*Short DreamT*

□【忍足】君がいてくれるから
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 東京の街に雪が舞う、一月のとある週末。ここ氷帝学園高等部も、心なしかピリピリしたムードに包まれる。今日は、大学入試センター試験だ。

 朝起きて時間を確認してから、私は先輩に激励のメールを送る。『がんばってください! 応援してます』そして携帯を閉じる。今日が本番。全ての努力はこの日のために、してきたって言っても過言じゃない。私に出来ることなんて、応援メールをすることくらいだけど……。

 テレビをつけて、チャンネルをニュース番組にあわせる。ちょうど、そのことが報じられていた。『今年の受験者は約五十二万人で……』こげ茶色の講堂をバックに、アナウンサーが交通情報を読み上げる。結構雪が降ってるけど、幸いにもダイヤの乱れはなかった。

「……よかった」

 そうつぶやいてから、私はテレビを切った。

 落っこちたら、お前に一年会えへんくなる。前に言われた言葉が蘇る。会えなくなるのもつらいけど、だけどそれよりも、今までずっと頑張ってきた忍足先輩の努力が、報われたらいいな。



***



「……あ、ドレッシング切れてる」

 冷蔵庫を開けて、私はそんなことに気がついた。時計を見ると、もう夜の九時前だった。

「コンビニ行こっ」

 私はコートを羽織って、財布をカバンに入れて飛び出した。

「……寒いな」

 両手をこすりあわせながら、私はブーツで住宅街を歩く。吐く息が白い。銀世界ってほどじゃないど、結構積もってて、スニーカーで来れば良かったって後悔した。街路樹の積雪がとても綺麗だ。

「そうだ!」

 コンビニに行く途中にある小さな公園のことを、思い出して私は声を上げた。

(せっかくだし)

 思って私はそっちの方に足を向ける。雪国出身の子には怒られちゃうけど、やっぱりまだ雪が降るとわくわくする。ほんのちょっとだけ寄っていこう。

 「――忍足先輩?!」

 公園に着いた瞬間、意外すぎる人の姿が目に入って、私は思わず駆け寄った。

「……っ! 何しとんねん、郁」

 ちょっとやつれた表情の先輩は、私に気がついた瞬間、目を丸くして驚いた。



「……ホンマびっくりしたわ。何しとんねん、こんな時間に」

「ちょっと、コンビニ行こうって思って…… 先輩はどうしたんですか?」

「……ああ、俺もコンビニ行こ思うてな」

 先輩はそう言って軽く微笑んだ。だけど、暗闇の中でも分かるくらい、先輩の具合は悪そうだ。

「……大丈夫ですか? 何か調子悪そうですけど」

「別に平気やで。 ……でもちょっと、最近なかなか飯も食えんくてな」

 自嘲気味に、先輩は苦笑した。センター直前は、高三の外部受験の先輩たちはみんなピリピリしてたけど、忍足先輩も例外じゃなかった。先輩の志望校の、前期のボーダーを思い出して胃が痛くなる。センター得点率九十%なんて、私なんかじゃ絶対ムリだ。

「そんな顔すんなや、俺ならホンマに平気やから」

 先輩はまた苦笑して、手袋をはめた手で私の頭をくしゃって撫でた。

「で、でも……」

「……ホンマに、お前とおると癒されるわ」

 私を見つめたまま、先輩はふっと笑った。

「本当は、今日お前に会いたかったんや」

 微笑んだまま、先輩は続ける。

「そんで、伝えたかったねん。センター九割いけたって」

「ホントですか!?」

 嬉しくて、私は思わず声を上げていた。

「そんな喜ぶなや、本番は明日の数学と来月の二次試験やで」

 冷静にそんなことを言ってるけど、先輩はとっても嬉しそう。明日も上手く行くといいな。心の中で、そっと願った。

「……春になったら、俺らは何しとるんやろうな」

 不意に視線を外して、先輩はそんなことをつぶやいた。きっとそれは『受験が終わって春になったら』ってことなんだと思って、私は答えた。

「桜の木の下で、みんなに胴上げしてもらってると思います」

 先輩は、クスリと笑った。

「本郷の大学の合格発表みたいやな」

 俺の第一志望はそんなんやっとるんかな、って言って、先輩はまた遠くを見つめた。

 浪人になったって、私はずっと待ってますって励ましたかったけど、縁起が悪いからやめておいた。

 ……受験が終わって春になった時、私たちはどうしているだろう。出来ることならよかったねって、笑いあっていられればいいな。もしかしたらその前に、卒業式で涙を枯らしているかもしれないけど。

 忍足先輩は小さく息をついてから、私に片手を差し出した。

「……ほな、コンビニ行くで」



「てか、雪なのになんでそんなクツ履いてくんのや」

 早速、私は先輩にツッコまれる。

「……ヒールのないクツってやっぱイヤなんです」

 唇を尖らせて、私は先輩に言い返す。

「うちの姉貴みたいなこと言うなや」

 溜息と一緒にそう言って、でも急に先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「……コケても今日は面倒見てやらんで?」

「コケませんし! それに転んでも一人でなんとかできますっ」

「ホンマか〜?」

 そうやって、また私のことからかうけど、でも、優しい先輩は例え今日でも、私に何かあったら絶対助けてくれる。今年の春から秋にかけて色々あって、私はそんな図々しい確信を持つに至った。

 だけど、当たり前だけど変な心配はかけたくないし、できればこれからは私も、大好きな人を支えたり、助けてあげたりできる子になりたいな。

 そうこうしているうちに、コンビニの明かりが見えてきた。



 それぞれの買い物を済ませて、私たちは帰路につく。真冬だからか、夜空の星の瞬きが見える。吐く息が白くなるくらい寒いけど、忍足先輩と一緒なら、それだけで温かい気持ちになれる。

 だから、そんな先輩の力になりたくて、私は自分に出来ることを必死に探した。あ、そういえば。ひとつだけあった。私が先輩のためにできること。

 「……先輩『あの約束』覚えてますか?」

ちょっと照れるけど、私は先輩にその話を振った。

「覚えてへんなぁ」

「ウソっ!?」

「ウソや」

 また、ニヤニヤと笑われる。だけど、先輩は急に真顔になった。

「もちろん、ちゃんと覚えとるで」

 真面目な顔で言われて、頬がちょっと熱くなる。だけど、私は先輩の目を見つめて言った。

「じゃあ、ちゃんと約束果たしてくださいね。私、待ってますから」

「……ほんなら、ちゃんとお姫様迎えにいけるように頑張らんとアカンな」

 ちょっとだけ改まった様子でそう口にして。先輩は、いつもより格好いい笑顔を私にくれた。

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