*Shoet DreamU(更新中)*
□【謙也】たまにはのんびり
2ページ/2ページ
「――ラブホやないんですから。わかっとりますね」
後輩の台詞を思い出して、謙也は心の内で落胆する。ここはあくまでも個室のスパで、自宅の寝室ではない。
おしゃれで綺麗な場所で邪魔者はいないけど、いくら謙也がそうしたいからといって、ここでことに及ぶわけにはいかない。
もし何かしているところをスタッフに見つかったら、自分はともかく女の子の郁はあまりにも可哀想だ。
(……せやで、イチャイチャは夜まで我慢や)
ウズウズとした下心を抑えながら、謙也は心の内でそうつぶやく。実は今日は久し振りのお泊りデートで、併設のホテルの部屋を取っていた。だから彼女にちょっかいを出すのはそこまで我慢。
けれど自分にはそのほんの少しの我慢がつらい。やっぱり待つのは苦手だ。はやる心を抑えるのは至難で、意味もなくそわそわとしてしまう。温かいのはいいけど、ちょっと辛い岩盤浴。しかし、そのとき。
「――もう、謙也くんさっきからずっと私の方見てるでしょ」
出し抜けに振り向いた郁に謙也は笑顔で咎められた。図星を突かれて、謙也は小さく息を呑む。
「ッ!」
あまりにも素直な反応は彼らしく、とても可愛らしい。郁は読んでいた文庫本を閉じて手元に置くと、謙也の方に身体ごと向き直る。
「気になって本読めないよ。もう」
仕方がなさそうに言っているけど、郁はとても嬉しそうにしていた。上機嫌でニコニコとしている。しかし。不意に彼女は真面目な顔をすると、恥ずかしそうに言った。
「……でも、私もちょっと寂しかったんだ」
小さな、囁くような声。
「ッ、郁……」
可愛い彼女に分かりやすく甘えられて、謙也はどきまぎとしてしまう。郁の気持ちは嬉しいけど、ここではベタベタできないのだ。
しかし、郁はおもむろに謙也に身体を寄せてきた。寝そべったまま、彼に身体を近づけていって。そして、彼に抱きついた。
柔らかな胸の膨らみが彼の身体に当たるのも構わずに、郁は謙也の背中に腕を回してしがみつく。
「郁……」
二人きりの密室で、可愛い彼女にそんなことをされてしまって、謙也の胸の鼓動はにわかに早くなる。あまりにもベタでわかりやすい誘惑だ。
しかし、分かっていても抗えない謙也は、つい郁を抱きしめ返してしまう。郁の背中に腕を回して、柔らかな胸の膨らみを自分の身体に押しつけるように力を込める。しかし。
『――ラブホやないんですから』
後輩の言葉を思い出し、謙也は一瞬だけ固まるが。
(っ、無理に決まっとるっちゅー話やろ……!)
心の内でそう叫んで、謙也は行為を続行する。あの極上の触感への誘惑には抗えない。バレたら出入り禁止だと分かっているのに、それでも我慢できなかった。
胸を覆う下着をつけていない郁の豊かな膨らみは、形が変わるほどにしっかりと謙也の身体に押しつけられていた。
ウェアのTシャツの二枚の布地を隔てて感じる触感は、予想以上にリアルで謙也は思わずデレデレとしてしまうが。
郁はそんな彼の様子には気づかずにニコニコとしていた。大好きな彼氏に抱きしめ返されて素直に喜んでいる。
「……えへへ。嬉しい」
郁もまた、謙也に抱きつく腕に力を込めた。さりげなく自分の脚を絡めて、郁はまるで行為の最中のように、謙也の身体に自分の身体を重ねてきた。
蒸し暑く狭い個室の中で柔らかな間接照明の明かりのもと、汗ばんだ身体を寄せあうのは何だかとてもいやらしい、けれど。
(バレたら出禁…… バレたら出禁……)
もう何度目だろう。心中で呪文のようにそう唱えながら、謙也は自身の欲望を懸命になだめていた。
(ああ…… でも岩盤浴ってこんなエロいもんやったんやな…… ほんまに財前に感謝やわ……)
自分を抱きしめながら、謙也がそんな不埒な妄想をしているとはつゆ知らず。郁は幸せそうに微笑むと、そっと瞳を閉じた。
「……謙也くん、あったかい」
裸にTシャツ一枚を着ているだけの謙也の胸に、郁は幸せそうに顔を埋める。
「……あったかいって、幸せだね」
謙也の腕の中で、柔らかく笑う郁はとても満ち足りた様子だ。まるで愛しい彼さえいれば、他に何もいらないとでも言いたげな。
「……せやな」
そんな彼女に微笑み返して、謙也は今の季節の幸せをかみしめる。
しばらくの間、じっと抱き合ってお互いを感じあってから。郁はおもむろに口を開いた。
「……あ、ねえ、謙也くんって小さい頃プラモとか作ってた?」
「プラモ?」
「そう。自分で塗装したりとか、してた?」
よほど興味があるのか、郁はキラキラとした瞳で謙也に尋ねてくる。なぜいきなりそんなことを聞いてくるのか。不思議に思いながらも、謙也は答える。
「おお、しとったで。ガンプラとかな。弟のも組み立てるの手伝って……」
幼い頃たまにしていたプラモデル作り。凝り性の謙也は塗装まで自分でやっていた。塗装面を乾かす待ち時間が苦手だったけど、辛抱強く待って丁寧に仕上げていた。
当時よく一緒に遊んでいた同い年のイトコは全く興味がないようで、自分たちから少し離れたところで少女向けの恋愛小説を読んでいたけど。
(つか、あん頃からあんなもん好きやったんやな、あいつは……)
黙々と読書にふける丸眼鏡の彼を思い出し、謙也が妙な感慨にふけっていると。郁が重ねて尋ねてきた。
「ほんと!? 塗装するのに筆とかエアブラシ使ってた?」
郁の明るい声が耳に届き、謙也はハッと我に返る。
「……どっちも使うとったけど、郁これ何の話なん?」
彼女がプラモデル好きだなんて話は聞いたこともない。不審に思った謙也が尋ね返すと、郁は楽しげな笑みを浮かべて。
「えっとね、妹がね、プラモの塗装とか上手い男の子はマニキュア塗るのも上手だよって」
「……マニキュア?」
「そうなの。自分じゃ上手くできなくて」
嬉しそうにそんな話をされてしまったから、謙也は郁の指先を反射的に見つめてしまう。淡い色で塗られた爪は、岩盤浴の個室の薄明かりでも分かるほどに綺麗で、充分素敵な仕上がりだと思うのに。
「……そうなん? 綺麗やと思うけど」
「今日のは妹にやってもらったの」
「…………へえ」
にわかに雲行きが怪しくなってきた。彼女には妹がいる。勝気で可愛くて男子にも人気があるという、ちゃっかりものの妹。
(……完全に俺に押しつけようとしとるわ)
けれど、不思議とそこまで嫌な気はしなかった。
「だから、今度やってくれる……?」
可愛い彼女からの案の定なお願いに、謙也は小さく息を吐く。
「……お前の頼みなら、まあしゃあないな」
たとえ面倒くさくても。可愛い彼女からのお願い事はむげにできない。久しぶりの図画工作頑張ってみようか。郁のほっそりとした指先を眺めながら、謙也は気持ちを新たにする。
夕食を階下のレストランですませてから。予約していたホテルの部屋で、早速郁は謙也にマニキュアを塗ってもらっていた。
ベッドの上で向かい合って座って、謙也は黙々と作業を進める。初めてとは思えない早く正確な刷毛さばきで、謙也はあっという間に郁の両手の爪を塗り終えた。
と言っても、塗ってあったマニキュアを落として、ベースコートを塗って乾かしたりしていたから、それなりに時間は掛かっているけど。
「わ、すごい綺麗! 謙也くんありがとう!」
「ま、これくらい朝飯前やろ」
今は晩ごはんの後だけど、謙也は得意げに胸を張る。
除光液にネイルカラーはホテル内のコンビニで買ってきた。口コミサイトでも評判のシンプルなクリアレッドだ。透明感のある赤いグロスカラーは、郁の白い肌の美しさをさらに引き立てる。
そして何より、赤は謙也の好きな色。
「あとは乾くのを待つだけだね!」
嬉しそうに微笑む郁に、しかし謙也はツッコミを入れる。
「ちゃうやろ郁。『今は晩ご飯のあとだよ』言うとこやろ、ここは」
「え、あっ、そうだった。ごめんね」
「ほんまにお前は修行が足りんな」
「も、私にお笑いとか求めないでよ」
「はは、せやな」
あっけらかんと笑うと、しかし謙也は不意に目を眇めた。
「……ほんなら、他のモン求めることにするわ」
妙な含みのある謙也の声が郁の鼓膜を震わせた、次の瞬間。彼女の視界が反転する。
「……面倒なん我慢してやってやったんやから、これくらいええやろ?」
囁くような低い声が、郁の上方から降り落ちてくる。郁の大きな瞳に映るのは、照明を背に受けて不敵な笑みを浮かべる謙也と、部屋の天井だ。
まさか、急にこんなことをされるなんて思わなかった。狼狽えた郁は、まるで彼を拒むように、謙也の両の肩口を掴んだ。
しかし、力を込めて押し返そうとしても、彼の逞しい身体はびくともしない。戸惑いに瞳を揺らして、郁は謙也に抗議した。
「め、面倒って……」
ベースコートからトップコートまで塗ってもらった。だから、謙也がそう言いたくなるのは、仕方がないのかもしれないけど。
「――つか、今爪になんか当たったら塗装ヨレてまうで? 大人しゅうしとき」
しかし、謙也は容赦がない。その一言で郁の戦意を削ぐと、意味ありげに微笑んで、郁の頬に自分の手のひらを滑らせた。
その様はまるで、ひとときの戯れに捕らえた獲物を慈しむ残酷な捕食者だ。美味しく頂くという結論は変わらないけど、その前段階のやりとりを、行為を盛り上げるスパイスにする。
狩りのお楽しみはあくまでも、獲物を追い詰めるその過程だ。怯えて戸惑う可愛らしい恋人は、彼の心の奥底の眠れる加虐心を呼び起こす。
それはあまりにも浅ましい衝動だ。分別のある大人の男性なら、少しは隠そうとする種類のもの。けれど、郁の前だというのに、謙也はそれを隠さない。むしろそれを、彼女に見せつけて楽しんでいる。
年頃の男の子らしい、無邪気で無自覚な酷薄さ。しかし、それもまた謙也の愛すべき一面なのだ。自分の欲求にあまりにも素直で、それがたまらなく可愛らしくて色っぽい。
「っ……!」
郁は頬を染めて息を呑む。謙也にやめるつもりがないことは、火を見るより明らかだ。堪え性のない彼に気おされた郁は、混ぜっ返すこともできずに、羞恥に視線を泳がせる。
そんな彼女を見おろしながら、謙也は口の端を上げると。
「――郁はほんまにアホやなぁ。タダより高いもんはないんやで」
その瞳は愛おしそうに彼女を見つめてはいるものの。まるでからかうような謙也の口ぶりに、郁は余程悔しくなったのか、勢い込んで食ってかかった。
「……な、浪速のあきんど!」
「スピードスターや」
「……スピードメーター?」
「計る方ちゃうわ、計られる方や俺は」
まるでコントのようなやりとり。たとえホテルのベッドの上でも、この二人は甘さよりも面白さ。しかし。
「――ま、俺のスピードは計測不能やけどな」
そう言って、謙也は得意げに笑うと、郁を無遠慮に急かしてきた。
「ほら、早よ背中浮かし?」
ムードも何もない、あまりにもまっすぐな誘い文句。
「え、ほ、ホントに……?」
話題がそれて忘れてくれたと思ったのに。忘れていない彼に詰められて、郁は戸惑いに睫毛を伏せる。けれど、ここがベッドの上だったことを思い出し、ついに郁は観念する。
あまりにもおあつらえ向きなこの状況。最初から逃げ切れるわけがなかったのだ。
可愛くてカッコよくて、誰よりも我儘で愛おしい。郁の弱点を知り尽くしているそんな謙也に、こんなにも強く求められて。彼女が拒めるはずがない。
郁はぎゅっと瞳を閉じて、彼に言われるがまま背中を浮かせた。下着のホックが外される気配はすぐに訪れて、背徳感にも似た甘い期待に、郁の内側が熱く潤んだ。
――今度は、自分が彼の我儘に付き合う番。