*ねこのひかる*

□06 発覚
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それから半月後。あんな恐ろしい事件があったのに、静はもう元気になっていた。
帰りが夜遅くなったときは、誰かに送ってもらったりタクシーを使ったり。
時々恐怖がぶり返すことがあっても、
小さな家族であり恋人でもある光に励ましてもらいながら、
静は明るく元気に過ごしていた。
大学生の一人暮らしだけど、光がいるから一人じゃない。
光がいつもそばにいて、支えてくれるから平気だ。
安定した穏やかな気持ちで、
事件前とほとんど変わらない日常生活を送ることができている。
大学がお休みの今日も、静は人の姿の光とお散歩デートを楽しんでいた。
下宿マンションから少し歩いたところの川辺を一緒に散策している。
堤防の上の道路を、静は光と並んで歩く。
今日も空はよく晴れていて、降り注ぐ陽光を反射して輝く川の水面は美しかった。
よく整備された岸辺付近は、丁寧に刈り込まれた緑の芝生が美しい。
この川辺は、今日のような晴れた日にちょっとした時間を過ごすにはうってつけの、
散策路で遊び場で、そしてデートスポットだった。
しかし、そんな場所に飼い主さんで恋人の静といるのに。
光はあからさまにだるそうにしていた。ひどく眠そうで、
先ほどから何度もあくびを噛み殺している。
隠しきれないほど眠いのか、元々隠すつもりがないのか。静は心配そうに彼を見上げる。
「……光、眠いの?」
「……別に」
どうでもよさそうに、光はそう返すが。
しかし、彼の目は明らかに赤く、仕草も普段以上に緩慢としている。
静は眉を寄せる。昨夜もいつも通り同じベッドで一緒に眠っていたはずなのに。
特別に夜更かししたり早起きしたりということもなく、睡眠時間は十分なはずだ。
どうしても気になって、静は重ねて光に尋ねた。
「大丈夫? 平気?」
「……別に、平気や」
「ホント? 本当に?」
「平気や言うとるやろ。つか昨日はお前が……」
「え?」
「ッ、なんでもないわ」
光は何かを言いかけるが。
しかし、皆まで言わず口をつぐむと、静からふいと視線を逸らした。
どことなく気まずそうな様子だ。
恥ずかしいから内緒にしていたけど。
光の寝不足の理由は、夜中いまだに悪夢にうなされる静のお守りを、
寝ずの番でしていたからだった。
事件が起きてすぐ、静は恐ろしい夢を見ては夜更けに何度も跳ね起きて、
めそめそと涙をこぼしていた。
静が心配で仕方がなかった光は、彼女が目を覚ます度に一緒に起き出して、
しゃくりあげて泣く彼女を宥めていた。 
猫の姿のときは、唇以外のところにキスをして、顔を舐めて。
そして人の姿のときは、静の華奢な身体を抱きしめて、背中をさすってあげていた。
恐怖で跳ね起きるほどではなくても。
眠る静がうなされるたびに、光は目を覚まして彼女を優しくあやしていた。
自分にできることはこれくらいしかないけど、
事件の後遺症で心身のバランスを崩していた彼女を、
光は自分なりに支えようとしていたのだ。
そしていつの頃からか。光は一晩中起きていて、眠る静を見守るようになった。
彼女がうなされるたびに目を覚ますのはやはり大変で、それに加えて、
いつ悪い夢にうなされるかとも知れない彼女が心配で、常に備えておきたかったのだ。
睡眠は昼間、静が大学に行っている間にとっていた。
そうやって気づかれないように、ここしばらくの間、
光は昼夜逆転した生活をしていたのだが。
そういう生活リズムなのを隠して過ごしていると、今日のように彼女が休みの日が困る。
静はまだ気になるのか、心配そうな様子で光を見つめてくる。
「……ねえ光、もしかして、夜ずっと起きてたりする?」
「…ッ!?」
唐突に図星をつかれて、光はつい固まってしまう。
さすが普段から自分を気にかけてくれている飼い主さん。些細な変化も見逃さない。
内心で舌を巻きつつも、やはり彼女には隠し事はできないと光は観念する。
というか今も眠くて仕方ないし、意地を張って誤魔化すのもなんだか面倒くさいし。
光は小さく息を吐くと、仕方がなさそうに白状した。
「せやで。夜中誰かさんが子供みたいにぐずるから、しょうがなく……」
光は睡眠不足の理由を、静に簡単に話して聞かせる。
アナタが心配でしょうがないから、仕方なく見守ってあげてるんですよ。
素直になれないから大体こんな趣旨のこと。
しかし、それを聞いた静はにわかに頬を紅潮させた。
「ほ、ほんとに……?」
よほど感激したのか、静は瞳を潤ませる。
「ありがとね、光。嬉しいよ……!」
まさかそんなことをしてもらっていたなんて、思ってなかった。
光にそこまで愛されて、大事に想ってもらえていたなんて。
「私、光のお陰で元気になれたんだね……」
すぐ元気になれたのも、そばに光がいてくれて、いつも気遣ってくれたからだったんだね。
静は感極まったのか、その瞳から大粒の涙をこぼし始めた。絵にかいたような嬉し泣きだ。
ひとしきりそうやって泣いたあと、目尻をごしごしと拭ってから。
静はとびきりの笑顔を見せる。
「――光、ありがとね」
キラキラとした可愛らしい笑顔に、光は自分まで涙をこぼしてしまいそうになる。
そんなにお人好しなわけでもないのに、やっぱり静にだけはほだされる。
しかし、あまのじゃくで照れ屋な光が口にするのは憎まれ口だ。
「……せやで、もっと感謝してくれてええんやで」
恥ずかしかったからずっと隠していたかったのに、気づかれてしまってヘソを曲げている。
けれど、そんな彼でも静は気にしない。素直な感謝を向ける。
「もう、またそんなこと言う。そうだ、河原でお昼寝しようよ。膝枕してあげる!」
「……お前、膝枕してあげるって言えば、俺が機嫌直すと思っとるやろ」
しかし、言葉とは裏腹に光はご機嫌そうだった。
そしてそれは、静が太腿もあらわなショートパンツだからというだけではない。
光は静に連れられて川辺付近に向かった。
足取りも軽く近くのコンクリートの階段を下りてゆく。

青く澄んだ空、ゆっくりと流れていく白い雲。
今日もいいお天気だ。太陽の日差しを受けて輝く川の水面は美しい。
綺麗に刈り込まれた芝生の上に座って、静は光に膝枕をしてあげていた。
光は軽く目を閉じて横になっている。
日差しは少し強すぎるくらいだけど、そよぐ風が心地いい。
緑の匂いの混じった風は、暑いくらいの気候と相まって、やがて訪れる夏を感じさせる。
日向ぼっこと外気浴をしながらのお昼寝だ。
静の太腿に頭を乗せて光はひとときの間、微睡んだ。
満ち足りた気持ちで夢うつつをぼんやりと彷徨う。けれど。
「――ッ!!」
にわかに胸のあたりに鋭い痛みを覚えて、光は跳ね起きた。
胸を押さえて顔を歪める。こんなに強い痛みは今まで感じたことがない。
「光、大丈夫!?」
日頃から感情をあまり表に出さない光が、誰が見ても分かるほどに苦しそうにしている。
静は慌てた様子で光の背中をさする。心配そうに彼の顔を覗きこんだ。
強盗未遂事件の翌日。
すぐに動物病院に行って診察してもらって、そのときは異常なしだと言われたんだけど。
それでも、猫の姿の光が強盗に固い床に叩きつけられた衝撃的な場面が忘れられなくて、
静は光を過剰に心配してしまう。
「ッ、平気や。大したことあらへん」
「でも……!!」
再び、静は大きな瞳に涙をためる。これは思い出し泣きだ。
あのときは、光も自分も本当に殺されてしまうかと思った。
平穏な日常に突如として訪れた暴力と悪意。
光の支えで元気を取り戻したとはいえ、それはやはり静の心に深い爪跡を残していた。
光に大した怪我はなかったと分かっていても、理性ではなく感情の部分で狼狽してしまう。
「あ、そういえば、精密検査の結果もう出てるかも!」
静は思い出したように、ぽんと手を打つ。
動物病院で念のためにしてもらっていた精密検査。
結果は二週間後と言われていたから、そろそろだ。
「そうだ、明日病院に聞きに行こうよ。大学の授業がね、午後休講になったの」
「別に俺はいつでもええけど」
「そっか、じゃあ明日行こうね」
相変わらず大げさな静に、光は呆れる。
「心配性やな」
しかし、そうつぶやいたあと。光は口元を緩めて微笑んだ。
切れ長の瞳を愛おしげにを細める、静にしか見せない柔らかな笑顔。
大好きな人に過剰に心配してもらえるのが、面はゆくも嬉しかった。
愛されて大事にされているんだなと、改めて実感できる。
(……まあ、知っとるけどな)
天気のいいデート日和。すぐ隣には静がいる。
それだけで今日も幸せだ。満ち足りた思いを噛みしめながら、光はそっと瞳を伏せる。
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