*Short DreamT*

□【跡部】最初からこうなることを知っていた
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 書類を睨みながら、ため息をつく。ダメだ。今日は全然身がはいらない。最悪な夢見のせいだろうか、それとも昨日の夕方またジローと揉めたせいだろうか。書類を置き、生徒会室を見渡す。

(――ああ、そういやぁここで告白したんだったな)

 そんなことが思い出されて、自嘲気味に薄く笑う。こんなことをいちいち思い出す性分ではなかったが、こんなに感傷的になってしまうのは、その彼女を失ったからだろうか。……郁との思い出が蘇る。

 存在自体は知っていた。大人しそうな、いかにも男好きする可愛らしい容姿。やっぱりモテるらしいことを聞いたけど、最初は興味も沸かなかった。初めて興味が沸いたのは、あの手塚が玉砕したということと、どうやら忍足もあいつが好きらしいということを知ってから。

 だけど、あのとき見せられた泣き顔で、ただの興味は全く別の感情に変わった。あの時の衝撃はまるで突き落とされるかのようで。……あの気持ちは、一体何て言うんだろう。



 急いで走って、生徒会室までたどり着いた。春の終わりに、ここで告白されたことを思い出して涙がにじむ。

 同じ場所で、今度は自分がする方に回るんだと思ったら、なんだか今までの出来事は、ぜんぶ跡部先輩に仕組まれてた運命なんじゃないかって、そんな錯覚すら覚えた。

 ノックをすると耳慣れた声の返事が聞こえて、また心拍数が上がった。おそるおそる、私は生徒会室の扉をあけた。

 扉をあけた瞬間メガネをかけた先輩と目が合って、思わず私は扉を閉めた。でも、そんなことをしてもしょうがないから、私はまた扉を開けて中に入った。

「……何がしたいわけ? お前」

 跡部先輩の呆れたような口調に、ちょっとキズつく。

「……えっとあの、私」

 勇気を出して、先輩に大事なことを伝えようとした瞬間。先輩の携帯が鳴った。不機嫌そうに舌打ちをして、だけど着信者名を確認して、先輩は電話に出る。

「――何かあったのかよ。……え? 来たけど。 ……何だよ? ……はぁ!?」

 尋常じゃない先輩の語気に不安になる。何かあったのかな。……なんだか今朝は、タイミングが悪いことばっかりだ。

 電話を切ったあと、跡部先輩はツカツカと近づいてきて、怒ってるみたいな顔で私を見下ろした。

「――お前、ネクタイどうしたんだ」

「……忘れちゃって」

「――ふざけるなよ!!」

 絶叫にも似た罵声に、私は体を竦ませる。

「さっきの電話、誰からだったと思う?」

「……日吉くんですか」

 それ以外考えられない。もう隠せないと思った私は、正直に答えた。

「そうだよ! 日吉だよ! 部長になったばっかで、めちゃくちゃ大変で忙しいのに、アイツは! わざわざ! お前心配して部活こっそり抜けて俺に電話してきたんだよ!」

 震えた声で怒鳴られて、罪悪感で苦しくなる。日吉くんにまで、私迷惑かけちゃったんだ……。

「俺のことで、三年の男どもに絡まれて取られたんだろ。何でそんなナメた嘘つくんだ。日吉に助けられといて、俺にバレないとでも思ってたのかよ!」

 ナメた嘘。そのコトバが胸に刺さる。そんなつもりじゃなかったのに、そういうふうに思われるんだ。

「……だけどオマエは、忍足になら素直に話すんだろうな」

「え……?」

 意外な人の名前が出てきて、私は思わず跡部先輩を見上げた。



 イライラして止まらない。もう自分じゃどうにも出来ない。三年の男どもにちょっかいを出されたということも、それを隠されたということも、助けたのが俺じゃなくて日吉だったということも、忍足になら話すんだろうということも、全てにどうしようもないくらい腹が立つ。

 だけどこんなナメたマネをされても、どうしても嫌いになれない。俺は本当にバカだ。なんでこんな女なんか。

「……っ!」

 あまりにもムカついて、俺はアイツに背を向けた。

「あ、跡部先輩……っ!」

「……出てけよ。お前なんて最初から、どうせ俺のことなんて、好きでも何でもなかったんだろ!」

 あの笑顔も、決勝の夜のキスも、離れたくないって零したあの涙も、全部嘘だったのかと思うと、悲しさと悔しさでやりきれなくなる。

「違います! 私、跡部先輩のことが本当に」

「……今更」

 俺は吐き捨てた。

「ネクタイ取られたの、嘘ついてごめんなさい。私、先輩に余計な心配かけたくなくて……。忍足先輩でも言わなかったです」

「ウっソくせ……」

 もう何を言われても信じたくない。それぐらい、今回の嘘は許せなかった。でもこんなくだらない嘘が、何でこんなに許せないのかと考えて、やっぱり好きなんだと思い知る。

「……昨日ね、私学校休みだって勘違いしてて、一日中ずっと空港でボーッとしてたんです」

 急に話が飛んだから、俺は彼女を振り返った。

「そしたら夕方、忍足先輩が探しに来てくれて、家出みたいなことするなって怒ってくれて」

「また忍足かよ……」

 たどたどしく必死に話す姿に心が揺れるが、性懲りもなく他の男の名前を出されて殺意が沸いた。

「でも、せっかく忍足先輩が来てくれたのに、私、跡部先輩に来て欲しかったのにって思ったんです。だから」

「……っ!」

 自分の方が上だと言われて動揺する。こんなヤツにほだされるな! 理性は喚くが、本能は聞き入れない。

「先輩すごくモテるし、告白だって嘘くさかったし、私なんて遊ばれてるんじゃないかとか、ずっと近くにいてくれた忍足先輩と、付き合った方がいいんじゃないかとか思ったけど」

 彼女は涙をこぼしながら、けれど精一杯自分の気持ちを伝えようとしてくる。そういえば、俺に対してここまで必死になるこいつを見たのは、初めてかもしれない。

「でもやっぱり私、跡部先輩がいいんです! 先輩がもう私のこと嫌いでも、今私が一番大好きなのは跡部先輩なんです! 忍足先輩への好きとは、全然違う気持ちなんです!!」

 彼女は泣きながら、そんなことを叫んだ。それが、俺の理性が本能に負けた瞬間だった。

「……でも、先輩がもう遅いって言うなら」

 ――ダンッ! 生徒会室のドアを開けて、逃げようとした郁の退路を俺は乱暴に塞いだ。扉を片手で押さえつける。

「……もっぺん言えよ。俺が一番好きだって。忍足なんかとは、全然違う好きなんだって」

 やっと勝てた。彼女の心の中に、ずっと居座り続けていたアイツに。たったそれだけのことが、嬉しくてたまらない。

「あいにくな、俺はお前のこと遊びだなんて思ったことは、ただの一度だってねぇんだよ!」

 もう一度、彼女を信じてやり直そう。付き合って数ヶ月、やっと両思いになれた今日から。そういえば『遊びじゃない』ってちゃんと伝えたのも、思えば今が初めてな気がする。

 やっぱり不安にさせていたんだろうか。生まれ持った圧倒的な美貌と魅力が、少し憎く感じた。

「……もう俺から離れるな。嘘もつくな。心配もさせんな。何かあったら一番に俺に全部話せ。今度隠し事したら、絶対に許さないからな」

 ドアに片手をついたまま、俺は彼女に言いつのる。そして抱きしめた。

「……イギリスについて来てくれよ。頼むから」

 こんな姿、絶対に部の連中には見せられない。その時に即答はされなかったけど、今でも俺はあれが決定打だったと信じている。かけていたメガネをそっと外して、俺は郁に口づけた。



 その日の夕方。久しぶりに俺は、ジャージ姿でテニスコートに向かった。かわいい後輩にいつものように絡む。

「よぉ日吉。試合しようぜ? お前、こないださせてくれって言ってたよなぁ」

「……何なんですか跡部さん。いやに機嫌いいですね」

 後輩もいつものように返してくる。

「何かあったんですか?」

「お前になんて、教えてやんねぇよ」

 ――そう俺は、最初からこうなることを知っていた。だって、アイツが俺のことを忘れられるわけなんてないだろ?口角を意識して上げてから、俺はいつもと同じ笑みを浮かべた。
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