*Short DreamT*

□【忍足】ロマンチックには程遠い
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空の色は、すでにもう真っ暗だ。

 自分の通う氷帝学園の高等部の近くにある予備校の校舎から出て、忍足はふぅと息を吐いた。今日は自分の誕生日でもあり、予備校主催の医学部模試の日。

 誕生日くらい、大好きな彼女とゆっくりしたかったけど

大事な模試があるなら、やはりそちらを優先しなくてはならない。

(ホンマにストレスフルやわ…… 受かったら絶対ハメ外したる)

 まずは可愛い彼女のはじめてを頂いて、それから……。そんなことを考えながらも、忍足は帰途につく。駅への道のりを早足で歩きながら、携帯を取り出してメールを打つ。

『模試終わったで。今からそっちいくわ』

 送信ボタンを押して、ポケットにしまった。



 にぎやかな大通りを早足で歩く。

 ザワザワとした街の声や、クルマのクラクションの音、ビラ配りの「お願いしまーす」という声が耳に届く。あと、アミューズメントスポットのうるさいくらいの音響も。

(こっちはずいぶん賑やかなんやな)

 そんなことを思いながらも、歩みを進める速度は早くなる。今日は彼女とケーキが自分を待っているから、やっぱり急いで帰りたい。だけど自分を呼び止めるその声は、真横から聞こえた。

「――あれっ、忍足…… だよね?」

 名前を呼ばれては無視できない。忍足は声の方に視線をやる。そこには今年の準決勝で対戦した、ライバル校の天才テニスプレイヤーがいた。

「久しぶりだね。キミも模試の帰り?」

 穏やかな笑みを浮かべながら、彼は忍足に近づいてくる。男性にしてはやや華奢で小柄な体格に、サラサラの金茶色のボブ。

 声をかけてきたその彼は、青春学園テニス部のナンバーツー・不二周助だった。

「……そうやで。つかお前いつから医学部志望になったんや」

 関わりたくなくて、忍足はつとめて無愛想に答える。早く帰りたいときに限って、なぜ知り合いに出くわすんだろうか。

「そんなに機嫌悪そうにしないでよ。先生にね、受けてくれって頼まれたんだ」

「……ああ、お前も成績よかったもんな」

「ふふ、キミほどじゃないよ。ボクは学年トップなんて取ったことないもの」

 不二は、口許に手をやりクスリと微笑む。

「…………」

 なんで他校生の成績知っとんねん、と思いつつも、忍足はそれには触れない。

「……がむしゃらに努力するようになったのは、かわいいカノジョができたから?」

 だが、スルーできない言い方をされて仕方なく口を開いた。

「浪人が嫌なだけやで。努力せんと受からん頭なもんでな」

 嫌味を込めて言い返す。

「……ずいぶん情報早いんやね」

 眉間に皺を寄せる忍足に、不二は笑顔のまま絡みつくような言葉を投げかけた。

「部活の後輩が話してたんだよ。知らずにメモ渡したら、キミに破り捨てられて睨まれたって」

「……ああ、あんときの」

 その時のことを思い出して、忍足は心の中で舌打ちをした。

 言われてみれば、あのときの男は青学の生徒だった。まさかテニス部だったとは。

「そっち方面も情熱的だったんだね。意外だったな」

「……なんやねん自分、さっきから」

 普段の不二は、こんなことで絡んできたりなんて絶対にしない。不機嫌な表情のまま、忍足は不二に視線を送った。ザワザワとした街の声が、いやに遠くに聞こえる。

「ふふ、ゴメンね。ちょっとうらやましかったんだ。ボクはそんなふうに、誰かを好きになったことなんてなかったから」

 そう答えて、不二はカバンから小さな封筒を取り出した。

「気を悪くしないで。これ、お詫びと誕生日プレゼント。フォトショップっていう写真を加工するソフトで作ってみたんだ。よかったら使って」

 忍足に一方的に押しつけて「じゃあまたね」と言って、不二は駅とは反対方向に歩いて行った。

 不審に思いながらも、忍足は封筒を開けて中身を取り出す。

「……ッ!」

 絶句し思わず中身を封筒に戻す。かわいらしいデザインのその洋封筒には、一枚の写真が入っていたのだが……

「……アイツっ」

 急いで携帯を取り出し、忍足は不二に電話をかけていた。



『何やねんアレは!』

 電話越しの忍足の怒声に、不二はうれしそうに答える。

「ふふ、グラビアでよく似た子がいたから、思わず遊んでみちゃった」

 その悪意のない声に、忍足の機嫌はさらに悪くなる。

『趣味悪いにもほどがあるやろ! アイコラみたいな真似すんなや。しかもグラビアやあらへんやろアレは』

「静止画の画像なんだから、グラビアでしょ?」

 悪びれもせず、不二はそんなふうに答える。しばらく無意味なやりとりをしたあと、画像の消去を約束させて、忍足は電話を切った。

「……ったく、天才の考えることはわからんわ」

 自分の二つ名のことも忘れて、忍足はそんなことを毒づく。

(いくら趣味が写真でも、あんなことせんやろ普通……)

 けれど、あの写真は忍足がどう頑張っても、頭から離れてはくれない。かぶりを振って、改めて忍足は駅に向かって歩き出す。

 しかし、モヤモヤとした情動は身体の中からとめどなく沸いてくる。そんな自分がイヤになって、忍足は駆けだした。駅まで走る間に、全てを忘れられればいいと願いながら。



「――模試お疲れ様でした、先輩! 今お誕生日のケーキ準備しますから、待っててくださいね!」

「……ああ、ありがとうな」

 電車を乗り継いで、忍足はかわいいカノジョの家に来ていた。いつもどおりの無邪気な笑顔を向けられて、なぜか罪悪感を覚える。もしかしたら、まっすぐココに来たのは失敗だったのかもしれない。

(……ああもう、あの画像全然頭から離れへんわ。ったく、不二のヤツ)

 行き場のない想いが、カラダの中で疼く。

 不二に渡された写真は、いわゆるセクシー女優の画像の顔の部分をいじったものだった。修正前の写真は知らないが、修正後の写真はあまりにも眼前の彼女にそっくりで、コラージュのようなものと理解していても、なぜか変な気分になってくる。

「ケーキと、あと先輩が前見たいって言ってた映画のDVD用意したんで、見ながら食べましょう!」

 にこにこと笑う彼女と、いまだに平常心を取り戻せない自分に一抹の不安を覚えたが、忍足は素直に彼女に従った。



 ふんわりとヘアコロンとおぼしきシトラスが香って、かわいらしい寝息が自分の耳元で聞こえる。

 たしかに映画は、予想だにしない難解な内容で微妙だった。自分も日頃の疲れかなんだか眠い。だけど。

(何でこのタイミングで寝るんやコイツは……)

 ソファーに並んで座っている忍足の肩によりかかって、彼女はすやすやと眠っていた。なぜかその頬はピンクに染まっていて、忍足はコッソリと息を吐く。

(ありえへんわ、つーか俺がおんのに寝るか普通)

 モヤモヤとしたイライラがフツフツと沸くが、テーブルの上に転がっている、洋酒入りチョコの包み紙を見て溜飲が下がった。

(……人の気も知らんとホンマに)

 肩から頭を外して、そっとソファーに寝かせる。本当はすぐにベッドに運んでやるべきなんだろうが、そんな気はおきなかった。

 だってこんな無防備な彼女を、ベッドに寝かせてしまったら、はじめては受かってからっていうあの約束が、守れるかどうかわからない。

 さっき見てしまったあの写真が、ずっと頭から離れない。あの瞳も、あの身体も、そっくりな別人だってわかっているのに。

 ベッドに寝そべり、Tシャツと下着をずり上げて、脚を開いて、潤んだ瞳で自分を見上げる愛しい彼女…… とうりふたつの別の少女。

 丈の短いスカートから伸びる、本物の彼女の脚を眺めながら

写真の彼女のそれと真剣に比較検討している自分に気がついて、忍足は思考を止めた。

(……なんで比べるんや、オカシイやろ)

 それが目当てなわけじゃないのに。

 邪念を消そうと、幼さの残る寝顔を見つめても、どうにも出来ない感情は、消えるどころか増幅される。

 キスをして抱きしめたことくらいもう何度もある。一人暮らしの自分の家に泊めたことだってあるのに、なんで今更こんな気持ちになるんだろう。

 こんなことになるんなら、跡部に勝って学年トップを取ったときに、ご褒美が欲しいとか言ってさっさと頂いておけばよかった。大学に受かったらなんて言うんじゃなかった。

 口車に乗せて強引に迫って、その場ではいと言わせるくらい、自分には簡単に出来たはずだったのに……。ほんの少しの後悔で、胸が苦しくなる。



 今でも時々、夢なんじゃないかって思うことがあるんだよ。ずっと好きで大切すぎて、だから触れることもできなかった君が、俺のとなりで寝息を立てているなんて。



 メガネを外してテーブルに置いて、彼女の髪をそっと撫でる。昔はわからなかった気持ちだ。

 手に入れることさえできれば、それで満足できると思ってた。でも実際に手に入れてしまったら、それだけではすまなくなった。

 自分だけを見て欲しい、失いたくない、ずっと自分の手の届くところにいてほしい。――触れたいときに、その身体に触れさせて。相手に対する欲望は際限なく沸いてくる。

「こんな苦しい思いさせられるなんて、ホンマ思っとらんかったわ」

 俺ばっかり、とも一瞬思ったが、いつか見た彼女の泣き顔が思い出されて、苛立ちが消えた。喉元には、以前自分がつけたキスマークが未だに薄く残っている。

「……まあええわ。空腹は最高のナントカ言うしな」

 そうつぶやいて苦笑して、忍足は彼女に上着をかけてから、いまだにDVDが流れ続けるテレビを消した。

 しばらく寝かせて、それから起こそう。だってまだ、ちゃんと「おめでとう」も言ってもらっていないんだから。

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