*ねこのひかる*
□11 最後の夜
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静のしなやかな裸身を手のひらでなぞるたびに、彼女は身体を震わせて、熱い吐息にあえかな声を漏らす。
触れたら反応があることが、自分の愛撫のたびに静が反応を返してくれることが、光にとっては涙が出るほど嬉しい。
昔は自身の欲望を鎮めるために、眠っている静の身体に、本人に気づかれないように触れていたこともあった。
あのときは最低なことをしている自覚と、苦しいほどの罪悪感の中、自分を抑えながら彼女の身体を愛撫していたけど。
今はもう、そんなことを気にする必要はない。何の遠慮もなく全力で、彼女を愛せる。
たった一度きりだけど、合意の上での営みはなんて幸せなんだろう。静とこうなれるなんて、どんなに好きでも不可能なんだと思っていた。まるで夢のようだ。
「……ッ、静」
「光……」
「静、好き……」
「私も……」
互いに名前を呼び合って、愛を囁き合って。光は静の頬に口づけて、細い首筋に顔を埋めた。
唇にキスはできないから、他の場所にするしかない。首筋やデコルテのなめらかな素肌に、光は唇や舌を這わせてゆく。
乾ききっていない艶やかな髪からのシャンプーの香りを楽しみながら、光は自分の手のひらを彼女の下方にすべらせた。
柔らかな胸の膨らみを包み込むようにして揉みながら、光は静の首筋に歯を立てる。雄猫らしい性衝動の発露だ。
「……ッ」
静は息を呑み一瞬だけのけぞると、しかし恥ずかしそうに唇を噛んだ。その仕草の意図を察した光は、静の耳元で囁きかける。
「……声、我慢せんで」
熱を帯びた囁きに苦しいほどの切なさをにじませて、光は静にそうねだる。
最初で最後だから。光は静の全てをしっかりと自分自身に焼きつけたかった。脳髄を麻痺させるような甘い喘ぎも熱い吐息も、真っ白な裸の身体も、全部。
「……光」
まだ恥ずかしそうにしながらも、けれど静は光に乞われるまま、声や喘ぎを我慢しないようにする。とはいえ、初めての行為で羞恥心を捨てられるはずもなく、静の喘ぎは控えめだった。
しかし、愛しい光の愛撫は静が戸惑ってしまうほどに心地よく、彼女の身体はどうしようもないほど昂ぶって。静は思わず真っ白な身体をよじっていた。その場所が熱く潤んでゆくのが自分でも分かる。
光は静の首筋を何度も甘く噛みながら、先ほどまで彼女の胸の膨らみを愛していた手のひらを、彼女の下部に進めてゆく。腹部や腰をなでながら下方に降りて、彼女の太ももに触れる。
じれったそうに、静は身じろぎをした。そんなところじゃなくて、早くもっと深い場所に触れて欲しい。
静の太ももをゆっくりと往復していた光の手のひらは、いつしか彼女の脚の内側に入れられる。反射的に静は緊張に息を詰め、身体を固くする。そんな彼女を落ち着かせるように、光は改めて声を掛けた。
「……力抜いて」
「うん……」
彼に言われるがまま、静は強張った身体を緩めようとする。
緊張はいまだに抜けないけれど、自分なりに心を落ち着かせて、ゆっくりと深呼吸をしながら身体を弛緩させていった。すると。
「……っ」
静の全身にむず痒いような不思議な心地よさが広がった。まるで水面をたゆたうような浮遊感だ。これが愛の営みの快楽というものなのだろうか。
自分の知らない感覚に戸惑いながらも、静は光の指先がもたらす心地よさに身体を委ねる。今夜は身も心も彼に預けて彼の全てを感じたい。そして。
「――ッ!」
静の身体を電流にも似た甘い刺激が駆け抜ける。下着の上から、光が静のその場所に触れたのだ。
しかし、静は深く息を吐きながら再び身体を弛緩させると、光の指先を招き入れるように自ら脚をわずかに広げた。
熱く甘い息遣い、ときおり漏れる羞恥と悦びの混ざった喘ぎ。静のそれを感じながら、光は彼女の身体のさらに奥まで分け入っていく。
薄い布越しにひっかくように、なぞるように。割れ目を刺激するたびに、静は光に応えるように甘い声を上げる。
静のそこは下着越しでも分かるほどに柔らかく熱くなっていた。じんわりと沁みだした水のような体液が、下着を濡らし光の指先までも湿らせる。
「……っ、ひかる」
とろんとした焦点を失いかけた瞳で、静は彼を見上げてくる。いかにも物欲しげなその表情に、光はつい口元を緩めてしまう。
「……静、きもちええ?」
「……きもちいい」
恍惚に浸りきった様子のはにかみ笑顔は愛くるしく、光は満足げに笑う。そして。
「……脱がすで?」
静の下着に光の指がかかった。返事の代わりに静は腰を浮かせる。下着がするりと脱がされて、静は一糸まとわぬ姿になった。
光もまた下着を脱ぎ捨てると、静のむき出しのその場所に優しく触れた。
「ッ!」
静は緊張に息を詰めるが、光に抵抗したりはしない。それどころか、深く息を吐いて、熱く潤んだ自分自身を光の前にさらけ出す。今までの丁寧な愛撫によって柔らかくなっていたそこは、彼の指を素直に受け入れた。
これまで誰の侵入も許したことのなかった、ぎごちなさはあっても。静のその場所は光が指を動かすたびに、粘性の水音をさせながら、彼の思い通りに形を変える。
「……あっ……ん……」
光にその場所を広げられながら、静はうっとりと声を上げた。自分の体内でゆるゆると動く彼の指先はたまらなく心地よく、静は恍惚に浸りながら一糸纏わぬ白い身体をのけぞらせる。
光は静の反応を確かめながら、彼女のそこに差し入れている指をさらに増やして、熱く濡れた内側をよりいっそう大きくかきまぜた。
「あっ…… ひかるッ……」
身も心も、全てを彼に委ねて。自分自身の全てを光に見せながら幸せそうに喘ぐ静は、息を呑むほどに可愛らしい。 愛くるしくも淫らなその姿から、光は目が離せない。
「……ッ、静 ……めっちゃかわええ」
光は身体をよじって悶える静を見おろしながら、彼女のその場所のさらに深くまで指を進める。
光の指遣いに応えるように、静の喘ぎがさらに甲高くなってゆき。ひとときの間、常夜灯のともった寝室に淫猥な水音と静の甘い喘ぎだけが満ちた。
気が済むまでそうしてから。光は静のそこから指を抜くと、彼女の膝裏を掴んで脚を大きく広げさせた。
「ッ、光……」
羞恥に戸惑う静に構わずに、光は静のその場所に張り詰めた自分自身をあてがった。いよいよそのときがやってくる。静は息を詰め、怯えと期待に長い睫毛を震わせる。そして。
「……ッッ!!」
自分自身の内側が、固さを持った何かに押し広げられてゆく痛みに、静は眉を寄せて呼吸を止めた。小さな抜き差しを繰り返しながら、少しずつ回数を分けて。光は充血しきった自分のそれを彼女の中に沈めてゆく。
しっかりと慣らしたとはいえ、今夜が初めての静にとっては、その圧迫感はやはりすさまじく。静の額に汗が浮かび、眉間の皺がさらに深く刻まれる。
けれど、大切な光がくれるものなら、この痛みすらも愛おしい。静はシーツを握りしめながら痛みに耐える。長いのか短いのか、分からないほどの時間が経って、ようやく。彼の動きが静止する。
「は……ッ」
光は小さくため息を漏らすと、静に心配そうに尋ねかける。
「……静、平気か?」
苦しそうにしながらも、静は小さく頷く。痛みに声が出ないのだろうか。
「……ごめんな、もう少しやから頑張って」
優しくそう囁きかけると、光は静の目尻にキスを落とした。その温かな思いやりに、静の表情がわずかに緩む。今度は彼女の頬にキスをすると、光は再び口を開いた。
「……静とこうなれて、めっちゃ嬉しい」
吐息交じりの切なげな囁き声に、静の目尻をもう何度目かの涙が伝う。
――私もだよ。そう答えたかったが、静の唇に言葉は乗らない。しかし、口にせずとも光には伝わっているはずだ。
身体を繋げて、光は静とじっと抱き合った。抱擁を続けながら、光は彼女からほんのわずかに身体を離すと。彼女の気を散らして痛みを和らげようと、その顔中に口づけを落としていった。
泣きぬれたまなじりに、なめらかな頬、そして自然な流れで、光は静の唇にキスをしようとして。
「……ッ!」
息を呑み、寸前で制止した。唇を重ねたら自分は猫に戻ってしまう。光は誤魔化すように彼女の頬にもう一度口づけて、細い首筋に顔を埋めた。
せっかく念願かなって裸の身体を重ねているのに。そこにだけ触れられないのが、どうしようもないほど苦しい。
禁じられると、よりいっそう焦がれて切なくなる。しかし、こればかりは自分にはどうすることもできない。
だけど、それでもいい。たとえたった一度きりの愛の営みで、唇に口づけることすら叶わなくても。大好きな静と身も心も結ばれることができた、もうそれだけで充分だ。
愛する人と肌を重ねる尊さと素晴らしさを想いながら、光は静の身体を夢中で感じた。真っ白な肌の滑らかさ、彼女の匂い、温かな体温、そして心臓の鼓動に至るまで。
ゼロセンチの距離で重なり合う素肌。世界で一番お互いを近く感じる。出来ないことがあっても気持ちで埋めようと、心の内で光が誓った、そのとき。おもむろに静が口を開いた。
「……光、わたし幸せだよ」
「静」
「……光と、こうなれてうれしい」
「俺もやで……」
ほんまに嬉しい、その言葉は声にならない。けれど、静は分かっているはずだ。何年もの時間をかけて、信頼を積み重ねてきた。一緒に過ごした時間の長さは二人の絆そのものだ。
――この夜を忘れ形見にする。光は改めて心に誓う。たった一度きりの行為でも、自分の心に爪跡を残す。永遠に消えない思い出を。彼女と生きて恋をした証を、この身体と心に残していく。
胸を裂く切なさも、気が遠くなるほどの痛みや罪悪感も。人を愛するときめきも、気持ちに応えてもらう幸せや喜びも。全てこの恋がもたらしてくれた。
これほどまでに大切で、心ごと自分の全てを捧げられるのは。後にも先にもきっと彼女に対してだけ。
「……静。愛しとる」
そのつぶやきが届いたのか、静は幸せそうに微笑んだ。
挿入の痛みも薄れたのだろう。彼女の満ち足りた笑顔を見届けて、光はわずかに身体を浮かせた。
海底をゆったりと泳ぐような、始めはそんな感覚だった。緩やかな光の抜き差しに、静は熱い息を吐く。
「……ッ、は……」
呼吸を止めてしまうと、体が強張るのか余計に痛く感じてしまう。
「……静、力抜いて」
「んッ……」
返事の代わりに、甘い喘ぎを返した。静は意識が痛みに向いてしまわないように、意図的に気を散らして身体の力を抜く。
深い呼吸をゆっくりと繰り返して、余計なことは考えないようにする。
「……ん、ええで」
上方から光の嬉しそうな声が降り落ちてくる。
彼の声に安堵した静はさらに身体を弛緩させ、光と繋がりあっているその場所から、全身に広がっていく快感と、自分に覆いかぶさっている彼の身体に意識を集めてゆく。
ぎこちないながらも、光自身がもたらす快感に身を委ねようとしている静を見おろしながら。光はゆったりとした抜き差しを絶え間なく繰り返す。
彼が腰を揺らすたびに感じる身体の重さ、全身で感じる彼の裸の肌の滑らかさや温もりに、静は瞳に涙が浮かぶほどの喜びを感じる。
何にも代えられないほどの充足と幸福だ。今このときが永遠に続けばいいのに。
もっと彼を感じたかった静は、光の身体に腕を回してしがみつき、自分の両脚を彼の腰に絡めて、彼の腰部をさらに彼女自身に引き寄せた。同時に、彼のものが彼女の体内のより深くまで到達する。
「あッ……」
静は小さな声を上げた。苦しみと悦びのにじんだ喘ぎを漏らした。
「っ、くっ……」
光もまた静の耳元で熱い息を吐く。光の切ない呻きが静の鼓膜を震わせて、静はその場所をさらに潤ませた。同時に彼女のそこが、彼自身をきゅっと締め上げる。
「ッ、静…… めっちゃ気持ちええ……」
さらに昂ぶった光はうわごとのようにつぶやくと、そのまま静の唇にかじりつこうとしたが。
「――ッ!」
唇が触れ合う寸前、光は息を呑んで動きを止める。危うく猫に戻ってしまうところだった。彼女のふっくらとした唇は、今の光にとっては禁じられた聖域だ。触れることすら叶わない。
あまりの不自由さに、光の胸の内にどうしようもないほどの飢餓感が込み上げる。