*Shoet DreamU(更新中)*

□【財前】コンビニの小悪魔
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 それはさておき。スイーツ売り場の前で、だけど郁は何かを悩んでいる様子だった。眉を寄せて、指先を口元にやっている。自分の分をどれにするか決めかねているのだろうか。

 郁の唇がかすかに動いたように見えたが、何をつぶやいたのかは。

(さすがに聞こえへんな……)

 気づかれないように、距離を取っているから仕方ない。

(……ん?)

 しかし、よく目を凝らしてみると、郁の視線はただ一点に注がれていた。

(……どれ見とるんやろ)

 とても気になったが、いかんせん距離がある。郁のお目当てなんて分かるはずもない。けれど。

「……我慢しなきゃ」

 彼女の可愛らしいつぶやきが、今度はしっかりと財前の耳に届いた。その囁き声は本当に心の底から悔しそうで、笑いそうになる。

(……そういえば、ダイエットするとか言うとったな)

 自分は必要ないと思っているけど。つくづく女子は大変だ。このあたりは本当に男には計り知れない苦労。

 でも、あんなに悔しそうにするくらいなら食べればいいのに。運動くらいなら、いくらでも付き合ってあげるのに。

 そんなことを思いながら郁を眺めていると、彼女は名残惜しそうな表情で、小さなパッケージを手に取った。ちらりと見えた、黄色くて丸いフォルム。

(……アレなんやな)

 財前は郁のお目当てを補足する。あのサイズなら値段もカロリーもそんなに高くないはず。しかし、郁は小さく息を吐いてそれを棚に戻した。そして、レジに向かおうとするが。

「…………あ」

 その途中、郁はまたしても足を止める。

(……誘惑されすぎやろ)

 財前はつい毒を吐くが、しかしすぐに女子の買い物なんてそんなものかと思い直す。

 郁が気を取られているのは、クマのキャラクターの新製品。コンビニ限定のコラボ商品だった。カバンにつける用なのか、キラキラとしたチェーンのついた小さなぬいぐるみ。

「……かわいい」

 郁はそれを手に取って表情を緩めた。幸せそうに微笑む。

(ああいうの、好きなんかな……)

 雑貨屋で売っていそうなキャラもののグッズ。郁の部屋では見たことがなくて、てっきり興味がないものとばかり思っていたけど。

(…………)

 小さなクマのぬいぐるみを見つめる郁の横顔は、まるで幼い少女のようだった。無邪気に瞳を輝かせて、あからさまに欲しそうにしている。

 しかし、郁はハッと我に返った様子でかぶりを振ると。慌ててぬいぐるみを売り場に戻して、今度はまっすぐにレジに向かった。



 郁が店の外に出て、数分が経ってから。財前はコンビニの外に出た。出る前に少しだけ買い物をした。自分用のお菓子とその他。

 郁はもう行ってしまったあとだけど。できれば気づかれないように先回りして、彼女の部屋に着いておきたい。

(……近道、あったやろか)

「――ねえちょっと、キミ、キミ!」

 しかし、そんな声を掛けられると同時に、財前は腕を掴まれる。反射的に見上げると、そこにいたのはコンビニの店員だった。原色の制服が目に痛い。しかし、財前は思い出す。

(……コイツ、さっき俺んことジロジロ見とったヤツや)

 スイーツコーナーにいる郁を見つめていたとき、財前の近くで品出しをしていたあの店員。あからさまに、財前に訝しげな視線を送っていた。先ほどの呼びかけもトゲトゲしく、財前は唇を引き結ぶ。

 同世代の男子で、おそらくは大学生のアルバイト。先ほどは気づかなかったけど、ずいぶんと背が高い。この感じだと例のせっかちな医学部の先輩よりも長身だろう。

(……謙也さんよりデカイとか、腹立つわ)

 財前は何となくムッとする。呼びかけられた口調の馴れ馴れしさもあるけど、何よりも見おろされているような気がするから。

 そしてこの地では珍しい標準語が妙に気に障る。郁のそれは気にならないのに。

「キミさっきウチの常連さんに付きまとってたでしょ。困るんだよね」

「……は?」

「とぼけなくていいよ。ずっと見てたから。買い物してくれるのはありがたいんだけど、さすがにこれ以上は見逃せないよ」

 少し前に、コンビニでつきまとった女性に劇薬をかけて怪我をさせる事件が相次いだからか。それともただ単に、近頃この店でナンパや付きまといといったトラブルがあったのか。

 妙に正義感の強い店員に絡まれて、財前は面倒くさそうに眉を寄せた。変質者扱いされたのが不愉快で、自分の行動は棚に上げ、財前は小さく舌打ちをする。

 しかし、コンビニの店員は制服の派手さも相まって人目を引く。店内の客や周囲の通行人に好奇の視線を送られた財前は、仕方なく口を開いた。万引き犯と誤解されてもたまらない。

「……つか、アレ俺の彼女ですけど」

「……は?」

 素直に本当のことを言ったのに。しかし、店員は明らかに信じていない様子だ。言い訳かと思ったのか、それとも問題児に舐められたくないとでも思っているのか。高圧的に断定してきた。

「嘘つくならマシなのにしなよ。だったらなんでコソコソするの」

「……」

 けれど、財前にとっては不幸なことに、相手の言い分は真っ当だった。……付きまといを見咎められても、適当に言い訳すれば許されるだろうとタカを括っていたのに。この熱心な店員のせいであてが外れた。

 出来心で尾行プレイしてたんすわ、とはさすがに言いづらく。財前は黙り込む。だけどこの様子じゃあ、そんなことを言っても信じてもらえないだろうけど。

「……キミ高校生とかでしょ。こんなところでナンパはよくないよ」

(大学生なんすけど……)

 謙也や白石たちより背の高い彼にてみれば、小柄な財前は子供に見えるのか。なぜか諭された。

「声かけるなら、クラスの子とかにしときなよ」

 しかし、この台詞にはさすがにムカついた。なぜそんなことを指図されなくてはならないのか。怒りに任せて睨み返して。財前は彼を挑発するように、薄い笑みを浮かべた。

「大学生ですし。あと、ナンパやなくて、ちゃんと付き合うてますから」

 ズボンのポケットに手をやって、言い放つ。

「なんなら写真、見したりましょか? ベッドで二人で撮ったやつで、どっちも服着てませんけど」

 我ながらなんて悪辣な。けれどそんな自分に、財前は心地よい眩暈を覚える。悪酔いにも似た優越感。スマホの中のあの画像は、時おり自分を狂わせる。

 たった一枚の静止画は、どこまでも甘い狂気。しかし悪いのは、妙にしつこいあの店員だ。



***



 ようやく我が家に辿り着いたら、年下の恋人はすでに我が物顔で寛いでいた。勝手知ったる他人の部屋といったその様子。愛用のトートバッグを手元に置いて、勝手に紅茶を入れてのんびりとしている。

 財前が紅茶を飲むのに使っているカップは、この間買ったばかりの郁のお気に入りのものだった。急いで戻ってきた郁は拍子抜けしてしまう。

「……何だか、あなたの部屋にいるみたいね」

「先輩が遅いのがアカンのでしょ」

「紅茶ぬるくなっとりますけど、いります?」

「そうね、頂くわ」

 郁の答えを聞いた財前は、既にテーブルの上に用意してあった別のカップに、ポットから紅茶を注いだ。そのまま郁に差し出した。軽くお礼を言ってから、郁はそれに口をつける。

「ってちょっと! これ頂き物の高いやつじゃない!」

 お客さん用のとっておきのもの。見事なまでに勝手に使われていた。

「そんなん知りませんっすわ。先輩が遅いんが悪いんでしょ」

「……あなたね」

「ええやないすか。俺かてお客さんでしょ」

 口の端だけを上げて財前は微笑む。完全に分かってやっている。悔しいけれど、その不敵な笑みはたまらなく格好よく、郁はつい許してしまう。

 イケメン無罪というのもあるけれど。今夜は待たせていた負い目があったのだ。

「……まぁいいわ。それより、今日の晩御飯は何がいい? すぐ食べたいならパスタがあるけど」

「それでええっすわ。パスタソースは何があります?」

「そうね。たらこバターと、うにクリームと蟹クリームと……」

 財前に問いかけられて、郁は記憶にあるものを口にする。たまたまだけど、全てシーフード。今、自分がハマっているのだ。しかし、年下の恋人はつれなかった。

「子供やないですけど、カルボナーラでええですわ」

「……あっそう」

 リクエストされたのは、人気のある定番ソース。ベーコンにチーズ、黒コショウに卵というわかりやすい味わいは、子供受けが抜群だった。

 魚の苦いところが苦手な年下の恋人に向かって、郁は心の中でつぶやいた。

(……たらこもウニも蟹だって、別に苦かったりはしないわよ?)



 食事を終えて、財前は郁が買ってきた抹茶パフェを食べていた。いつも通りの無表情。けれど雰囲気で明らかにご機嫌なのがありありと分かる。

 分かりにくいようで分かりやすい、意外に饒舌な彼を見つめながら、郁は改めて淹れ直した紅茶を少しずつ口に運んでいた。

 先ほど財前が勝手に淹れていた、少しお高めのフレーバーティー。華やかなバニラとベリーの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。

 その香りで、郁はデザートを食べたいという欲望を抑え込もうとしていた。

 けれど。そんなガマンが伝わっていたのか、財前に尋ねられてしまう。

「……先輩はデザート食わんでええんですか?」

「……私はいいわよ」

 小さく首を横に振って、郁はそうとだけ答える。ダイエットはとにかく我慢だ。特にスイーツはハイカロリーなものが多い。

 口寂しさをごまかすために、郁はお喋りを始めた。他愛ない世間話、今日あった出来事。

「あ、そういえばね。今日寄ったコンビニで可愛いムースがあって、迷って買わなかったんだけど、やっぱり買えばよかったわ」

 小さくて、あれならカロリー少なそうだったし。何の気なしにそう続ける郁に、財前はどうでもよさそうに相槌を打った。

「へえ」

「あと、クマのバッグチャームが売ってたの。コンビニ限定で、キラキラしてて可愛かったんだけど、意外と高くって……」

「――欲しかったんすか?」

 ふ、と小さく息を漏らして。財前は笑った。パフェを食べる手を止めて、郁の方に視線を向ける。鋭い瞳が優しげに細められる。恋人の自分でもなかなか見れない、彼の穏やかな笑顔。

 妙に大人びて見えるその表情は余裕たっぷりで、郁はつい同世代の男の子といるように錯覚してしまう。けれど、相手は年下。それを思い出した郁はつい意地を張ってしまう。

 そう。自分は彼とは違う大人なのだ。そして大人の女は、可愛いぬいぐるみなんて欲しがらない。

「別に、欲しくないわよ。子供じゃないんだから」

「……嘘つかんでええですよ。本当は欲しいくせに」

 手にしていたパフェのカップをテーブルの上に置きながら、財前は言う。さりげなく自分の手元にトートバッグを引き寄せた。

 けれど彼の台詞の後半に揶揄の響きを感じ取り、郁はつい口調を尖らせる。

「……嘘なんてついてないわよ」

 相手に馬鹿にされたくない。それは、財前と付き合う前からずっと、男性全般に対して郁が無意識に抱いていた感情だった。

 しかし。財前は郁に睨まれても、ちっとも気にしてない様子で。

「へえ、じゃあせっかくここにあるコレは甥っ子にあげることにしますわ」

 手元のトートバッグから財前が取り出したのは、例のクマのバッグチャーム。

「ええっ!?」

「あと、ついでにこのひよこのムースも自分で食いますわ」

 そのムースもまた、郁が迷って買わなかったものだ。

「ちょッ!! 何でなのよ!!」

 さすがに郁は声を荒らげる。なぜ知っていて、持っているのか。これではまるで。

「……あのコンビニ、俺もおったんすよ」

 やっぱりそうだった。郁は呆れたように息を吐く。

「もう、だったら声掛けてくれれば良かったのに」

「つまらんやないですか」

「大変だったんすよ。気づかれないように追い抜いたりするのとか」

「ああそう……」

 なぜか財前はあからさまに恩を着せてきた。よほど舞台裏で苦労でもあったのか。これでは素敵なサプライズというより、子供のいたずらだ。ムードも何もない。

 けれど、この無理のない感じが。郁にとっては嬉しくも、愛おしかった。財前の前では自然体でいられる。多少の背伸びはしても、妙な見栄を張ったり、強がらなくてもいいんだと思える。

 相手が年下だという気安さからなのか。それとも、彼が居心地のいい空気を作ってくれているのか。とにかく財前といると、心が安らぐ。

「――……あ、でもあのコンビニにはもう行かん方がエエと思いますよ」

「……どういうこと?」

 しかし、最後に不穏な忠告をすると。財前は郁から視線を逸らした。

(それはまあ、言えへんやろ……)

 悪辣な手段で失恋させた職務に忠実な店員のことを思い出すが、財前はもちろん郁には教えない。
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