*Shoet DreamU(更新中)*

□【財前】コンビニの小悪魔
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 休前日の夜。今日は彼氏の財前と晩ごはんを一緒に食べてから、地上波初登場の映画を一緒に見るはずだったのに。ざわざわとした駅構内をヒールを鳴らして歩きながら、郁は腕時計に目をやる。

 まだ、最寄り駅についたばかりだというのに。あと数十分で映画が始まってしまう。運の悪いことに、電車が遅れてしまったのだ。本当はもっと早く帰宅しているはずだった。

 先ほど、もう着いてしまったと連絡をしてきた、財前はどうしているだろう。合鍵を渡してあるから、先に部屋で待っていてくれればいいんだけど。

 申し訳ないと思いながら、郁はスマホを取り出した。今駅についたからもうすぐ帰れる旨を打ち込んで。最後に謝罪の言葉をつけて送信した。

 久しぶりに、恋人と会えるというのにままならない。郁は小さく息を吐くと、駅を出てすぐのところにあるコンビニに向かった。

 帰り道、つい寄ってしまう馴染みのお店。財前を待たせているけれど、寄って買い物でもしないと、一人暮らしの家には何もないのだ。



 コンビニに入って、買い物カゴを取って。郁が真っ先に向かったのは惣菜売り場だった。サラダと野菜スープ。迷わず大きめのものに手を伸ばして、二つずつカゴに入れた。

 相手の健康も自分の健康も大切だ。それに、最近お肌の調子が良くないから、少しでも身体にいいもの食べておかないと。そして次、郁はデザートコーナーへと向かう。

(……どれがいいかしら)

 ずらりと並ぶ可愛くて美味しそうな品々。財前の好きそうな和風スイーツもいくつかある。大きくて彩りの綺麗なものはやっぱり高いけど。

(光は、これが好きそうね)

 可愛い年下の彼氏のために、郁はつい一番豪華で美味しそうなものを手に取ってしまう。白玉とあんこが美味しそうな抹茶パフェで、もちろん一番高いもの。値段を見もせずに、買い物カゴに入れた。

(喜んでくれるといいんだけど)

 惚れた弱みとはこのことだ。可愛い彼を、つい甘やかしてしまう。

 自分が大人と呼ばれる年齢になってから。初めて知った、年下の男の子の魅力。可愛らしさとカッコよさと、色気と危うさと。その全てを兼ね備えた、自分だけの男の子。

 つまりは、それだけ大好きで、骨抜きにされてしまっているということだ。……同い年の友人には、お子様に煩悩してるなんて言えないけど。郁は純愛だと思っている。

 それはさておき。

「……どうしようかしら」

 心の声が口に出ている。しかし郁は気がつかない。それほどまでに、真剣に悩んでいるのだ。財前のデザートはすぐに決められたのに、自分の分はそうはいかない。

 けれど、悩んでいる理由はどれを買おうかな、ではなく。郁の視線は一番目立つ場所に置かれている、新商品ただ一点に注がれていた。

 可愛いひよこのムース。まるで小さなおまんじゅうのような丸い黄色の身体に、茶色い目とオレンジのくちばしがついている、可愛らしいキャラもののスイーツ。

 以前ネットで可愛くて美味しいと話題になったものだ。お値段もお求めやすい価格。だけど。ひよこの丸いつぶらなチョコの瞳をじっと見つめてから。郁はぽつりとつぶやいた。

「……我慢しなきゃ」

 問題は金額ではなく、カロリーだ。ここしばらく外食が続いたせいか、お気に入りのタイトスカートが、最近キツイ気がするのだ。これは大問題。早くなんとかしなくてはならない。

 仕方なく、郁はスイーツを諦めることにした。けれどつい名残惜しくて、郁は可愛いひよこを手に取ってしまう。

 クリームイエローの柔らかそうな丸い身体。つぶらなチョコの瞳。オレンジの小さなくちばしは一体何でできているのだろう。

 可愛くって、すごく美味しそうだ。お値段だって可愛いのに。しかし洋生菓子。きっとカロリーは可愛くない。

 郁は息を吐いてパッケージを棚に戻した。気を取り直してお会計に向かおうとする。が。

「……あ」

 大人気のクマのキャラクターの新製品が視界に飛び込んできて、またしても郁は足を止めてしまう。実は昔から好きなキャラクター。部屋のクローゼットの奥には、大きなぬいぐるみが隠してある。

 早く大人になりたくて。そして、同世代や年上の男たちに馬鹿にされたくなくて。押し込むように隠した幼い少女のような趣味。それは、自分だけの秘密だった。

「……かわいい」

 売り場の前に陣取って、郁はまたしても商品を手に取る。コンビニコラボのここでしか買えない新製品で、キラキラとしたバッグチャーム。

 小さなクマのぬいぐるみに、じゃらじゃらとしたゴールドのチェーンがついている可愛いもの。チェーンの先には、ラインストーンがあしらわれた愛くるしいモチーフがいくつも付いている。

 クマのお友達の黄色い鳥に、三色のお団子、クマの名前とコンビニの店名が彫られたハートのプレートに、そして……。

(……だめよ、こんなことしてる場合じゃないんだから)

 郁はハッと我に返る。財前を待たせているのだ。急がないと。小さくかぶりを振って、ぬいぐるみを棚に戻した。渡してある合鍵を使って部屋で待っていてくれているだろうけど。だからといって、こんなところでダラダラとしていてはいけない。

 ガランとした部屋で、ひとりぼっちなのはきっと寂しいだろうから。早く帰ってあげないと。それに自分も、財前に早く会いたい。

(……急がなきゃね)

 レジで会計をすませた郁は、足早にコンビニを出た。パンプスの踵を鳴らして、足取りも軽やかに家路を辿る。



***



 明日は休日。そして今夜は久しぶりに彼女の郁と会える日。自分の自慢の、年上の美人の彼女。しかも今日は郁の部屋に泊まれる。

 財前はうきうきとした気持ちで電車に揺られていた。肩に掛けたトートバッグもお泊り用の荷物で少しだけ膨らんでいた。

 けれど、表情はいつものポーカーフェイス。感情が顔に出にくいのは、幸福なのか不幸なのか。

(……はぁ。早よ着かんかなぁ)

 車窓から宵の口の夜空と地元関西の街灯りを眺めながら、財前は心の中でぽつりとつぶやく。あと少しで彼女の自宅の最寄り駅につく。

 しかし。唐突に走行中の電車は減速し、駅でもないところで止まった。乗客がざわつき、間を置かずに乗務員のアナウンスが流れる。

『――車間調整のため止まります』

 続けて、乗務員は他の路線での人身事故のことをアナウンスし始めた。

(……何やこれ、ヤバいんちゃう)

 何となく長い間、足止めをされてしまいそうな雰囲気に、財前は反射的にズボンのポケットに手をやる。

 そのとき、タイミングよくポケットの中のスマホが震えた。取り出して見てみると、郁からのメールだった。向こうも、このトラブルに巻き込まれてしまったらしかった。



 かなりの間電車の中で待たされて、財前はようやく目的の駅に辿り着いた。先ほどからの遅延騒ぎのせいで、駅構内はものものしい雰囲気で、多くの人々でごったがえしていた。

 運行情報をお知らせする駅員のアナウンスを聞き流しながら、財前は人混みをすり抜けて歩みを進める。すぐに駅の外に出た。

 漆黒の夜空には、小さな星々が瞬いている。心地よい夜風に吹かれながら、財前は小さく伸びをした。縮こまっていた身体が、少しすっきりとする。

 先ほどまで混み合った電車の中に閉じ込められていて、人いきれにうんざりとしていた。財前は深呼吸をした。肺の中に新鮮な空気が送り込まれる。ひんやりとした夜の気配。

 今からどうしようかと、財前は改めて携帯を見る。時刻は夜の八時を過ぎていたが、郁からのメールや電話の着信はない。先ほどのメールには、最寄り駅についたら連絡すると書いてあったのに。

 合鍵をもらってはいるけれど、自分だけ早く行っても仕方がない。郁の部屋で一人待つのは寂しい。彼女の気配はあるのに本人はいないなんて、自分にとっては辛すぎる。



 財前は近くのコンビニに寄ることにした。郁もたまに寄るという店舗。

 雑誌コーナーの奥の方で、財前は発売されたばかりの漫画雑誌を手に取る。スーツ姿のサラリーマンや、カジュアルな私服の大学生たちに混じって、立読みを始めた。

 たっぷりと時間を掛けて一冊読み終えて、財前は次に音楽雑誌に手を伸ばした。ポケットのスマホを気にしながら、ダラダラとページをめくる。

 けれど。自動ドアが開く音に、反射的に顔を上げた財前は、息を呑む。

「!」

 今日も自分の恋人は、とても綺麗で最高だった。艶やかな長い髪をなびかせて歩く姿は、姿勢も美しく人目を引く。隣のサラリーマンのため息が耳に届いて、財前は誇らしい気持ちになった。

『ええでしょ。アレ、俺のカノジョなんすよ』

 そう自慢したい気持ちになるが、財前はもちろんそんなことはしない。

 雑誌を棚に戻して声を掛けようとするが、しかし向こうは財前のことは少しも気がついてないようだった。こんなところにいるはずがないと思っているのだろう。

 仕方のないこととは思いながらも、財前はムッとする。自分ばかりが彼女のことを想っているような気がして、面白くない。

 自分だけなんてイヤだ、相手にもこちらのことを想っていてほしい。そんな子供じみた負けず嫌い。

 恋愛はパワーゲームじゃないけれど、主導権はやっぱり握っていたい。財前はイタズラを仕掛けることにした。



 気分はまるで諜報部員だ。映画に出てくる彼らのように、ターゲットを尾行する。

 財前はちょうど持っていたパソコン用の眼鏡を取り出して、装着した。薄く色のついたレンズに太めのセルフレームだから、目元の印象をかなり変えてくれる。

 変装にはならないけど、視線をごまかしてくれれば充分だ。気配を殺して一定の距離を保ちながら、財前は郁の動静を見守る。

 やっていることは完全に付きまといという迷惑行為だ。けれど、もし見咎められたって。

(……ああ、恋人ってええな。最高や)

 あんな自分好みの美人相手に、こんな妙なことして一人で楽しんでいても、そう言ってしまえば許されるんだから。



 買い物カゴを持って、郁が真っ先に向かったのは総菜売り場だ。今日の晩御飯なのだろうか。財前は視線を送る。サラダと野菜スープ。迷わず大きめの物を二つずつ取って、郁はカゴに入れた。

 財前は最近の自分の食生活を振り返る。そういえばちゃんと食べてなかった。

(食べんとアカンな……)

 ちょっとだけ反省した。野菜を食べるのは大切だ。ビタミンは野菜からじゃないと摂取できないとか、せっかちな医学部の先輩にそういえば教わった気がする。そして次、郁はデザートコーナーへ向かう。

(お、どんなんやろ)

 好物は白玉ぜんざい。甘いものが好きな財前は、真顔のままテンションを上げる。無邪気な子供のようにキラキラと輝く瞳。でも表情はいつものポーカーフェイス。

 郁の手元が見えるようにさりげなく場所を移動して、彼女の指先に熱い視線を送る。

 途中、しゃがんで品出しをしていた男性店員に訝しげな視線を送られたが、郁と郁の選ぶスイーツに気を取られている、財前は気にしなかった。

 自分のために何を選んでくれるんだろう、それだけを胸に郁の手元を見つめる。

 一瞬だけ悩むようなそぶりを見せてから。郁が手に取ったのは、和風スイーツの中では一番豪華で美味しそうなもの。白玉と餡子とホイップクリームが目にも鮮やかな抹茶パフェだった。

 そのまま、郁はためらうことなくカゴに入れた。自分への愛情の深さを実感し、財前の口元は喜びにわずかに緩む。

(……あれ、一番高いヤツや)

 こんなささいなことが嬉しくて仕方ないとか、自分はどれだけ好きなんだ。スイーツのことも郁のことも。
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