*Shoet DreamU(更新中)*
□【忍足】看病ごっこ
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DVD鑑賞は、二人がお付き合いを始めた頃から続けている共通の趣味だ。忍足が高三、郁が高二の頃からだから、もう丸二年以上。
そんなに経っているから。二人ともが好きな恋愛ものは、ほぼ見尽くしてしまった。郁はしみじみとつぶやいた。
「……確かに、そうかもしれませんね」
「もう二年以上やしなぁ」
忍足もまた感慨深げな様子だ。
「あっという間でしたね」
「せやなあ」
彼女と過ごす時間は、幸せすぎてあっという間だった。今はもう二人ずっと一緒にいるのが当たり前で、むしろ一緒じゃないときの方が想像しづらいくらいで。
「そういえば……」
口の端に笑みを浮かべて。おもむろに忍足は口を開いた。
「高校の頃、お前映画のベッドシーンになるたびに、むっちゃ挙動不審になっとったやろ」
「え!」
「いやぁ、アレは面白かったわ」
忍足はクスクスと笑い始める。あの頃は、映画より郁を眺めている方が面白かった。ずっと昔から好きだった彼女とようやく付き合えて。つまり、それくらい嬉しくて浮かれていたのだ。
大好きな恋愛映画より、彼女を優先してしまうくらい。その想いは、もちろん今も変わらない。
「今でもたまにラブシーンのときおかしくなるもんな」
「ッ!」
忍足にそう指摘され、郁はまたも顔を赤くする。外国映画の大胆で濃厚なラブシーン。
キスだってお互いの唇を貪りあうようなイメージで、ベッドシーンに至っては、俳優さんの逞しい身体と女優さんの豊満な身体とが、裸同然の姿で情熱的に絡まりあう。
そのあまりにも肉感的で生々しい映像に、つい郁はうろたえてしまうのだ。
「べ、べ、別に……!」
そんなことないです、とも言い切れずに。郁は苦し紛れに話題を逸らす。
「でも、先輩だって!」
「せやなぁ。つまらん映画やな思うとるときにそうゆうシーンになると、ついお前押し倒しとるわ」
「や、やっぱり……!」
酸素を求める金魚のように、口をぱくぱくさせながら。けれど、この機会を逃すまいと、郁は忍足を責めた。
「私は最後まで見たいのにヒドイです!」
「映画面白いときは、終わってからしとるからええやろ」
しかし結局、辿り着く結論は同じなのだ。恋人とのDVD鑑賞は全てそれに通じてしまう。愛し合っている男女が部屋で二人きり、しかも仲良く寄り添っているんだから仕方がない。郁は小さく息を吐いた。
「もう……」
「せや、ひさしぶりに借りに行くか。DVD。ちょっと遠いけど、こないだ新しいショップができたんやで」
ニコニコと楽しそうに、忍足は笑う。
「え?」
「結構でかい店で品揃えもええって、白石が言うとったわ」
「ホントですか?」
心惹かれたのか、郁は瞳を輝かせた。新しいお店、一体どんな感じなんだろう。
「散歩も兼ねて、手ぇ繋いで行くか」
「ハイっ」
さっきまで、ゆでダコのように顔を赤くして、わたわたと慌てていたくせに。忍足にそう誘われて、郁はすっかり舞い上がってしまう。
例えご近所でも、大好きな忍足とのお出かけは、郁にとってはとても嬉しいことなのだ。
けれどそれは、忍足も一緒だ。手を繋いで、近くのレンタルショップまで。そんな小さなことでも、二人一緒なら、こんなにも幸せな気持ちになれる。
◆after
「わあ、ホントに大きいですね」
「ほんまやなぁ」
早速、二人はオープンしたばかりのレンタルショップにやってきていた。すぐ隣にはカフェや本屋、CDショップが併設されていて、DVDだけではなく、CDやコミックもレンタルできる大型店。
確かに忍足のマンションからは少し遠いけど、品揃えもよさそうだ。
「ちょっと歩くけど、たまにはこっち来るのもええかもな」
「そうですね」
お喋りをしながら、二人は店内を歩く。休日の昼間。おしゃれな店内は賑やかで、美味しそうなコーヒーの香りが漂っている。
不意に、忍足が足を止めた。張り出してあるポスターの前。今月からレンタル開始のDVDの告知だ。
「……あ『こぐま侍』もうレンタルしとるんやな」
「え?」
忍足の言葉に、郁は改めてポスターを見つめる。下の方に小さくだけど、その可愛い作品の広告は載っていた。
愛する人のために、こぐまは立ち上がる、というアオリ文。土埃の舞う荒れ果てた大地を背景に、着流しを着たふわふわのくまのぬいぐるみが、刀を構えているキービジュアル。
アニメではなく実写の作品。ロケ地は映画村だろうか。しかし聞きなれないタイトルだ。郁は忍足に尋ねた。
「何ですか? これ」
「や、俺もあんま詳しくないんやけど、何やネットで人気あるらしいねん」
ポスターを見つめながら、忍足はあらすじを解説し始める。
「流浪のこぐま侍が、愛する妹を悪代官から取り戻すために戦う話なんや」
「そうなんですか……」
不思議なお話だ。でも、何だか面白そうだ。
「意外と本格派の時代劇なんやで。一筋縄じゃいかへん」
「え?」
「悪代官もな、剣道の心得あってめっちゃ強いねん。全国大会三連覇できるくらい強いんや」
「全国大会?」
時代劇の世界に、そんなものがあるんだろうか。
「せやで。最初な、こぐまは悪代官にボコボコに負けるんや。でもこぐまはめげへんのや。ぱんだ仙人のもとで修業してな、そんで悪代官にまた挑むんや。ちなみに悪代官はイグアナなんやで」
「イグアナ?」
よく見ると、告知ポスターに写っていた。実写のイグアナ。メインの登場人物はみんな可愛いぬいぐるみなのに、ひとりだけリアルな爬虫類。
悪役らしく小さな子供が見たら泣き出しそうな雰囲気で、当然激しく浮いていた。
(……これこそぬいぐるみにすべきだったんじゃ)
一番デフォルメの必要のある生き物だ。しかし忍足はそれには触れず、あらすじの説明を続ける。
「そんでな、最終的にこぐまは妹を取り返すのに成功するんやけど、その妹がむっちゃかわええねん。こねこのように可愛いこぐまの妹のうさぎなんや」
「妹さん、うさぎなんですか」
「いや、見た目こぐまなんやけど、名前がうさぎ言うねん」
「?」
忍足の説明に、郁はさらに分からなくなった。もう一度ポスターを見てみると、頭にリボンをつけた町娘風のくまの女の子が写っていた。
(……この子かな)
郁がそう思ったそのとき。小さな文字が目に飛び込んできた。
『大人の本気がここに。――豪華誰得映像特典』
その内容に、郁は目の色を変えていた。
「先輩っ! DVDの誰得映像特典イグアナ代官の全国制覇物語みたいですよ!」
「すごいな新作撮り下ろし一八〇分って本編より長いで!」
「私これ見たいです!」
「俺もや! 今日はこれで決まりやな!」
ポスター前で盛り上がった二人は、いそいそと新作コーナーに向かう。
(……あとで謙也先輩に教えてあげようっと)
忍足の背中を数歩後ろから追いかけながら、郁は心の中でつぶやいた。
◆番外編
「ううう…… 最悪や……」
ベッドから漏れてくる苦しげな呻きを聞きながら、財前はぽつりとつぶやいた。
「……謙也さんが二日酔いって珍しいっすね」
安定の真顔でどうでもよさそうにそう言って。財前はベッドサイドに腰を下ろした。手に持っていたトートバッグとコンビニのレジ袋を脇に置いて、カーペットの上にあぐらをかく。
ここは一人暮らしの謙也の部屋。彼が通っている大学のほど近くにある小綺麗なマンション。
財前はレジ袋からウコンのドリンクを取り出すと、枕に顔を押しつけながら、うつぶせに寝ている謙也に差し出した。せっかくの週末だというのに、これだけのために呼び出された。
「どうしたんすか、一体。……はい、ウコン買うてきましたよ」
「……ありがとな」
そう言って、謙也は身体を起こすと。ドリンクを受け取って、開栓して一息にあおった。喉を鳴らして飲み干して、大きく息を吐く。
「……昨日ユーシと飲み比べしたんや。危うく救急車呼ばれるところやった」
「……ほんま最低っすね」
急性アルコール中毒は命に関わる。
「飲み比べとかアホちゃいます。ダメ大学生の見本っすわ」
あまりにも下らない二日酔いの理由に、財前はそうつぶやいた。そのあたりは一番分かっていそうな医学部同士で、一体何をやっているのか。
「アイツが悪いんや。ユーシが……」
しかし謙也は懲りもせず、相手のせいにしようとしている。けれどこのタメ年のイトコが絡むと、謙也には何を言っても『無駄』なのだ。元部長に教わったこと思い出し、財前は話題を変えた。
「つか、何で俺なんすか。カノジョ呼べばええのに」
意外なことに、現在謙也には付き合っている彼女がいる。物好きな女子もおるんやな、というのが財前の感想なんだけど。謙也ともお似合いの、穏やかで面倒見のいい子だ。ちなみに犬が好きらしい。
「妹の試験勉強見てやらなあかんのやって…… 白石にも今日はあかん言われてもうた」
「……ほんましゃあないっすわ」
けれど、やはり当たって断られたあとだった。財前は小さく肩を竦めた。
「……でもアイツほんまに優しいんやで」
「……は?」
アイツとはもちろん彼女のことだ。水を向けられて思い出したのか、謙也はやおら惚気はじめる。
「めっちゃ妹想いでな、今日もな……」
「……その優しさ、謙也さんには何ひとつ向けられてませんけど、それでええんですか」
「や、まあ確かに今日はあれやけど普段は……」
「……俺に言い訳してくれんでもええですよ」
どうやらまだ謙也の身体には、大量のアルコールが残っているらしい。真面目に相手をしてもしょうがないと判断し、財前は謙也の弁解を遮った。
まるで子供をあやすように、彼の身体で膨らんだ布団をポンポンと叩く。
「それより、酔っぱらいはちゃんと寝とってください。あとおかゆも買うてきたんで、欲しかったら言うてくださいね」
何だかんだ言っても財前は優しい。そして意外と面倒見がよい。小さな甥っ子のことも、普段からこうしてあやしているのだろう。
財前に言われるがまま布団にもぐり込んだ謙也は、こっそりと彼の方を見た。いつの間にか取り出していたスマホをいじる横顔はすっきりと綺麗で、女子が騒ぐのも納得のイケメンさだった。
囁くような声も耳に優しく、二日酔いで痛む自分の頭にも響かない。淡泊に見えるけどよく気がついて、介抱要員にはうってつけで。
(何や、やっとコイツがモテるん分かったわ……)
何事にもきちんと理由があるのだ。謙也は改めてそれを実感する。彼女と付き合い出したばかりで、まだぎくしゃくしていた頃。謙也はずっと財前に相談に乗ってもらっていた。
今はいい関係を築けているけど、それも全て財前のおかげだ。もう自分は、彼に足を向けて眠れない。
そういえば。ふと謙也は思い出す。その彼女と、今度出かける約束をしていたのだ。行先は有名なテーマパーク。せっかくだからまた相談に乗ってもらおう。謙也はベッドから身体を起こした。
「……そんなとこ行くんすか。この寒いのに」
「せや、羨ましいやろ」
「全然っすわ。つか、遊園地も普通にオフシーズンでしょ」
「だからええんやろ。待たんですむ」
「それ、謙也さんの都合やないすか」
相手の女子はそれでいいのかと、財前は呆れる。
「ちゃうねん。アイツが脱出ゲーム行きたい言うとんねん」
「ああ……」
そういえば、テレビや駅でも宣伝を見かけた。人気ゲームが下敷きの、襲いくるゾンビから逃げながら洋館を脱出するアトラクション。
「それならええんちゃいます? わりと楽しそうですし」
「せやろ」
「でも謙也さん、いくら怖くても彼女置いて一人で逃げるんはナシですよ」
「せんわそんなん!」
これぞまさに関西ノリ。恋愛相談というよりは漫才だ。
「ちゃんと一緒に逃げるわ。あ、でもアイツ足遅いから俺がかついでやらんとな」
「そこはお姫様抱っこでしょ」
男兄弟育ちのせいなのか、謙也の思いやりは時々ズレている。けれど、そのズレを矯正してやるのも財前の大事な役割だった。
「米俵じゃあるまいし、かつがんといてください」
せっかくのヒーローが台無しだ。
「……ほんまに冗談きついっすわ」
ぽつりとそうこぼしてから。しかし財前はうっかりと口を滑らせてしまう。
「まあ重さは似たようなもんですけど」
「えっ、そうなん? 女子そんな重いん?」
「……」
相変わらずのノーデリカシー。財前は無言で視線をそらす。
(……そこはスルーするとこでしょ)
しかし謙也は気になって仕方がないようだ。真顔で訊いてきた。
「財前、米俵って何キロ……」
「……知るわけないでしょ。ネタにマジレスきもいっすわ」
ほんまに相変わらずやなこの人は。
(でも、謙也さんと一緒に遊園地とか、何やむっちゃ楽しそうやわ)
こっそりと後をつけて、デートの様子をのぞいてみたい。財前は不埒なことを考える。
(……チューするならセントラルパークのベンチがええですよって、あ とで教えたろ)