちりと固定して逃げられないようにしている。
「――でも、ちょっと早いクリスマスプレゼントが欲しくなってきたわ」
そして改めて、忍足は声を低くした。切れ長の瞳がスッと細くなる。
「え?」
彼女の返答は待たず、忍足は彼女の制服のネクタイをするりと緩めると、ブラウスのボタンをふたつ外した。そのまま胸元をはだけさせて、真っ白な素肌にキスをする。
「っ! 先輩やめっ……!」
後半は声になっていない彼女の非難はあえて無視してもう一度、今度はデコルテに唇を這わせながら囁く。
「……ええやろ?」
「だ、ダメですっ!」
だけど真っ赤な顔でそう叫んで、彼女は忍足の腕の中から強引に逃げ出してしまった。
「……ダメなん?」
忍足は残念そうな顔をする。まるで、おあずけをされた子犬のように。
「ていうか、結局クリスマスはどうするんですか、先輩。まだ何も決めてないですよッ」
いそいそとブラウスのボタンを留めながら、未だに赤いままの頬で、叫ぶように彼女は言った。
「ああ……。お前なんかしたいことあるん?」
微妙にセクハラを諦めきれない気持ちを押さえつつも、忍足は彼女に尋ねる。
(出来ることなら、この手を伸ばしてもう一度……)
なんてことを願うが、あいにく距離を取られているので叶わない。そんな彼氏の心の内を知ってか知らずか、彼女は視線を落として、忍足の質問に答えた。
「……別にないです。ていうか、先輩もうすぐセンターだし」
後半は消え入りそうな声だった。さっきまでの威勢はどこへやら。あまりの落差に忍足は苦笑する。
「気にせんでええで、そんなん。遠出は無理やけど、近場なら遊びに行くのもかまへんし」
昔からイベント事が大好きなくせに、自分のために我慢しようとしてくれる彼女に、愛しさがこみあげる。
「でも……」
「つか、そんな心配してくれんでも、先輩は結構成績ええんやで。模試もA判定で冊子に名前ものっとるし」
そう言って忍足は得意気に笑った。こんな話はさすがに他の人にはできないけれど、彼女だったらいいだろう。
「えっ、あの巻末の上位者一覧にですか?!」
彼女は瞳を輝かせる。
「そやで、見てみる?」
予想外のノリの良いリアクションに、忍足は思わず嬉しくなって、近くのテーブルの上の冊子を拾い上げた。取り出しやすいところに放置していて良かったと思いながら、該当ページを開いて彼女に手渡す。
「わあ、ホントだ」
さっそく忍足の名前を見つけ、彼女は自分のことのようにはしゃいだ。
「先輩スゴイです、カッコイイ!」
「ありがとな。そんなこと言うてくれるんはお前だけやで」
成績を褒められても正直今更なんだけど、でも、彼女に褒められるのだけは素直に嬉しく思える。きっと、それだけ好きということなんだろう。忍足はしみじみとそんなことを思う。だけど今大切なのは、そんなことよりも……。
「――つか、それよりクリスマス何するか決めへん?」
彼女から模試の冊子を取り上げて、微笑む。少なくともこの瞬間は、勉強なんかよりこっちの方が大切だ。
二人で過ごすはじめてのクリスマスまで、あとほんの数日。忍足は数年ぶりに、そのビッグイベントを楽しみに思った。