*Shoet DreamU(更新中)*
□【謙也】二枚目半の王子様
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ベッドのマットレスの上。膝立ちで郁を見おろしながら、謙也は楽しげな笑みを浮かべて軽口を叩く。こんなところで、一体郁の何を取り調べようというのか。
けれど、謙也はおもむろにズボンのベルトに手を掛けた。この間買ったばかりと言っていた派手なバックルのもの。
「え、何で、ベルト……」
郁は戸惑う。ベッドまで連れてこられて、この展開は。
「邪魔やからなあ〜」
ニヤリと笑ってそう答えた謙也は、カチャカチャと金属音をさせながら、慣れた手つきでベルトを外す。
普段はあんなに子供っぽいくせに。こういうときの謙也の色気は本当にすごくて、郁は何も言えなくなってしまう。顔を赤くして俯いた。
スルリという衣擦れの音に、いたたまれなくなってしまった郁は、思わず目を閉じる。惚れた弱みとはまさにこのことだ。あまりのカッコよさに、もう降参といったありさま。
恥じらいと緊張に俯く郁を満足そうに見おろしながら、口の端を上げて笑って。謙也はそのまま、ベルトをベッド下に投げ置いた。楽しそうに彼女ににじり寄る。そして……。
***
「アハハハハハハ! も、もうやめてよぉ謙也くん……!」
「アカンで! お前がちゃんと白状するまでくすぐり攻撃や」
「自白の強要は違憲だよ〜 黙秘権を行使…… ってアハハ」
寝室に郁の甲高い声が響く。謙也にくすぐられながら、郁は相変わらず爆笑していた。仲良しの同い年お友達カップル。ベッドの上だというのにかけらの色気もない。
洋服が皺になるのも気にせずに、郁は謙也とベッドの上で転がるようにしながら、ひたすら笑っていた。謙也もとても楽しそうだ。
先ほどの「ベルトが邪魔」というのはただ単に、ベッドで寝転がるのに邪魔というだけだった。派手でごついバックルは鍛えた腹部を圧迫する。
「黙秘権なんて認めんで! 俺ん家では俺が法律や! 治外法権や!」
「謙也くん領事館だ!」
お巡りさんネタはまだ続いているらしく、寒いネタを楽しそう応酬しながら、二人はきゃいきゃいと騒いでいた。ちなみに謙也は医学部で郁は文学部。法学部にはかすりもしていない。
「……も、わかったよ。教えてあげるから、くすぐるのもうやめてよ」
笑いつかれたのか、根負けしたのか。郁はついに白旗を上げた。
「せやで、最初からそうやって……!」
ようやく願いがかなったからか、謙也は得意げだ。とても嬉しそう。けれど、その喜びぶりにちょっとムッとしたのか。郁は唇を尖らせた。
「でも、何でそんなに知りたがるの!」
「ええやろ別に! 二人の仲に隠し事はナシやで!」
けれど、謙也はいかにもなことを言って誤魔化そうとする。ムキになった郁は声を荒らげた。
「じゃあ、ペットのイグアナの名前教えてよ!」
「それはアカン!」
「なんで!?」
郁はぴしゃりと断られる。これで三回目だ。どこに差し支える理由があるのかは知らないが、謙也はかたくなに教えてくれない。
郁は明らかに不満そうだ。『ペットの名前くらいいいじゃん』と顔に書いてある。
「つか話逸らすなや! ほら、とっとと喋れ!」
しかし謙也は話を戻すと、郁をせっついた。
「……しょうがないなあ」
これ以上ゴネてもしょうがないと観念したのか、郁は渋々ながらも口を開く。
「白石くんとはね…… 謙也くんの話してたんだよ」
上目づかいで、彼氏に打ち明ける内緒話。
「……は?」
「謙也くんってお友達の話はいつもしてくれるけど、自分の話ってあんまりしてくれないでしょ。前、白石くんにちょっと愚痴ったら『ほんなら教えたるわ』って」
「……ッ!」
自分の話をしない、つまり自己開示の不足は、以前、後輩の財前にも指摘されたことだった。
『――俺や部長のことやなくて、せめて自分のこと話してください』
直したつもりが出来ていなかったとは。謙也はショックを受けるが、しかし、郁は楽しそうに白石から聞いた話を謙也本人に向かって話す。
「四天宝寺の文化祭で女装喫茶やったときの写真とか見せてもらったよ! 謙也くんも白石くんも超かわいかった!」
先ほどとは一転、郁はご機嫌だ。思い出し笑いなのかニコニコとしていて、すごく楽しそう。
中高時代の文化祭。テニス部でやった女装喫茶。件の後輩、魔性の美少年財前は不参加だったので、白石と謙也がツートップ。皆の目線とハートをさらって、売り上げ新記録を樹立したのだった。
「……お、おう、当たり前やろ! 化粧とかめっちゃ特訓したっちゅー話や!」
楽しそうに話す郁の手前、謙也はノリよく話を合わせる。しかし、心の中では複雑だった。自分の女装姿なんて他の子はともかく、彼女の郁には見られたくなかったような気もする。
そのときはノリノリでやっていたくせに、現金なもので今更恥ずかしい気がしてきた。
(どんな格好しとったんやっけ……)
謙也はなんとか思い出そうとするが、あいにく女装喫茶は中高の六年で何度もやっていた。白石が彼女に見せたという写真はいつのものだろう。
(メイド服着たんは中学ンときやったやろか……)
しかし、郁は謙也の葛藤には気づかない様子で、能天気に話を続ける。
「二人とも可愛いねって言ったら、写真送ってもらっちゃった! 毎日眺めてるよ。あれホント笑うよね」
「ッ、そんなん見んでええやろ!!」
さすがに「毎日見てる」は効いたのか。謙也はあからさまに嫌そうにする。何が悲しくて愛しい彼女に自分の女装姿を毎日拝まれなくてはならないのか。せめてもう少しまともな姿のものを……。
「ッ、白石のヤツ……!」
さすがにちょっと腹が立って、謙也はつい心の声を口に出す。しかし郁は気にせずに、続きを楽しそうに話す。
「あ、でも一番笑ったのが演劇のやつかなぁ。謙也くんが王子様のやつ!」
「ッ! それは!」
何かよほど嫌なことでも思い出したのか。ギクリと大げさに身体を震わせて、謙也は青ざめる。同じく文化祭でのテニス部の出し物、舞台『白雪姫』。王子役はくじでアタリを引いた謙也で、お姫様役は。
「小春ちゃんが、謙也くんにぶっちゅ〜ってしてた写メ本当面白かったよ!」
「ッ!」
とうとうライフが尽きたのか、謙也は片手で口元を覆い項垂れた。まるで吐き気を我慢するかのようなそのポーズ。
あれは忘れもしない、高校最後の文化祭。キスはフリだけって言っていたのに、本番でドレス姿の小春に、グワッシぶっちゅうと熱いベーゼを決められて、舞台上で気絶しそうになったのだった。
敗因は、あまりの嫌さから口づけの瞬間、視覚情報を自ら遮断してしまったことだ。そのせいで小春のアタックをかわせなかった。
舞台そででは小春の相方のユウジも別の意味で気絶しかけていたけど、一番の被害者は自分だと謙也は信じて疑っていない。
ちなみにこの舞台、白石はお妃様と魔女役だった。白雪姫より美しいお妃様で、姫の命を狙う理由がなかったがそれはそれ。そして小人役は石田銀と遠山金太郎。おいしすぎるくじの結果であった。
「白石くんは二枚目で正統派の王子様って感じだけど、謙也くんは本当王子カッコ笑いって感じだよね、せっかくイケメンなのに」
無邪気な笑顔で、郁は楽しそうに毒を吐く。自分の彼氏に対してひどい言い草だ。
「ッ、二枚目より二・五枚目のが美味しいんや! 完璧なイケメンなんそれだけでスベッとるわ!」
「も、またそんなこと言って」
しかし、自分の発言は顧みず。勢いで白石を貶す謙也の頬を、郁はギュッとつねった。けれどすぐに手を離すと、郁はにっこりと微笑んだ。
「……スベッてても、面白くても、私が好きなのは謙也くんだよ」
無邪気で可愛い、今まで一番素敵な、謙也の好きなその表情。白石と一緒にいたときよりもずっと、幸せそうで嬉しそうだ。
「郁……ッ!」
謙也は素直に感激する。先ほどまでのゴタゴタはあっさりと忘れて、コロッと彼女に惚れ直す。ちょろい男である。
「でも小春ちゃんにチューされてるとこホント面白かった。あれは爆笑した」
「ッ! 思い出させんなや、俺の黒歴史や!」
再び額に青筋を立てながら、謙也は叫ぶように言う。一生の不覚だ。 とはいえ、学校中を爆笑の渦に陥れた演劇『白雪姫』。身体を張って笑いを取りに行った勇者、ではなく王子の謙也に文化祭のMVPが贈られた。賞品のコケシ百個は今でも四天宝寺のテニス部の部室に飾ってある。
「ハッ、ということは郁の携帯にそのキス写メも送られとるんか!?」
「アッ、しまった!」
しらじらしくそんなことを言う謙也と、同じく棒読みで驚く郁。まるでコントのようだ。仲良しカップルの夫婦漫才。
「いくらお前でもそれは許さへんで! 携帯どこや、リビングのちっこいカバン中か」
「あ、やだダメ!」
立ち上がってリビングに向かおうとする謙也を、郁は抱き付いて止めようとする。けれど。
「ふふん、ダメとかゆうても『無駄やで〜』」
白石のモノマネをしながら、謙也は郁をひょいっと抱き上げた。
「ひゃっ!」
今度は、なんとお姫様抱っこ。さっきの米俵を担ぐような抱っこから一転。あまりにも甘い。甘すぎる。先ほどとのあまりの落差。ギャップがすごくて、郁は思わず照れてしまう。
恥ずかしくて謙也の顔が見れない。またしても、頬を赤くして俯いた。まさか謙也に、こんなことをしてもらえると思わなかった。
それに、何より。さっきこぼした言葉を覚えていてくれたことが嬉しかった。
『……お姫様だっこじゃないの』
けれど、ずっと俯いていたら謙也に催促されてしまった。
「……ほら、ちゃんとコッチ見て、俺の首に腕回し?」
恥ずかしさを我慢しながらも、郁は謙也を見上げる。ちっとも完璧じゃない、口を開けば変なウケ狙いばっかりの、だけど愛しい王子様。 金色の髪が部屋の明かりでキラキラと輝く。愛しげに自分を見つめてくれるその瞳は、今日も誰よりカッコイイ。
郁は促されるまま、謙也の首の後ろに両腕を回して、ギュッとしがみついた。二人の身体がさらに密着する。あとちょっとで、キスだって出来そうなほど。
憧れのお姫様抱っこ。男の子にしてもらったのなんて初めてだ。しかも、それをしてくれているのが大好きな謙也だなんて。嬉しすぎる。恥ずかしいけど、すごく幸せだ。
「――王子カッコ笑いやなくて、ちゃんと王子様やろ?」
照れている郁に調子に乗ったのか、早速謙也は格好をつける。郁を見おろして、得意げに笑う。
「お前の願い事なら、すぐに叶えたるイケメン王子や」
願い事のお姫様抱っこ。早速叶えてくれている。上機嫌な謙也は口の端を上げると、郁をからかうように言った。
「オプションでチューもつけるで?」
「も、なにそれ!」
あれだけ気取って格好をつけても。やっぱり王子カッコ笑いな謙也に、郁はつい怒ってしまう。
黙っていればイケメンなのに、いつもそんなふざけたことばかり。いちびりでせっかちで子供っぽくて、ちっとも正統派じゃないけど。でもそんなところが愛おしい。大好きな、愛すべき二枚目半。
そんな王子様に、郁は臆面もなくおねだりをする。
「……でも、あとでちょうだいね?」
文化祭では小春ちゃんだったけど、今この瞬間のお姫様役は自分なのだ。せっかくのオプション。ちゃっかりと頂いてしまおう。
ここぞとばかりに、郁は謙也に甘える。甘い声に素直な言葉、そして彼が好きだと言ってくれる、とびきりの笑顔で。
「……ッ、反則やろ」
内気なお姫様に、まさかノッてこられるとは思っていなかったのか。今度は謙也が照れる番。頬を染めて視線を逸らす。でもとても幸せそうだ。
仲のいい二人、明るくていつも笑顔の絶えないカップル。内気な郁も謙也と一緒のときは、いつも楽しそうに笑っている。
こうやって周囲を明るくするのは、本人は気づいていない謙也の長所だ。周りの皆に愛されて、大事なお姫様を笑顔にする、二枚目半の王子様。