*Shoet DreamU(更新中)*
□【忍足】どんな君でも
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酒癖の悪い上級生に絡まれて一年と二年は浴びるほど飲まされたことや、それに耐えかねた忍足たちが逃げるように帰ってしまったこと。
郁も忍足が家に帰って来てからのことを白石にメールする。すると。
『忍足クン正直すぎるやろ(笑) つか郁ちゃん、酒に酔うと普段の願望が出るんやで。知っとった?』
「えっ?」
知らなかったびっくりのトリビア。郁は思わず声を上げてしまう。
今までずっと無言でメールのやりとりをしていた。郁の声にミィくんが耳をピクリと動かして、彼女を見上げた。しかし、異常なしと判断すると再び目を閉じた。
『だからあれが忍足クンのホンネなんやで。郁ちゃんに関白宣言したいんやろ。ほんまに可愛くて心配で仕方ないんやな(笑)』
「白石先輩……」
頬を淡く染めながら、しかし、郁は思った。
(関白宣言って何だろう? 亭主関白のことかな?)
本当は昔の歌のタイトルで、懐メロ好きの忍足ならきっと知っている有名な歌だ。だけど、何十年も前の曲だから、郁は知るよしもない。
『ちなみに関白宣言は懐メロや。どんな歌かは忍足クンに聞いてみてな』
けれど、白石は郁が知らないことまでお見通し。メールの文末には補足がついていた。しかも、けしかける感じの。
「……歌なんだ」
白石にメールを返すと、郁は携帯をベッドの上に置いた。
「亭主関白かぁ」
大学生になったばかりの自分には馴染みのない言葉。結婚なんてまだピンとこない。少しでもイメージをつかもうと、郁は自分の両親を思い出す。
厳しくて優しい父と、娘の自分の目から見ても可愛らしくて、おおらかな母。どちらもとても愛情深くて、お互いをいたわりあっていて、まるで恋人同士のように仲が良かった。
本人たちに改めて伝えたことはないけれど、そんな二人は郁の憧れで、理想の夫婦像だった。いつも一緒で、どんなときでもお互いを思いやって、必要としあっていて……。
「……なんか、侑士先輩にくっつきたくなってきたな」
仲良しの二人を思い出したら、自分も大好きな人にくっつきたくなってしまった。
「……先輩、まだかなぁ」
現金なもので、一度そうしたいと思ったらもう待ちきれなくなってしまった。そわそわとした様子で、郁はベッドサイドの時計を見る。
彼女が寝室にこもってから、もう一時間近く経とうとしていた。シャワーを浴びる音は、そういえばもうだいぶ前から聞こえていない。
「反省してろって言われたけど、なんか心配だな……」
シャワーだけならそんなに長くかからないはずだ。気が立っていただけであとはいつも通り。意識も足取りもしっかりとしていたけど、それでも人格が変わるレベルで酔っていた忍足に、郁は不安になってくる。
ヘンな物音はしなかったから、お風呂場で倒れてるなんてことはないと思うけど……。
「ミィくん、ちょっとリビング行ってくるね」
そう言って、郁はいそいそとベッドから降りる。するとミィくんがついてきた。自分を追いかけてきてくれた小さな相棒と一緒に寝室を出て、郁はこわごわとリビングに戻る。
扉を少しだけ開けて、ひょこっと顔をのぞかせて、郁は中の様子を偵察する。彼女の足元ではミィくんが、郁と同じように顔をのぞかせていた。室内は静まり返っていて、人の気配はない。しかし。
「あ……」
思わぬ場所で、郁はお目当ての人物を発見した。部屋の真ん中のソファーで、忍足がすうすうと寝息をたてていた。フェイスタオルを首にかけたジャージ姿で、いつもかけている眼鏡はそばのテーブルの上。
なんとなくこのまま朝まで眠っていて欲しい気もするけど、それでは風邪を引かせてしまう。郁はこわごわと部屋に入り、忍足のいるソファーに近づいた。彼女のあとから、ネコのミィくんもついてくる。
「センパイほんとに寝てる……」
気配に気がついて起きてしまうかと思ったけど。よほど疲れていたのか、忍足は眠ったままだった。鋭い瞳はそっと閉じられて、わずかに唇が開いている。長い髪もまだ濡れていて、そのせいか普段よりずっと幼く見える。
まるであどけない少年のような無防備な姿に、郁の鼓動が跳ねる。こんな忍足は恋人の自分であってもなかなか見れない。
(なんか、可愛いな……)
笑みをこぼして、つぶやいた。すごく大人びていて隙のない、郁にとってはそれこそずっと、憧れの先輩だった忍足の無防備な寝姿に、郁は見とれてしまう。
可愛らしい姿をずっと見ていたい気もするけど、風邪が心配なこともあり、郁は忍足を起こすことにした。
「侑士先輩っ」
名前を呼びながら、肩をつかんでゆさゆさと揺する。
「ん…… 郁……?」
「起きて下さい、風邪ひいちゃいますよっ」
「ああ…… せやな」
起き抜けの寝ぼけまなこ。でもふとこぼれた笑みはとても穏やかで、もうすっかりいつもの忍足だ。
(酔い、さめてきたのかな……)
ようやく忍足のご機嫌が直ったようで、郁はほっとする。帰宅してからというものずっとピリピリしていた忍足に、郁もまた終始緊張していたのだ。……けれど、もう大丈夫そうだ。
「……先輩大好き」
嬉しくなった郁は、そう言って忍足に抱きついた。郁は忍足の首に腕を絡めて、ぎゅっとくっついて大好きな彼に甘える。
「どしたん?」
郁を抱きしめ返しながら、優しい声で忍足は尋ねてくる。耳慣れたその声はどこか嬉しげで、郁はますます幸せな気持ちになってしまう。
「えへへ、言ってみたくなっただけです」
忍足にぴったりとくっつけていた身体を少しだけ離して。彼の目を見つめて、郁は微笑んだ。恥ずかしそうにおねだりをする。
「……キスしてもいいですか?」
「ん、ええで」
そう許可をもらって。郁はそっと瞳を閉じて、腕の中の忍足に唇を寄せた。けれど、口づけた場所は彼の頬。しかし彼女はうっとりとした表情で、しばらくの間その場所に唇を触れさせた。
そして口づけを終えて、忍足から離れようとしたが、もちろんそれは彼に留められる。細い腕を掴んで郁を引き寄せて、今度は忍足が彼女を腕の中に閉じ込める。
「……つかお前はもっと積極的になれや、いつも俺ばっかで不安なるやろ」
彼女を抱きしめたまま、忍足はぶっきらぼうにそう言った。眼鏡はずっと外したまま。そして濡れた髪のせいで幼く見える面差し。ぞんざいな口調は年相応の男の子。
「……え?」
真面目な顔で言われて、郁は自分を顧みる。そういえば、たしかに受け身だった。いつもされるのを待つばかり、してもらってばかりで。
そのせいで大好きな人を、こんなにも自分を想ってくれている人を、ずっと不安にさせていた。にわかに、郁の胸が苦しくなる。
「……ごめんなさい。先輩」
神妙な表情で、郁は忍足に謝った。けれど、これだけでは足りないような気がして、彼女は言葉を重ねる。
「侑士先輩が大好きです。だから心配しないでください」
忍足の腕の中で、はにかんだ笑みを浮かべる。
「……別に、そんな心配しとらんけどな」
頬を淡く染めて、忍足はぶっきらぼうな言葉を返す。らしくもなく、照れてしまったのだろうか。大人びた年上の彼の幼い表情に愛しさがこみ上げて、郁の身体の奥が熱くなる。
(……普段の穏やかなセンパイも、酔ってホンネ全開なセンパイも、どっちも大好きだよ)
心配性でヤキモチ焼きで、だけどそんなところも全て愛しい。
(眼鏡あってもなくても、機嫌いいときも悪いときも、どんなセンパイでもホントに大好きだよ)
けれどそれは、思っているだけでは伝わらない。そして、ただ「大好きです」と言葉にするだけでも伝わらない。
しかも、仲直りの高揚で気持ちが昂ぶっていた。それも手伝って、郁はつい自分から彼を求めてしまう。
「ねぇせんぱい、今日一人で待ってるの寂しかったから……」
忍足の逞しい腕の中。郁は小さく伸びをして、彼の耳元に唇を近づける。柔らかな両胸の膨らみを彼の身体にぎゅっと押しつけて、小さな声で囁いた。
「……早くセンパイとしたいな」
その瞬間、羞恥と興奮が郁の身体を駆け抜けて。彼女の奥が熱く潤んだ。胸の鼓動もにわかに早くなり、じんわりと温かなものが、彼女自身からあふれ出す。
あまりにも素直な身体の変化。それが忍足にも伝わってしまったのだろうか。彼もまた興奮し始めているようだった。
どこかそわそわとしている様子は、まるで狩りの前のオオカミのよう。忍足の瞳の奥の熾火が炎を上げるのを見つけて、郁は期待に身体の内側を昂ぶらせる。
切れ長の目を楽しげに細めると、忍足は口の端を上げて笑った。
「ん、せやな」
あまりにも色っぽい、忍足のこの微笑みが見れるのは、きっと郁ひとりだけ。愛しの彼女からのお誘いにすっかり機嫌を直した忍足は、明らかに舞い上がっていた。
いつものポーカーフェイスはどこへやら。まだ完全に酔いが覚めていないのか、今の忍足は普段とは比較にならないほど分かりやすい。自覚があるのかないのか、すっかり郁の手のひらの上。
だけど、それは郁も同じだ。お付き合いを始めた頃からずっと、彼の虜で彼に夢中。もう長いこと、その優しくて甘すぎる術中にはまってしまっているのだ。
もう離さないとばかりにギュッと手をつないで、寝室に向かう二人の背中を、ミィくんはあきれた様子で見送る。
『まったく、やれやれなのである』
***
カーテンが音を立てて開けられて、まぶしい朝日が部屋に差し込む。
「郁、もうええ時間やで? 起き?」
甘く優しい声に呼ばれて、郁は目を覚ます。
「あ、センパイ…… おはようございます」
郁はごしごしと目をこすり、先に目覚めていた忍足に朝の挨拶をする。
「そんなにこすったらアカンで。でも……」
「……?」
何かを言いかける忍足を、郁は不思議そうな表情で見上げる。
「俺のジャージ、やっぱブカブカなんやね」
嬉しそうにクスクスと笑われて。郁は頬を赤く染めた。昨夜のベッドでの出来事を思い出してしまったからだ。
いつもよりもずっと大胆になってしまって、そして最後は裸のまま……。けれどそれでは風邪を引いてしまうと、忍足が自分のジャージを着せてくれたのだった。
だけど案の定、忍足のジャージは郁にとってはぶかぶかで、今も袖が余って、腕まくりをしないと手が指先まで隠れてしまう。
「……」
ゆうべのことを思い出したら、急に恥ずかしくなってしまった。郁は無言でうつむいた。
昨夜はあんなにも大胆になれたのに、一夜明けた今はまるで魔法が解けたよう。すっかりいつもの気弱な彼女に戻ってしまった。
しかし、忍足はそんな郁を愛おしげに見つめながら、言葉を続けた。
「そういえば、ツリー飾ってくれたんやな。朝起きたらいきなりあってびっくりしたわ」
ありがとな。改めてお礼を言われて、驚いた郁は忍足を見上げる。
「……えっ?」
昨日、忍足はたしかにツリーに気がついていたのに。
『――ツリー飾ったんやな。あ、ウコンもらうで』
しかしその言葉に、郁は昨夜の彼を思い出す。そういえば人格が変わるくらい酔っていた。だから、つまり……。
(覚えてないんですね……)
郁は肩を落とす。しかし。
(まぁその方がありがたいんだけど……)
自分も、つい勢いで恥ずかしいことを言っちゃったり、しちゃったりした気もするし。それこそ、覚えていられたら、それをネタにずっとからかわれそうなくらいの……。
再び思い出してしまったベッドの上での出来事を振り払い、郁は努めて明るく言った。
「昨日の夜飾ったんですよっ」
「そうなん? まぁええわ。ほら早よ起き? 今日はお出かけするんやろ?」
「はいっ」
たしかに時々ちょっとしたアクシデントもあるけれど、いつもと変わらない幸せな毎日。とあるクリスマス前の、二人のひとこまだ。