*Short DreamT*

□【跡部/日吉】暇つぶしにはなったかな
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 初めてまともに関わったときのことは、ものすごくよく覚えている。週末の繁華街を歩いていたとき、雑踏の中にあいつの姿を見つけた。まるでワンピースのようなライトグレーのコートが、よく似合っていて人目を引く。

 声をかけようがかけまいか、俺は悩んだ。だけど、これは俺にとっては千載一遇の大チャンス。学校ではやはり人目が気になって、用もなく話しかけるのは憚られる。

 急いで俺は彼女の方に向かった。暇つぶしくらいにはなるかもしれない。それに、ずっと気になっていたんだ。俺の尊敬する――でも、最も下克上したい相手でもある――跡部さんは、なんであんな女を選んだんだろう、って。

「……おい、結城」

 名前を呼んだらビクッと身体を震わせて、彼女はこちらを振り向いた。

「……ッ! 日吉くん」

 なぜかおびえたような目で見上げられる。声をかけただけなのに、なんなんだその反応は。まあいい。周囲に見知った顔がいないのを確かめてから、俺は奴に問いかけた。

「今ひとりなのか? 今日は買い物か何かか?」

「うん。跡部先輩と約束あるけど、今はひとりだよ。本屋さんに買い物しにきたの」

「そうか」

 軽い気持ちで聞いただけなのに、真面目に答えられて軽く鼻白む。確かに、結城と俺が今いるこの通りには大きな本屋があった。そこに行く途中だったのか。口角を少し上げてから、俺は奴に向かって言った。

「実は俺も、本屋に用があるんだよ」

「……そうなの?」

 にやにやと笑う俺を不審に思ったのか、結城は疑いの眼差しでこちらを見つめる。だけど、そんなことは関係ない。なにせこっちには伝家の宝刀があるんだ。

「せっかくだから付き合ってやるよ。あんたひとりにしてたら、またなんかありそうだしな」

「べっ、別に何もないし! だからいいよ、そんな」

 なぜか露骨に嫌がられる。仕方なく、俺は宝刀を引き抜いた。

「遠慮すんなよ。助けてやった恩を忘れたのか?」



 休日の繁華街は人が多い。知り合いに出くわさないように祈りながらも、俺は奴と並んで本屋に向かう。

「……日吉くんは、どんな本読むの?」

 見上げるように尋ねられる。当たり障りのない世間話。だが、その質問を待っていた。

「……知りたいのか?」

「え?」

 俺はまた唇の端を上げる。

「知ったら後悔するかも知れないぜ?」

「何それ! じゃあいいよも……」

「オカルト本だ」

「…………」

 再び、結城は黙り込む。予想通り過ぎるリアクションに満足しながらも、俺は再度口を開いた。

「ちょうどいい、とっておきの話をしてやるよ」

「い、嫌だよ」

 彼女は露骨に顔をしかめる。だけどもちろん、ここでやめてやるような俺ではない。

「安心しろ。怖くないやつだ」

 ひと息ついてから、続ける。

「知ってるか? 昔ウチの中等部の入試問題でな、カレーの作り方が出題されたことがあるんだぜ」

「ほ、ホントに!?」

 さっきまでのしかめっ面はどこへやら、結城は瞳を輝かせた。本当にコイツはチョロすぎる。

「ああ本当だ。何年か前だけどな」

「……でも日吉くん、それただのトリビアじゃ」

 チッ、気づきやがったか。しかし俺は平静を装うと、

「怖い方がよかったのか?」

「ッ! 怖くなくていいよ!」

「そうだよな」

 その反応に満足して、俺はまたにやりと笑う。

「じゃあ次は、アンタが好きそうなやつ教えてやるよ」

「……好きそうって何?」

 眉間に皺をよせたまま、だけど結城は尋ねてくる。ノリがいいのかバカなのか。だが、こちらには好都合だ。俺はポケットから買ったばかりのスマホを取り出した。

「犬の言葉を、人間の言葉に翻訳するアプリがあるんだぜ」

 言いながら、素早く操作してその画面を表示させる。そして彼女に差し出す。

「ホラ」

「えっ!? これホントなの?」

 キラキラとした目で俺を見上げる結城に向かって、俺は言った。

「本当だと思うか?」

「…………」

 三度、結城は黙り込む。そしてしばらくしてから、口を開いた。

「日吉くん、私のことバカだと思ってるでしょ!」

「何だ、お前自分のこと賢いとでも思ってるのか?」

 にやにやと笑いながら、俺は彼女を挑発する。

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 けれど、奴はとたんに弱気になる。ちっ、ノッてくるかと思ったのに。

 まあいい。俺は彼女に次のネタを振る。

「じゃあ、自称賢いお前に問題だ。車に雷が落ちたら、車内にいる人間はどうなると思う?」

「えっ!? えーっと……」

 彼女は小首をかしげ、考えるそぶりをする。そして、得意気に言い放った。

「焼け死んじゃうとか!」

 おい、頭使って考えた結果がそれなのか。本当にこいつは面白すぎる。

「……雷なのに、焼け死ぬなのか?」

「あ、そか。じゃあ感電しちゃうとか!」

 俺のツッコミで結城は答えを変える。だけどそれはもちろん……。

「ハズレだ」

「え、違うの!?」

 心底びっくりした表情で、ヤツは俺を見上げる。

「アンタ理系の科目駄目だろう。冷静に考えろ。電気の性質を思い出せ」

「えっと……」

 口元に手をやって、再び彼女は首をひねる。考え込む様子は真剣そのものだ。こんな下らない問題に、こんなに真面目に取り組むヤツも珍しい。思わず俺は、彼女の脳天に軽いチョップを入れていた。

「なっ! 何するの日吉くん」

「早く答えろよ、時間切れでアウトにするぞ」

 楽しくて仕方がない。こんなにからかい甲斐のある、いいおもちゃは久しぶりだ。

「アウトになったら、チョップ五発だ」

「やっやだ! 待ってよ!」

 結城はわたわたと慌てだす。そのリアクションに、ますます加虐心を煽られた俺は、結城の頭のてっぺんに手をやり、ヤツの髪をわしゃわしゃにした。

「ちょっ! 日吉くん!」

「ホラホラ、早く答えろよ」

 サラサラの髪が指に絡む。後から考えれば、このときの俺はかなり調子に乗っていた。

「やめてよ、セットした髪くしゃくしゃに……」

「正解したらやめてやるよ」

「――正解は、車の表面を伝って電気は地面に抜ける。ゆえに中にいる人間は感電も、ましてや焼け死んだりもせず無事。だよなぁ」

 妙に不機嫌なその声は、俺と結城の後ろから聞こえた。もう遅いとは理解しつつも、俺は結城の頭から手を放す。

「ずいぶんと楽しそうだなぁ。日吉よぉ」

 どこかで聞いたようなセリフが、三センチ上から降ってくる。今更ながら、俺は冒頭の彼女のセリフを思い出していた。『跡部先輩と約束あるけど、今はひとりだよ』結城も心なしかヤバイという顔をしている。

「お前らデキてんのか? あーん?」

 バキバキと指を鳴らす音がする。そういえばあの人はイケメンでモテるくせに、意外と嫉妬深いんだった。俺の暇つぶしの代償は、後日のガラの悪い蹴りだった……。

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