*Short DreamT*

□【跡部】眠る君に秘密の愛を
1ページ/1ページ

 テーブルの上には、昨夜のケーキと炭酸の残骸が散らかっている。そして、洋酒入りのチョコの残骸も……。

「……チョコレートで酔いつぶれるヤツなんて初めてだぜ」

 文句を言いながらも、跡部は彼女をベッドに運ぶ。起こさないようにそっと寝かせて、布団をかけてため息をついた。ベッドサイドに座り込んで、彼女の頬に触れる。柔らかな肌は、まだ熱を帯びていた。

 いまだに朱に染まった頬で、彼女はぐっすりと眠っていた。素肌に直接触れられているのに、何の反応もしない。反応がないのが寂しいような、だけど好都合なような。そんなふたつの感情をもてあましながら、跡部は今度は彼女の髪に触れた。指通りのいい、さらさらとした髪だ。

 不意に、こうしているだけではもの足りないような、そんな妙な気持ちに襲われる。だけど、あまりにもあどけない寝顔に、邪気を抜かれた。

「まあいいか、見てるだけでも」

 今だけはな、と心の中で付け加えて。彼女の髪をもてあそぶ。大好きな女の子に触れているはずなのに、なぜか家のペットを可愛がっているときのような、穏やかな気持ちになって。跡部はそんな自分に苦笑した。妹がいたらこんな感じなんだろうか。

「……ったく、俺がどれだけお前のことかわいがってるのか、ホントにわかってんのかよ」

 無邪気な寝顔に毒づくが、返答はもちろん返ってこない。ふと、ベッドサイドのクマのぬいぐるみが目に入って、跡部は喉を鳴らして笑う。

「……なんでコイツ、ウチのジャージ着てんだよ」

 前見たときは、無地のTシャツだったハズなのに。そのクマはなぜか、跡部たちがいつも着ていたあの氷帝のジャージを着ていた。しかもご丁寧に、クマの左手には赤いバラのようなものが、無理やり縫い付けられている。手作り感あふれる縫い目に思わず吹き出しそうになった。

「何だこれ、もしかして俺様のつもりなのかよ」

 立ち上がり、そのクマを手に取る。自分にはサルにしか見えないが、そのクマは女子高生に人気があって、皆それぞれ好きな衣装を着せてカスタマイズしているらしい。以前郁に聞いた話を思い出す。

「ガキくせぇ……。つーか、お前の隣には本物がいるんだから要らねぇだろうが」

 大事なぬいぐるみに、嫌がらせ半分で泣きボクロでも書き足してやろうかと思ったけれど、暗がりの中油性ペンを探すのは面倒で諦める。

 よく見ると、そのぬいぐるみはタグがついたままだった。  跡部はなんの気なしに、絵本のようなそのタグを開く。それには、そのクマのストーリーが書かれていた。『恋人が長い旅に出る前の夜、離ればなれでも寂しくないように、女の子はクマのぬいぐるみを……』よくある話に呆れてしまう。

「……ついていけばいいじゃねえかよ、そのカレシによぉ」

 ぬいぐるみで、寂しさを埋めようとするんじゃなく。少なくとも自分はぬいぐるみを贈られるより、ついてきてもらった方がずっとうれしい。……そう。新しい世界に踏み出すときはいつだって。自分は彼女と一緒がいい。

「イヤって言われても連れてくけどな」

 幸せそうな寝顔向かって、そんなことをつぶやいた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ