*Short DreamT*

□【跡部】そんな君との日常
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 気がついたら、明け方だった。

「あれ……」

 何度かまばたきをして、ゆっくりと身体を起こす。なぜか私はパジャマにも着替えずに、自分の部屋のベッドで寝ていた。ベッドサイドの目覚まし時計は、朝の五時を回ったところで。

「なんで、私……」

 まだぼんやりとした頭で、昨日の出来事を思い出す。昨日は、跡部先輩のお誕生日を一緒にお祝いして……。

「ッ! 跡部先輩!」

 慌てて私はベッドから起き上がった。そしたらすぐそばの床で、寝息を立てている跡部先輩の姿が目に飛び込んできた。申し訳なさで胸がいっぱいになる。昨日、疲れてリビングで寝ちゃった私を、きっと先輩は寝室まで運んでくれたんだ。それだけでも申し訳ないのに、しかも床で寝させちゃうなんて。

「跡部先輩ごめんなさい! 起きてくださいっ!」

 ベッドから下りて、先輩の身体をゆすって起こす。私って本当になんてバカなんだろう。

「……んっ ……郁?」

 気がついたらしい跡部先輩が、目をこすりながら私を呼ぶ。だけど次の瞬間、視界に飛び込んできた景色から、全ての状況を瞬時に理解したらしい先輩は、盛大にため息を吐いた。

「〜っ! くそっ、俺様としたことが」

 床に手をついて起き上がる。

「信じらんねぇ、この俺が床でだと……!?」

「ごっ…… ごめんなさい!」

 朝から不機嫌な先輩に、私はひたすら謝り倒す。

「……郁」

「ハイっ!」

 低い声で名前を呼ばれて、思わず身体を硬くする。

「てめぇオシオキだ。俺の抱き枕な」

「え」

「え、じゃねーよ! 俺様はまだ眠いんだよ、寝るぞコラ!」

 有無を言わさない勢いで、私は機嫌の悪い先輩にベッドに引っ張り込まれてしまった。



 ベッドの中で、抱きしめられる。確かに付き合ってはいるし大好きなんだけど、こんなシチュエーションは初めてで、緊張に私の身体は硬くなる。先輩の胸元に顔を埋めて、私は強く目を閉じた。抱き枕って、一体何をすればいいんだろう。ただこうしてぎゅってされていればいいのかな。

 悶々と悩んでいたら、また腕に力がこめられる。先輩の体温と呼吸をずっと近くに感じて、私の胸の鼓動はまた早くなる。相手が相手なだけにすごく緊張するけど、抱きしめられること自体は大好きだ。今も跡部先輩の温もりに包まれて、緊張はすごいけど、なんだかすごく幸せな気持ち。

 おそるおそる目を開ける。普段はあんまり意識したことなかったけど、胸板とか結構厚いんだな。それに肩幅だって広いし、腕だって筋肉で太い。あれだけ鍛えてるんだから当たり前なんだけど、改めて自分の身体との違いを実感してドキドキする。寝付けない私は、跡部先輩の腕の中で、ずっとそんなことを考えていた。

 そしたら不意に、上の方から声が聞こえた。

「……緊張してんのか?」

 図星をつかれて動揺する。緊張は、してます。ものすごく。ていうかこの状況で、しない方がおかしいよ。

「そりゃあそうですよ……」

 つぶやくように答えたら、色気もそっけもない返事が返ってきた。

「……別に何もしねぇから、大人しくしてろよ」

 優しい声色に、少しだけホッとする。

「で、でも」

 だけど、やっぱり離して欲しくて食い下がったら、こんなことを言われてしまった。

「……普段ぬいぐるみ抱いて寝てるくせに、文句言うな」

 事実無根です。濡れ衣です。私、一体何だと思われてるんだろう。

「……そんなことしてませんよ」

「……嘘つくんじゃねえ」

「……ついてませんし」

 否定しても、なぜかとりあってもらえない。

「……俺のことも、ぬいぐるみだと思えばいいだろ」

 会話がかみ合っているのかいないのか。絶対、跡部先輩は寝ボケてる。だけど面白いし、昨日の夜床に寝かせてしまって、無駄に疲れさせてしまったのは私だから、そっとしておこう。

「ハイっ」

 小さな声で返事をしたら、腕を緩められた。

「……ちゃんと抱きしめ返せよ、抱き枕のくせに」

 ちゃんと仕事しろ、なんて意味のわからないことを言って。それきり先輩は喋らなくなった。

(……もう寝ちゃったのかな)

 そんなことを思いながら、私は先輩の背中に片腕を回す。そして、ギュッと抱きしめた。

(……これでいいのかな)

 キスの先に進むのはやっぱりまだ怖いけど、こうやってくっついたりするのは大好きだ。もしかしたら先輩には、いろいろ我慢させちゃってるのかもしれないけど。もそもそと頭を動かして、私は先輩の寝顔を見上げる。カーテンは閉めているけど、もう日は昇っているから、先輩の表情は意外とよく見える。

(……寝顔までカッコイイとか、ズルイよ)

 急に愛しさがこみ上げて、私は跡部先輩を抱きしめ返す。今はまだ怖いけど、いつか怖くなくなったら。もっとちゃんと先輩と抱き合ったりとかできたら、いいな。



***



「郁、紅茶淹れてくれ。あと、メシも」

「は、はい! ちょっと待っててくださいね!」

 もう日は高くて、時計の針は十一時をさしている。昼前まで二度寝してから、私たちは起き出した。そして早速、跡部先輩にこき使われている私です。だけど昨夜のことを思えば、これくらい何てことはありません。

 電気ケトルに水を注いでセットしてから、冷蔵庫を開ける。ふと気づいたことがあって、私は台所から先輩に声をかけた。

「先輩! ご飯トーストと目玉焼きでいいですか?」

「あぁん? 目玉焼きだと?」

 ちょっと不満そうな声が返ってくる。キライなのかな、目玉焼き。そんなことを心配しながら紅茶を淹れていたら、先輩が台所に入ってきた。

「どうしたんですか?」

「タマゴはスクランブルに決まってんだろーが」

「えっ?」

 きょとんとする私に向かって、先輩は得意気に笑って言った。

「今日は俺が作ってやるよ」

 あまりにもいきなりな発言に、私はおっかなびっくりで問い返す。

「……出来るんですか、料理」

「……テメェ俺様を何だと思ってやがるんだ?」

 失礼なことを言ったつもりはなかったのに、なぜか怒られてしまった。付き合ってしばらく経つのに、まだ私は変なパブリックイメージに毒されているのかな。



 といったワケで、なぜか食卓には跡部先輩が作った朝食兼昼食が並んでいるのでありました。手を合わせてから、私は先輩作のスクランブルエッグに箸をつけた。おそるおそる口に入れる。

「……おいしい」

 まるで高級ホテルの朝食のような、ふわっとした食感に驚く。

「お料理も出来るんですね!」

 にこにことそんなことを言ったら、

「俺様は何でも出来るんだよ」

 と返されてしまった。

「洋食は割と得意なんだぜ、なんせオフクロ仕込みだからな」

 得意気にそんなことを話しながら、跡部先輩は綺麗な箸使いでご飯を完食する。

 ふと気がつく。跡部先輩のお母さんってどんな人なんだろう。そういえば、私って全然跡部先輩のこと知らないな。先輩のお父さんが何してる人なのかも、知らない気がする。噂では色々聞くけど、ああいうのってどこまでが本当なのかなぁ。

 かなり気になったけど、尋ねるのは憚られたから、私は何にも言わずにティーカップに手を伸ばした。いつかちゃんと、そういうことも話してもらえるような、そんな関係になれたら、すごくうれしいな。

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