*Short DreamT*

□【忍足】僕だけの君でいて
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「――髪、切ったん?」

 吐息のかかる距離で、そんなことを言われて髪に触れられる。

 昼休みの、学校の図書館の奥。今ここにいるのは、私と忍足先輩の二人だけ。地下のあまり人が来ないこの場所は、内緒話をするのにピッタリなんだ。

「……ちょっとだけですけど、よく分かりましたね」

 薄暗い中で見上げる先輩は、やっぱりカッコ良くてドキドキする。

「お前のことなら、俺はなんだってわかるんやで」

 私の頬に手を添えて、先輩はいつもみたいに微笑んで……。

「だから、今朝駅でルドルフのオトコからもろとったラブレター、見してみ?」

 ムギュッと頬をつねられる。

「……見てたんですか」

「俺は朝の補講は行っとらんからな、時間ほぼ一緒なんやで。お前は気づいてへんかったと思うけど」

 そこまで言って、やっと先輩は私の頬をつねる手を離してくれた。心なしか、笑顔がちょっと引きつっててコワい。

「……もらったメモなら、もう捨てちゃいましたよ」

「ホンマか?」

 先輩は、疑いの目で私を見る。

「本当ですよ!」

 もちろんウソだ。ホントはメモはまだカバンの中にある。やっぱり、あんなふうにもらったものを捨てるなんてできない。

「……まぁええわ、何て書いてあったん。つか、知り合いなんか?」

「知らない人です。電車で見てて好きになったから連絡下さいって、名前と携帯の連絡先が」

 先輩はちょっと目を細めると。

「……これで三人目やね」

「二人目です! でもちゃんと断ってますよ?」

「人数なんてどうでもええわ! 断るんも当たり前や!」

 声のボリュームは落としたまま、先輩はどこか怒ったような様子で、私から距離を取った。腕組みをされて見下ろされる。

「お前は隙が多いからな。ちゃんと用心するんやで」

 なぜかトゲのある言い方をされて、思わず私は先輩に言い返していた。

「あんなのただのナンパじゃないですか! それに先輩だってすごくモテてるのに」

「はぁ? 何で俺の話になるんや。今はお前の話しとるんやろ」

「でも、私はちゃんと断って」

「そういう問題ちゃうわ! お前、俺の言いたいことわからへんの?」

 今度は呆れた表情で、先輩は溜息を吐いてこめかみに手を当てた。

 そのとき、予鈴が鳴った。もうすぐ午後の授業が始まる。

「……まあ、この話は今度でええわ。ほな週末な」

 先輩は不機嫌そうにそう言って、踵を返した。

「……なんで、あんな怒るんだろ」

 前はそんなことなかったのに、付き合いだしてから、先輩は時々私に細かいことで怒るようになった。もちろん納得できることが大半だけど。

(……ちゃんと断ってるのに)

 今回は納得できなくて、私は唇を尖らせて自分の教室まで走って戻った。



「……つかありえへんやろ。何であんなモテんねん」

 午後の授業には出ずに、忍足はテニス部の部室でそんな愚痴をこぼしていた。ソファーに腰掛け、頬杖をつきながら言う。

「あいつホンマ俺よりモテるんちゃうか」

「……お前も大変だな」

 さりげないナルシスト発言に引きつつも、宍戸は忍足をねぎらう。

「でも、学年次席がサボってていいのかよ」

 宍戸の当然の指摘に、だが忍足はイヤそうに返した。

「自習やったから保健室行く言うてきたわ。つか、サボリはお前らもやろ」

「俺らは内部進学だC〜」

 わざとらしい声が響く。ジローだ。

 三人はテニス部の正レギュラー専用の部室でサボっていた。今はもう秋で忍足たち三年生は引退してしまったから、こういうときでないと、もうこの部屋で寛ぐこともできない。

「……つか、結城、昔から割とモテてたぜ? 顔も悪くねえし、他の女と違って性格キツくねぇし」

 宍戸は苦笑する。

「郁、押しに弱そうに見えるもんね〜 本気で迫れば落とせそうって言ってたヤツ何人もいたC〜」

 どうでもよさそうにジローも同調したが。

「……ジローそれ言うとったん誰や」

 不機嫌そうに、忍足はジローを睨みつける。

「え〜 言ったら侑ちゃんその人のこと怒るでしょ」

「ハハ、俺なんて襲いてーとか言われてんの聞いたことあるぜ」

「…………」

 無言で立ち上がり、忍足は宍戸の襟元を掴んだ。

「俺が言ったわけじゃねえよ! 聞いてただろお前!」

「……ほんま悩みは尽きへんわ」

 宍戸から手を離し、忍足は再度ソファーに腰を下ろした。

「別に放っとけばいーじゃん! 郁は侑ちゃん一筋なんでしょ?」

 明るくジローは忍足を励ます。

「そうそう。それにお前だって、イケメンだしモテんだから気にすることねーよ」

 宍戸もジローに同意する。これ以上絡まれてはたまらない。

「……まあ、確かに俺以上のスペックのオトコは、そうそうおらへんやろうけれども」

 そう言って髪をかきあげる忍足を見つめて、宍戸は言った。

「お前、最近跡部に似てきたよな」



(……信じてないわけやあらへんし、自分に自信がないわけでもない。だけど、やっぱイヤやねん。これが独占欲っちゅうモンなんかね)

 部室を出て、忍足は保健室に向かう。本当に具合が悪い気もするから、休ませてもらおうかなどと考えながら。すると。

「―――!」

 忍足は、知った顔を見つけて息を呑んだ。渡り廊下で談笑する、郁と跡部だ。廊下は二階にあるけれど、下からでもその様子はよく見える。

 違和感なく、跡部は郁の髪に手を伸ばす。髪に触れられているのにも関わらず、郁は全く意に介さない様子で、跡部と視線を絡ませて笑い合っていた。

「何やアレ……」

 忍足は無意識にそんなことをつぶやいて、目を伏せる。

(しばらく前まで付き合うとったんやし、別にええんやけど……)

 けれどその瞬間。なぜか脳裏に、跡部にキスをされている彼女の姿が妙に鮮明に浮かんだ。忍足の脳内の跡部は、そのまま彼女を抱きしめて押し倒す。

「……っ!」

 付き合っていたとき、彼女は跡部にそんなことをされていたんだろうか。

(あの跡部が手ぇ出さんなんてありえへんし、それに郁だって)

 無意識にずっと考えないようにしていたことを、急に突きつけられて動揺する。

(……でも別に、あいつらが悪いわけやあらへん)

 強いて挙げるとすれば、悪いのは、大好きな女の子をひとときでも他の男に譲った自分だ。それはわかっているのに。

「ホンマ、けったくそ悪……」

 イライラなんて生易しいものじゃない、どうしようもない苛立ちを抱えて二人を見ないようにして、忍足は保健室に向かって走った。



 その日の夕方。三人は、学校近くのファミレスにいた。

「……侑ちゃん機嫌直して? いい加減ウザイし」

「…………お前は相変わらず自由やな」

 ジローの露骨すぎるお願いを、忍足はそう一蹴した。

「だから、気にしなけりゃいいだけだろ。つか何で俺らオトコ三人でこんな話題」

 そんな二人を宥めようと、宍戸は忍足を慰める。

「お前らしかこんな話出来るヤツがおらへんからや」

 やはり機嫌が悪そうにそう言ってから、忍足はテーブルのコーヒーをあおった。

「てゆーか、侑ちゃんこの集まりの目的忘れてない?」

「忘れとらへんよ、鳳と日吉きたらちゃんと祝うたるわ。そんで二次会はビリヤードやろ」

 機嫌を直そうともせず、忍足はそう答える。仕方がなさそうに、ジローは肩を竦めた。

「――お待たせしてすみません、宍戸先輩! お誕生日おめでとうございます!」

 出し抜けに、そんな声が聞こえて、宍戸の目の前に真っ赤なバラの花束が差し出された。突然の意外すぎる出来事に、忍足たち三人は絶句する。

「あれ?」

 花束の主は、ポカンと立ち尽くす。

「……だからそんなんやめろって言ったんだ俺は!」

 立ち尽くす彼に、日吉は焦って耳打ちをした。花束の主を見つめて、宍戸は言う。

「……長太郎、お前も跡部に似てきたよな」

 必死に否定する鳳を横目で眺めながら、忍足はまたコーヒーを口に運ぶ。だけど彼の脳内では、昼間見た郁と跡部の姿が、いつまでもリピート再生されていた。



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