*Short DreamT*

□【忍足】全てを奪う嵐のように/後編
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「…帰りたまえ。明日も、朝から仕事があるんだよ」
行ったはいいものの、やはり取り合ってはもらえずに、忍足は仕方なく自分の家に戻って来ていた。
やはり腹は立つが、彼女の父があそこまで強硬な態度を取る理由を知った今は、一方的な敵愾心は消えていた。
彼女と離れたくない。それは、自分だって同じだ。
リビングで、コーヒーの支度をしながらテレビをつける。
だけどまた、それから流れてきた音声と映像に釘付けになる。
『それでは今夜は、――社のイギリス現地法人の…』
画面では、彼女の父の勤務先の重役が、誇らしげに自社の世界戦略を語っていた。
『――これからも当社は、イギリスとともに…』
その言葉に、忍足はウンザリとしてテレビを切った。
確かに、誇りなのかも知れない。
だけどそれにつき合わされるコッチは、本当にたまったもんじゃない。 
これが仕事じゃなくて旅行なら、行きたい時に行きたいところに行って、帰りたい時に帰ってこれるのに。
そうではないから、気持ちは沈むばかりだ。

彼女の父に言われた言葉が蘇る。
「本当に郁を想うなら、身を引くべきは君なんじゃないのか?」
一瞬同意しそうになるが、気をしっかり持って追い払う。
“彼女のために身を引く”なんて、そんなの偽善だ。
自分がカッコいいままで終わりたいだけのエゴだ。
家族よりも自分を選んだことを後悔させないくらい、彼女を大切にすればいい。
ただそれだけのこと。
少なくとも、以前自分と競りあったあの泣きボクロの彼なら、きっとそうやって闘っていただろう。
だから、自分も闘うだけだ。

今、願うことはひとつだけ。どうかこれがこの恋の、最後の“敵”になりますように。


***

家に帰ってきて、制服を着替えて、私はソファーに横になった。
今日も学校帰りにお父さんのホテルに寄ったら、今日も不在だと告げられた。
ヘコんでいても仕方がないのに、気持ちの落ち込みは止められない。
電話だって何度もしてるのに、着信拒否でもされてるんじゃないかってくらいに、繋がらないからなおさらだ。
「お父さん、忙しいのかな…」
それとも、もう話もしたくないってことなのかな。子供みたいなワガママばかりの、私となんて。
ここのところはずっと、悪いコトしか想像できない。
先輩がどんなに大人びていても、自分がこんなに好きでも、
お父さんにしてみたら、高校生の恋愛なんてただの“おままごと”なのかな。
…でも、この気持ちをそんな風には思いたくない。
狭いソファーで寝返りを打ったら、ふとテーブルの隅の小さなカレンダーが目に入った。
十一月と大きくプリントされ、画家の格好をしたクマが描かれている。だけど今は…。
「…変えなきゃ」
私は身体を起こして、カレンダーに手を伸ばした。
そう、もう十二月。クラスのコたちは、今日も「クリスマスどうする?」なんて明るく話していた。
だけど私には、そんなことを考えている余裕はもちろんない。
もうすぐ、お父さんがイギリスに帰ってしまうかもしれないんだ。
ここ数週間ずっと、お父さんを説得する方法を考えていた。でも、どうしても思いつかない。
一年半前、私はどうやってお父さんを説得して日本に残ったんだっけ? それすらも、もう思い出せない。
『――話にならないな』
不意にお父さんの声が聞こえたような気がして、私はかぶりを振った。
「ダメだよ… しっかりしなきゃ…」
カレンダーをめくって、元あった場所に置いて、部屋の中を見回した。
「…このおうちも、なくなっちゃうのかな」
十六年以上もずっと暮らしてきた、思い出の詰まった我が家。
じわりと視界がにじんで、私は目元をそっと押さえた。

そのとき携帯の着信音が鳴って、私は身体を震わせた。
おそるおそる電話に出る。
「…はい」
『郁、元気か?』
「忍足先輩… どうしたんですか?」
『また泣いとるんやないかって、心配になってな』
「別に、泣いてなんて…」
ないです、とは続けられなかった。喉がつかえて嗚咽が混じる。
先輩は軽く苦笑して、
『落ち込んでても状況変わらんのやから、元気出し』
その励ましに、でも私は素直になれなくて、先輩に向かって言った。
「…先輩ヨユウそう」
『センパイはオトナやからな。カラ元気っちゅうヤツや』
恨みがましい私のセリフに、先輩は優しい冗談を返してくれた。
そして、まるで子供をあやすみたいな口調で、続けた。
『郁、今はいろいろ不安やと思うけど、元気出してな。
それに、例え遠距離になったって、俺らならきっと大丈夫やで』
そのあとちょっとした世間話をして、私は先輩からの電話を切った。
そしてその場にしゃがみ込む。
“離れても”なんて、寂しがり屋で弱虫な私にとっては偽善でしかない。
一年半前に、お父さんたちと離れた時のことを思い出す。
最初はあの気持ちを何て呼ぶのかすら、わからなかった。
そしてしばらく経ってから、その気持ちの名前と、
離ればなれになることの意味を、イヤというほど理解させられた。
離れてしまったら、私じゃきっとダメになる。例え先輩が平気でも。
離れずにすむ、方法はたったひとつだけ。
私はもう一度制服に着替えて、家を飛び出した。


***

沈みゆく太陽が、眼下のビル群をオレンジに染める。
ここは、赤い表紙のガイドにも載る高級ホテル。
その高層階からの、眺めはやはり美しい。
客室のソファーで寛ぎながら、彼女の父はその眺望を見下ろしていた。
…もう何度も見ている景色に、特別な感慨はないけれど。
唐突に部屋の隅の電話が鳴り、彼は受話器を上げた。フロントからのコールだった。
『…本日も、お嬢様がお見えですが』
「ああ、いないと言ってくれ」
そうとだけ告げて、受話器を下ろす。
そしてまたソファーに戻り、小さく息を吐いてから、彼はまた腕を組んだ。


***

「…今日も、いないって言われちゃった」
瞳に涙をためたまま、彼女はホテルから出た。
父の携帯にダイヤルしても、やはり冷たいアナウンスが聞こえるだけで、
彼女の心の中には、やるせない思いが広がる。
まるで、真綿で首を絞められているような苦しさだ。
悔しさに唇を噛みしめて、郁は駅に向かって歩みを進める。
十二月に入った街は、クリスマスを祝うオーナメントで彩られ、いよいよ華やかになっている。
街路樹もシャンパンゴールドの電飾で輝き、エントランスに大きなツリーを飾っているビルも多くあった。
大きな横断歩道にさしかかり、郁は渡ろうと道の向こうに視線をやった。
だが、受け入れがたい光景を目撃し、彼女はぽつりとつぶやいた。
「なんで…?」
向こうには、スーツ姿の女性と話す忍足がいた。
まるでインポートの高級コスメのイメージガールのような女性と、
その横に並んで立つ、普段とは違う細身のジャケット姿の忍足は、
傍目に見れば、お似合いのカップルそのもので…
…もしかしたら、その女性はただの知り合いだったのかもしれない。
たまたま出会っただけ、だったのかもしれない。
しかしその光景は、今の彼女には到底受け入れられないものだった。
「あの人は… お姉さんじゃない」
彼女の脳裏に、父の言葉が蘇る。

『――さぞ人気もあって』

「…っ!」
踵を返し、郁は駅とは反対方向に駆けだした。
冬を迎えた東京の夜風は、身を切るほどに冷たかった。
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