*Memo*

□【謙也】遊園地デート!?
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◆番外編



「ううう…… 最悪や……」

 ベッドから漏れてくる苦しげな呻きを聞きながら、財前はぽつりとつぶやいた。

「……謙也さんが二日酔いって珍しいっすね」

 安定の真顔でどうでもよさそうにそう言って。財前はベッドサイドに腰を下ろした。手に持っていたトートバッグとコンビニのレジ袋を脇に置いて、カーペットの上にあぐらをかく。

 ここは一人暮らしの謙也の部屋。彼が通っている大学のほど近くにある小綺麗なマンション。

 財前はレジ袋からウコンのドリンクを取り出すと、枕に顔を押しつけながら、うつぶせに寝ている謙也に差し出した。せっかくの週末だというのに、これだけのために呼び出された。

「どうしたんすか、一体。……はい、ウコン買うてきましたよ」

「……ありがとな」

 そう言って、謙也は身体を起こすと。ドリンクを受け取って、開栓して一息にあおった。喉を鳴らして飲み干して、大きく息を吐く。

「……昨日ユーシと飲み比べしたんや。危うく救急車呼ばれるところやった」

「……ほんま最低っすね」

 急性アルコール中毒は命に関わる。

「飲み比べとかアホちゃいます。ダメ大学生の見本っすわ」

 あまりにも下らない二日酔いの理由に、財前はそうつぶやいた。そのあたりは一番分かっていそうな医学部同士で、一体何をやっているのか。

「アイツが悪いんや。ユーシが……」

 しかし謙也は懲りもせず、相手のせいにしようとしている。けれどこのタメ年のイトコが絡むと、謙也には何を言っても『無駄』なのだ。元部長に教わったこと思い出し、財前は話題を変えた。

「つか、何で俺なんすか。カノジョ呼べばええのに」

 意外なことに、現在謙也には付き合っている彼女がいる。物好きな女子もおるんやな、というのが財前の感想なんだけど。謙也ともお似合いの、穏やかで面倒見のいい子だ。ちなみに犬が好きらしい。

「妹の試験勉強見てやらなあかんのやって…… 白石にも今日はあかん言われてもうた」

「……ほんましゃあないっすわ」

 けれど、やはり当たって断られたあとだった。財前は小さく肩を竦めた。

「……でもアイツほんまに優しいんやで」

「……は?」

 アイツとはもちろん彼女のことだ。水を向けられて思い出したのか、謙也はやおら惚気はじめる。

「めっちゃ妹想いでな、今日もな……」

「……その優しさ、謙也さんには何ひとつ向けられてませんけど、それでええんですか」

「や、まあ確かに今日はあれやけど普段は……」

「……俺に言い訳してくれんでもええですよ」

 どうやらまだ謙也の身体には、大量のアルコールが残っているらしい。真面目に相手をしてもしょうがないと判断し、財前は謙也の弁解を遮った。

 まるで子供をあやすように、彼の身体で膨らんだ布団をポンポンと叩く。

「それより、酔っぱらいはちゃんと寝とってください。あとおかゆも買うてきたんで、欲しかったら言うてくださいね」

 何だかんだ言っても財前は優しい。そして意外と面倒見がよい。小さな甥っ子のことも、普段からこうしてあやしているのだろう。

 財前に言われるがまま布団にもぐり込んだ謙也は、こっそりと彼の方を見た。いつの間にか取り出していたスマホをいじる横顔はすっきりと綺麗で、女子が騒ぐのも納得のイケメンさだった。

 囁くような声も耳に優しく、二日酔いで痛む自分の頭にも響かない。淡泊に見えるけどよく気がついて、介抱要員にはうってつけで。

(何や、やっとコイツがモテるん分かったわ……)

 何事にもきちんと理由があるのだ。謙也は改めてそれを実感する。彼女と付き合い出したばかりで、まだぎくしゃくしていた頃。謙也はずっと財前に相談に乗ってもらっていた。

 今はいい関係を築けているけど、それも全て財前のおかげだ。もう自分は、彼に足を向けて眠れない。

 そういえば。ふと謙也は思い出す。その彼女と、今度出かける約束をしていたのだ。行先は有名なテーマパーク。せっかくだからまた相談に乗ってもらおう。謙也はベッドから身体を起こした。



「……そんなとこ行くんすか。この寒いのに」

「せや、羨ましいやろ」

「全然っすわ。つか、遊園地も普通にオフシーズンでしょ」

「だからええんやろ。待たんですむ」

「それ、謙也さんの都合やないすか」

 相手の女子はそれでいいのかと、財前は呆れる。

「ちゃうねん。アイツが脱出ゲーム行きたい言うとんねん」

「ああ……」

 そういえば、テレビや駅でも宣伝を見かけた。人気ゲームが下敷きの、襲いくるゾンビから逃げながら洋館を脱出するアトラクション。

「それならええんちゃいます? わりと楽しそうですし」

「せやろ」

「でも謙也さん、いくら怖くても彼女置いて一人で逃げるんはナシですよ」

「せんわそんなん!」

 これぞまさに関西ノリ。恋愛相談というよりは漫才だ。

「ちゃんと一緒に逃げるわ。あ、でもアイツ足遅いから俺がかついでやらんとな」

「そこはお姫様抱っこでしょ」

 男兄弟育ちのせいなのか、謙也の思いやりは時々ズレている。けれど、そのズレを矯正してやるのも財前の大事な役割だった。

「米俵じゃあるまいし、かつがんといてください」

 せっかくのヒーローが台無しだ。

「……ほんまに冗談きついっすわ」

 ぽつりとそうこぼしてから。しかし財前はうっかりと口を滑らせてしまう。

「まあ重さは似たようなもんですけど」

「えっ、そうなん? 女子そんな重いん?」

「……」

 相変わらずのノーデリカシー。財前は無言で視線をそらす。

(……そこはスルーするとこでしょ)

 しかし謙也は気になって仕方がないようだ。真顔で訊いてきた。

「財前、米俵って何キロ……」

「……知るわけないでしょ。ネタにマジレスきもいっすわ」

 ほんまに相変わらずやなこの人は。

(でも、謙也さんと一緒に遊園地とか、何やむっちゃ楽しそうやわ)

 こっそりと後をつけて、デートの様子をのぞいてみたい。財前は不埒なことを考える。

(……チューするならセントラルパークのベンチがええですよって、あ とで教えたろ

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