*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部先生パロ】恋人ごっこ
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自分の右隣で答案用紙に赤ペンを走らせている彼に向かって、郁はおもむろに口を開いた。
「――ねぇ先生。満点取ったらデートしてくれる?」
拗ねたような、ぶっきらぼうなその口調は、けれど、彼女なりの精一杯。
しかし、彼は相変わらずクールだった。
形のいい眉をわずかに顰めて、そして、郁の一世一代の告白をいとも軽くあしらう。
「あん? バカなこと言ってねぇで、早く問題解け。それとももうできたのか?」
彼――郁の家庭教師の跡部景吾は、今年で大学三年生。
現在高校三年の郁とは、ちょうど三歳違う。
大人にしてみればたった三歳。
けれど、まだ高校生の郁にとっては三歳の壁は途方もなく大きかった。
高校生と大学生という境遇の違い、家庭教師と教え子という関係も含めて、
それはあまりにも高い壁として郁の前に立ちはだかっている。
何を言っても真面目に受け止めてもらえないのだ。軽くスルーされてしまう。
今もそうだ。真剣に言っているのに、跡部はこちらを見ようともしない。
郁は小さく息を吐く。彼の手元に視線を落とした。昨夜、頑張って解いた英語のプリント。
採点し終えた跡部は、驚きに目を見開いた。
「…全問正解だ。信じらんねぇな」
「私だってちゃんと頑張ってるんだよ」
「調子に乗るな。この程度の出来て当然なんだよ。何せ」
そこまで言って、彼は言葉を切ると。初めて郁の方を見た。
「――この俺様が教えてやってるんだからな」
自信に溢れた不敵な笑み。青い瞳が細められる。
憧れで大好きな跡部の、一番好きな表情。
この笑顔を向けられて恋に落ちない子なんてきっといない。
ほろ苦い切なさが込み上げて、郁の胸がにわかに苦しくなる。
心臓を強い力で握られたかのように苦しい。でもハートならすでに掴まれてしまっている。
昨年の春、自分の母に『新しい家庭教師の先生よ』と跡部を紹介されたそのときから。
彼との出会いを回想しながら、しかし郁は黙ったまま瞳を伏せた。
「……」
せっかくノーミスだったのに、褒めてもらえないのが悲しかったのだ。
しかし跡部はあからさまに元気のない様子の郁には構わずに、今日の授業の締めくくりに入った。
「…まあいい。来週は英語だけじゃなく、テスト対策で数学と国語もやるからな。ちゃんと準備しとけよ」
普段、跡部が彼女に教えている科目は英語だ。
彼女がかつて最も苦手にしていた科目で、今は逆に一番の……。
「はぁい」
ぶっきらぼうにそう答える郁を、跡部は帰り支度をしながら叱る。
「返事はハイだ」
しかし、跡部にそう叱られても。郁は言い直す気も起きなかった。
「……」
心の内にあったのは、もやもやとした息苦しさだけ。
郁は勉強机の隅に置いている写真立てに目をやった。
それには写真ではなく、お気に入りのポストカードが入れてある。
モノクロの画面の中で、微笑む外国人の幼い少女。その隣に筆記体で英文が書かれている。
I love you much more than you think
跡部に訳を頼んでもきっと、こちらを見もせずに言われるに違いない。
『あなたが思うよりずっと私はあなたが好きです、だな』
ぶっきらぼうな声が脳裏に響いて、郁は瞳を伏せる。
(…先生のバカ)
けれど、そのつぶやきは。郁の唇には乗らない。


***

「だからそんなヤツやめとけって言ってるんだ」
「日吉くんには私の気持ちなんてわかんないよバカ!」
「もう、郁も日吉くんもやめなよ…」
翌日。郁は早速、クラスメイトの二人に跡部の愚痴を言っていた。
日吉若に小日向つぐみ。二人とも郁の大事な親友だ。
今はお昼休み。三人の通う氷帝学園高等部の中庭は、昼食をとる生徒でにぎわっていた。
購買で買ったサンドイッチを片手に、郁は口を尖らせて、懲りもせずつぐみに絡む。
「つぐみはヒドイと思わないの?! こっちのこと見もしないんだよ!」
「でも跡部先生って元々すごくクールでオトナなんでしょ? 
郁もそういうとこが好きって言ってたじゃない」
困ったような笑みを浮かべながら、つぐみは不機嫌な郁をなだめる。
しかしつぐみの隣の日吉は、明らかに苛立った様子だった。
つぐみの台詞が終わるや否や、郁に食って掛かる。
「向こうはお前みたいなガキには興味ないんだよ。俺たちより3つだか4つも上なんだろ。
お前みたいな色気のないバカじゃなくて、ちゃんと美人の…」
「彼女いないって言ってたもん! 日吉のバカバカバカ!」
条件反射のようにそう叫んで、郁は急に立ち上がる。
「あっ、郁…!」
つぐみの制止を無視して、郁は食べかけのサンドイッチを持ったまま、
購買のビニール袋を持って走って行ってしまった。
基準服のチェックのスカートが翻る。
その後ろ姿に向かって、日吉は吐き捨てた。
「…俺は悪くないからな」
「日吉くん…」
「どうせそんなヤツ、ろくでもない遊び人に決まってるんだ。
さっさと諦めた方がアイツのためなんだよ」
あからさまに不機嫌な様子で、日吉はそう吐き捨てる。
けれどその言葉はまるで言い訳のようだ。至らない自分を正当化するような。
辛そうな日吉の様子に、つぐみは心配そうに眉を寄せる。どんな言葉をかけるべきか。
良くも悪くも日吉の気持ちはわかりやすい。
彼の想いに気がついていないのはきっと、気持ちを向けられている本人だけ。
すると。タイミングよく下級生の男子が声を掛けてきた。
「すいません! 日吉部長!」
少し離れた場所から声を張って呼びかけてくる。日吉が部長を務める、テニス部の部員だった。
「…早くいきなよ」
つぐみは日吉を促す。
「…チッ」
舌打ちひとつして、日吉は立ち上がる。
昼食はすでに食べ終わっていた。日吉は弁当箱の入った袋を手に、部員の方に歩いていく。
一人残されたつぐみは、小さく息を吐いた。
「…郁も鈍感だけど、日吉くんも素直じゃないんだから」


***

「…おお! 結城」
帰りのHRが終わり、昇降口に向かって歩いている途中。
郁は中年の英語教師に呼び止められた。
「先生」
「…よくやったじゃないか。今回の模試の結果もなかなかだったぞ」
学年主任でもある彼は、いかにも上機嫌な様子で郁に朗らかな笑みを向けてくる。
「英語もまた一番じゃないか。先生は嬉しいぞ」
話題は今日返されたばかりの全国模試の結果。英語はほぼノーミスで学年トップ。
「……」
しかし、嬉しそうな英語教師に対して、郁はそうでもなさそうだった。
褒められて喜ぶどころか、むしろあからさまに疲れたような顔をする。
「しかしお前はここにきて急に成績が上がったな。何か心境の変化でもあったのか」
「…別に、何もないです」
そうとだけ言って、郁は瞳を伏せると。
彼女を気遣って声を掛けてくれている教師を突き放すように、つっけんどんな言葉を口にした。
「先生、すみません。今日家庭教師の人来るんです」
そのまま、郁は足早にその場を後にする。

家に帰ってきてから。郁は基準服のまま部屋でぼんやりとしていた。
帰りがけに英語教師に言われた言葉に、昼休みに日吉に言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
今日は、家庭教師の跡部が来る日だ。
本当なら早く私服に着替えて、彼を迎える支度をしなくてはいけないのに。
準備をする気も起きずに、郁は自室の机でうつ伏せになって、ただ無為に過ごしていた。
学校は楽しいし大好きだ。
友達にも恵まれて、ずっとキライだった勉強もやっと好きになれて、
成績だって上がってきていて、これ以上を望むなんて贅沢なくらいなのに。
郁は少しも満たされなかった。
英語だけとはいえ、進学校の氷帝で学年トップ。なのに、ちっとも喜べない。
学校の先生やクラスの子たちにどんなに褒めてもらっても、少しも嬉しくないし満たされない。
その理由は、考えなくてもわかる。
『…先生、私ね。先生に褒めてもらいたいから、勉強頑張ってるんだよ』
拗ねたようにそう言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
(…きっと、また呆れられるだけだよ)
郁が心の中でそうつぶやいたとき、マンションのチャイムが鳴った。

「今日、模試の結果が返ってきたの。学校の先生に褒められたよ」
「ほう」
「英語はね、校内で一番。五教科合計でも学年で一桁だったの」
「そりゃよかったじゃねーの」                                                                                             
自分の隣で模試の結果を眺める跡部の気を、ほんの少しでも引きたくて。郁は彼に話しかける。
他愛ない風を装っているけど、彼女にとっては何よりも重要な話題。
ずっと跡部に振り向いてもらうためだけに努力してきた。
学校の先生や両親をはじめとした周囲の人たちにどれだけ褒めてもらっても、
跡部に褒めて貰えないなら、郁にとっては何の意味も持たない。
しかし。彼女の予想通り、跡部の態度はつれない。郁をねぎらうこともなく、自分の話を口にする。
「ま、俺がお前の頃は全科目トップで学年首席だったけどな」
けれど、その自分の話すらも。跡部はどうでもよさそうだった。
跡部は現在、氷帝学園の大学部に通っている。
一時期は留学していたこともあったけど、中等部からの氷帝生で在学中はずっと首席だった、らしい。
「…先生のために頑張ったんだよ。昔の私じゃ、学年で100番以内がせいぜいだった」
ついに我慢できなくなったのか、郁は拗ねた瞳で跡部を見上げる。
「…だから褒めろって?」
しかし、跡部はどこまでもクールだ。
年下の女の子に潤んだ瞳で睨まれても、悔しいくらいに平然としていて、正論だけを口にする。
「ふざけるな。勉強は自分のためにするもんだろうが。そこで何で俺のためになるんだ」
「先生のためだもん! 先生に私のこと好きになってもらいたいから頑張ったんだよ!」
ムキになって声を荒らげる郁を、けれど跡部は冷たい瞳で見おろした。
「――いい加減にしろ」
明らかに苛立った低い声。
「いいか、俺はお前の家庭教師で、お前は俺の生徒だ。
そしてお前がくだらない話で俺の邪魔をしているこの時間に対しても、
お前の親は時給を払ってる。決して安くない金額をな」
拗ねてワガママを言う郁の瞳の奥を見つめて、跡部は淡々とそう諭す。
容赦のないその言葉は、幼い彼女の恋心を傷つけて、突き放すには充分だった。
家庭教師の大学生と教え子の高校生。
ただそれだけの関係なのだと、郁は跡部本人に改めて思い知らされる。
跡部が「家庭教師を辞めたい」と口にするだけで、もう二度と会えなくなるような、そんな脆い関係。
なんて儚いんだろう。
こんなに好きなのに。跡部に好きになってもらいたくて、あんなに努力してちゃんと結果も出したのに。
こんな扱いしかしてもらえない。
アルバイトとはいえ仕事として彼女と接している跡部からすれば、
教え子の恋心を拒むのは当然だ。むしろ受け入れてしまう方が問題なくらい。
それが世間の常識であり、跡部の誠意だった。
けれど、まだ幼い郁にそれが分かるはずもない。
「…っ」
彼女は小さく息をのんだ。鼻の奥がツンと痛くなる。もう涙があふれる寸前。けれど、跡部に涙は見せたくなかった。
あまりにも子供じみた意地。けれど、これだって郁にとっては立派な女のプライドだ。
「定期考査も近いんだ。だから黙って真面目に…」
お説教を続ける跡部に向かって、郁は叫んだ。
「先生のバカ!!」
彼女はそのまま、部屋を飛び出す。
「ッ、おい郁!」
跡部の制止も聞かず、郁はバタバタと大きな足音を立てて、そのままマンションの外に走って行ってしまった。
玄関ドアを乱暴に閉めた音はあまりにも大きく、
異変を察知した郁の母が彼女の名前を呼ぶ声が、跡部のいるこの部屋まで聞こえてきた。
数分後。部屋の扉がノックされ、声が掛けられた。
「――あの、跡部くん? 開けても大丈夫?」
一瞬だけ迷ったのちに、跡部は部屋の扉を開けた。そこには予想通り、心配そうな顔をした彼女の母がいた。
「跡部くん、さっきうちの郁が…」
「……すみません。ちょっと喧嘩をしてしまいまして」
苦笑いを浮かべ、跡部は彼女の母に頭を下げる。
けれど、すぐに顔を上げて、跡部は真剣な眼差しで郁の母を見つめた。
「俺が責任もって連れ戻しますから、お母さんは家で待っていてください」
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