*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】恋愛写真
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 ブルーレイのコーナーを一通り見て回ったけど、やはり話はまとまらず。跡部と郁は何も買わずに店を出てきた。

 もう日が暮れていて、空の色はすっかり濃い藍色だった。坂道のイルミネーションも点灯していて、立ち並ぶけやきの街路樹が青く輝いている。

 繁華街の街あかりもいよいよ華やぎを増して、夜になったはずなのに、街は夕方よりも明るいほどだった。

 そういえば東京の夜は大体こんな感じだったと、跡部は思い出す。夜中でも街の明かりはまぶしいほどで。

 けれど、今自分たち暮らしているイギリスはこうではない。真夜中ともなればあたりは真っ暗で、夜空に瞬く星々が美しく――

「――わあ、雪です……!」

 しかし。唐突に聞こえた郁の声に、跡部は現実に引き戻される。隣の彼女は、ずいぶん嬉しそうな様子で空を見上げていた。夜の街に、音もなく降る雪。

 舞い落ちてくる真っ白な氷の欠片が、街あかりを反射してキラキラと輝く。

「すげーな……」

 無意識に、跡部はそうつぶやいていた。急に降り出した雪は、すぐに本降りになった。こんなにしっかりと降るのは、都心では珍しいくらい。跡部はふと、以前仕入れたカメラの知識を思い出す。

「そうだ。雪が降ってるときに、フラッシュ使って写真撮ると面白いんだぜ」

「え?」

 跡部の発言に、なぜか郁は意外そうな顔をした。

「……景吾先輩って、写真好きなんですか?」

 わざわざそう尋ねてくる。

「……どうでもいいだろ」

 可愛いあなたをもっと可愛く撮りたくて勉強したんですよ。とは言えるわけもなく。跡部はぶっきらぼうにそう返すと、スマホをいじりはじめた。カメラアプリの設定変更。

「待ってろ、今見せてやるよ」

 パシャリ、というシャッター音と同時に、夜の街にまぶしいフラッシュがたかれる。その光は街中を舞う白い雪に反射して。

「ほら、綺麗だろ」

 イメージ通りの写真が撮れているのを確認してから、跡部は郁にスマホの画面を差し出した。

「わあ、綺麗です……!」

 ロマンチストな彼女は、案の定、頬を染めて喜んでくれた。

「フラッシュをオンにして、ピントを遠くに合わせて撮るとこうなるんだぜ。カメラ近くで降ってる雪が、フラッシュを反射して輝いて、丸くボケて写るんだ」

 だからこそ、この現象は玉ボケ、あるいは丸ボケと呼ばれる。跡部が撮った写真も、街路樹の青いイルミネーションを囲むように、綺麗な丸いホログラムを散らしたようになっていた。

 華やかな真冬の東京の街を切り取った、素敵な一枚。実はカメラ好きの女の子たちの間でも、こうやって写真を撮るのが流行っているのだ。

 特に今のような雪の夜は、ロマンチックな写真が撮れるからお勧めだ。

「すごいです、私も撮りたい! 景吾先輩、向こうに立ってみてください!」

「……あん?」

「お願いしますっ!」

「……仕方ねぇな」

 彼女が撮りたいと言い出すのは予想できてたけど、まさか自分を入れたがるとは思っていなかった。

 けれど、大事な恋人の可愛いワガママだ。跡部は素直に従った。少し離れたところまで歩いて、コートのポケットに手を入れてゆったりと佇む。

 郁は真剣な表情でスマホをいじっていた。先ほどの自分と同じく、カメラアプリの設定を変えているのだろう。ようやく準備が終わったのか、郁はスマホを構えた。

「……じゃあ撮りますよ! はいポーズっ!」

 シャッター音と同時にフラッシュが光る。まぶしい光が夜の闇を一瞬だけ吹き飛ばす。何人かの通行人が郁と跡部に顔を向けたが、何も言わず通り過ぎていく。

「わぁ、綺麗に撮れてる!」

 早速スマホの画面を見て、郁ははしゃぐ。満面の笑みを浮かべていた。彼女はすぐに跡部の方に駆け寄ると。

「先輩、見てください!」

 大きな瞳を輝かせて、跡部に画面を見せてきた。目抜き通りのイルミネーションを背にして、離れたところに立つ跡部と、彼を囲むように散らされた丸いキラキラ。

 被写体がフォトジェニックだからか、まるでファッション誌のグラビアのような一枚だ。

「よく撮れてるじゃねーのよ」

 丸ボケのキラキラ具合を確認しながら、跡部はさりげなく自分の写りもチェックする。

(……ふん、なかなかじゃねーの)

 いつも通り、格好よく写っていた。跡部は満足する。愛する彼女が何度も眺めるだろう自分の写真。きちんと写っていないと困るのだ。

「先輩、ありがとうございますっ」

 しかし、郁はそんな跡部の胸中などいざ知らず、能天気にニコニコとしていた。すると。聞き覚えのある声に、二人は名前を呼ばれた。

「――何してるんですか、二人とも」

「日吉くん」

「日吉」

 声を掛けてきたのは、先ほど別れた日吉だった。まだいたんですか、とでも言いたげな彼に。郁は明るく笑いかけた。

「あのね、写真撮ってたの」

 そして、郁は日吉の方に駆けていく。仕方なく、跡部は彼女の背中を追った。早速、郁はスマホの画面を日吉に見せて、さきほど教わったばかりの裏ワザを解説していた。

「……へえ、なかなかいいじゃないか」

 てっきり、どうでもよさそうにするかと思ったのに。意外なことに、日吉は褒めてきた。そして、郁から跡部の方に視線を移すと。

「せっかくですし、ツーショット撮ってあげますよ」

 楽しげな笑みを浮かべて、そう言ってきた。明らかに、跡部をからかっている様子だ。

「……あん?」

 跡部はわずかに眉を跳ねさせるが、

「わぁ、日吉くんありがとう!」

 郁は無邪気に喜んだ。やはり、鈍い彼女は、日吉と跡部のささやかなバトルには気づかない。

「じゃあこれ、よろしくお願いします!」

 嬉しそうに自分の携帯を差し出した。なんとなく気に入らないけど、幸せそうにはしゃぐ郁にほだされて。仕方なく跡部は撮影に応じることにした。郁と二人、少し離れた場所まで移動して、立ち止まる。

 先ほどの撮影のときに跡部が立っていた、ベストスポットだ。二人の準備が出来たのを確かめて。日吉は郁の携帯を構えると、口を開いた。

「――それじゃあ撮りますよ。……はい、キノコ」

そのひょうきんな掛け声に、跡部は不覚にも笑ってしまう。



***



「わあ、綺麗に撮れてる! 日吉くんありがとね」

 日吉からスマホを受け取って、郁は喜色満面ではしゃいでいた。

 写真は驚くほど綺麗に撮れていた。跡部と郁を囲む、虹色の丸いキラキラを散らしたような、美しい雪の玉ボケ。背景の目抜き通りのイルミネーションとも相まって、まるで映画のワンシーンのようだった。

「お前にしちゃあ、やるじゃねーのよ」

 跡部にも礼を言われて、日吉は口元を綻ばせる。

「そりゃあどうも」

 彼にとって、跡部に褒められるのはやはり特別だ。けれど、日吉は自分のスマホを取り出して、今の時刻を確認すると。

「……跡部さん、すみません。祖父に呼ばれているので、もう戻ります」

 なんとなく名残惜しい気もするが、あいにく今日は早く帰らなくてはならなかった。

「ああ、気にするな。引き留めて悪かったな」

「そっか…… またね。日吉くん。写真ありがとね」

 二人に見送られて、日吉はその場を後にする。自分の帰り道は、彼らとはちょうど反対方向だ。最寄り駅に向かう最短ルート。雪に降られてしまうのも嫌で、日吉はそそくさと足を進める。

 しかし。後ろからあの二人の声が、風に乗ってかすかに聞こえてきた。

「――先輩、帰りコンビニよりたいです」

「――あん? 何だよ、いるものがあるのか」

「――今日発売の雑誌買いたいの」

「――雑誌だあ? さっき買っとけばよかったじゃねぇか」

「――忘れてたんです」

「――仕方ねぇな」

 何てことのない、ささやかなやりとり。けれど、その声はとても幸せそうだ。少なくとも自分は、跡部があんなふうに誰かを甘やかしているところを見たことがない。

 なんとなく後ろ髪を引かれて、日吉は振り返った。いつの間にか跡部と郁も歩き出していたようで、二人の後ろ姿はずいぶん小さくなっていた。

 降りしきる雪の中で、傘もささずに。ぴったりと身体を寄せ合って歩く仲睦まじい姿。あんなにくっついていたら歩きづらいだろうに、それでも二人は離れなかった。

 幸せそうなその姿になぜか自分まで満たされた気持ちになって、日吉は踵を返した。イルミネーションの美しい冬の街を、たった一人で歩く。

 凍えるほど寒い冬の夜。澄んだ空気は肌を刺すように冷たく、吐く息も真っ白だ。しんしんと降る雪はまだやみそうにない。

 けれども。さきほど自分が撮った写真の中で、互いに寄り添って幸せそうにしていた跡部と郁の姿を思い出し、日吉は満足げな笑みを浮かべる。

 ある冬の夜。空気の冷たさは変わらないけれど、心の中は温かかった。
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