*Shoet DreamU(更新中)*

□【忍足】どんな君でも
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 あっという間に、もう十ニ月だ。クリスマスも間近な街はどこかそわそわとしているけれど華やかで、ツリーやイルミネーションがあちこちに飾られて、もうすっかりクリスマスモードだ。

 忍足の彼女の郁もまた、彼の部屋で楽しげにクリスマスツリーの飾り付けをしていた。膝を床について、自分の目の高さより高いツリーにオーナメントをつけている。

 室内に飾るには大きめの立派なツリー。これは十月の連休にお世話になったお礼とクリスマスの前祝いに、東京にいる忍足の友人たち、向日と日吉が贈ってくれたものだ。

 ツリーとオーナメントがセットになった既製品ではなく、単品のツリーに向日たちが選んだオーナメントが同梱されていた、いわばオリジナルのツリー。

 それには、電飾やオーナメントボールといった定番の飾りの他に、メルヘンなクッキーのマスコットが沢山入っていた。

 アイシングクッキーを模した飾りで、クッキーの上にパステルカラーのクリームで可愛いキャラクターが描かれている。サンタ帽やトナカイの角を頭に載せたオバケたちに、愛くるしいハトやクマといった動物たち。

「オバケが日吉くんで、小鳥が向日先輩かな……」

 飾りつけを続けながら、誰が何を選んでくれたのかを想像し、郁は柔らかな笑みをこぼす。続けてつぶやいた。

「……でも、日吉くんたちのお買い物って、なんかすごく早そう」

 氷帝の中でも短期決戦を得意とする二人。悩んだり迷ったりすることはなく、自分が一番いいと思ったものを手に取って、そのままレジに向かってしまいそうだ。

 きっと所要時間は数分程度の、絵に描いたような男の子の買い物。

「私の買い物に付き合わせたら、怒られちゃいそう」

 ポインセチアを頭に飾ったウサギのクッキーをツリーにつけながら、郁は苦笑する。ちょうど最後から二つめのオーナメント。

 そして、彼女は床に置いていた最後のひとつに手を伸ばす。クッキー風の平らなマスコットではなく、立体的な天使のお人形。しかも、それはよく見ると。

「あ、この天使、チャトラのネコだ!」

 最初オーナメントをまとめて出したときは、きちんと見ていなかったから気づかなかった。郁の顔に満面の笑みが広がる。

『コイツはツリーのてっぺんに飾れよ! 岳人』

 人形にくくりつけられていた手書きのメモを丁寧にはがして、郁は自分の隣の彼に声をかける。

「なんか、ミィくんにそっくりだね」

 ネコ天使の人形は、ずいぶんとふてぶてしい表情だった。郁の言う通り、先ほどからずっと彼女の隣でちょこんと座っている彼に似ている。

 この彼は、忍足と郁の愛猫のミィくんだ。体重およそ七キロ。体格はいいけど目つきの悪い、チャトラのオス。

 名前を呼ばれたミィくんはチラリと郁の方を一瞥するが、食べ物がもらえるわけではないと分かると、視線を元に戻して瞳を閉じた。まったくもってどうでもよさそうだ。

 けれど、こうやって何かにつけて構われるのを分かっていても、郁のそばを離れないあたり、彼もまた郁のことが好きなのだろう。

「よしっ、このネコちゃんてっぺんに飾ろうっと」

 郁は手を伸ばして、ツリーの先端にその人形をくくりつける。

「……できた!」

 世界でひとつのクリスマスツリーが、ついに完成する。お約束のオーナメント以外にも、向日と日吉が選んでくれたクッキーシリーズが、とてもメルヘンで可愛らしくて、郁は再び笑みをこぼす。

「……えへへ、かわいい」

 つぶやきは無意識のうちにでた。ミィくんがそばにいるからか、今日の彼女はひとりごとが多い。しかし、不意に郁は壁の掛け時計に目をやると、小さなため息をついた。

「ミィくん、先輩遅いね。今日はサークルの飲み会だって言ってたからしょうがないんだけど……」

 時計は夜の九時を指している。先ほどからずっとつきっぱなしだったテレビから映画が始まった。今日は休前日の金曜日。

「二次会とか三次会とかやっぱりあるよね」

 体育会系のサークルはすごく飲まされるらしい。忍足たちのいるテニス部も例外ではない。要領のいい忍足なら上手く切り抜けてくるだろうけど。郁は心配になってしまう。

(……大丈夫かな。日付変わる前に帰ってきてくれるといいなぁ)

 しかし彼女は、傍らの小さな家族に視線を落とすと、にっこりと笑った。

「でも、ミィくんがいてくれるから寂しくないね」

 ネコにしては広いその額をよしよしと撫でた。ミィくんは当然のことのように、目を閉じたまま撫でられている。『当たり前なのである』とでも言いたげだ。

「……ツリーも出したし、今から何しようかな。夜だけど部屋のお掃除でもしようかなぁ」

 ひとしきりミィくんを撫でたあと。郁はそんなことをつぶやいた。またもやひとりごと。けれど、彼女は再び自分の隣に視線を落とすと。

「……でも綺麗だしなぁ。ミィくんどうしようか」

 ミィくんは瞳を閉じたままじっと動かない。小さく息をつくと、郁は部屋を見渡した。医学部の勉強やテニス部の練習で忙しいはずなのに、忍足の部屋は今日もキレイに片付いていた。

 さすが忍足だ。要領が良くて、そしてデキのいい人。勉強もスポーツも家事もできて、すごく忙しいはずなのにお家はいつもピカピカ。

「う〜ん……」

 彼女が悩んでいるうちに。玄関からガチャガチャという鍵を開ける音が聞こえてきた。ドロボウさんでなければ、これは……。

「あ、あれっ!?」

 驚いた郁は壁の時計を見返す。まだ九時を回ったばかり。テレビで放送されている映画はまだ序盤。飲み会のはずなのにずいぶんと早い家主の帰宅に、郁は慌てる。ひとまずテレビの電源を切った。

「郁! 帰ったで〜」

「侑士先輩」

 玄関先から聞こえる声は間違いなく忍足だ。けれど、なんだか様子が変だ。いつもよりちょっと声が大きくて、乱暴な気がする。

 といっても普段が穏やかすぎるくらい穏やかだから、そう感じるのかもしれないけど。

 いつもより大きな足音がして、すぐにリビングの扉が開けられた。室外の冷たい空気と一緒に入ってきたのは、かっちりとしたコートを着込んで、トートバッグを肩に掛けた忍足だった。

「はぁ…… 疲れたわ」

「センパ…… っ!!」

 彼に駆け寄ろうとして、郁は思わず眉を顰める。強烈なお酒の匂いとタバコの匂い。タバコは服や髪からなんだろうけど、それでもイヤで郁は思わず顔をしかめそうになってしまう。

 けれど彼女は笑顔を作ると、忍足を明るく出迎えた。

「……お疲れ様です先輩! 早かったですね。二次会は」

「お前おらん集まりなんたるいわ。これ以上飲まされるんもイヤやし帰ってきた」

「そ、そうなんですか……」

(あ、あれ?)

 今日の忍足は妙にストレートだ。不機嫌さを隠そうともしていない。普段は機嫌がいいときも悪いときも、こんなに感情を露わにすることなんてないのに。

 郁は違和感を覚えるが、忍足自身は自分の変化に無自覚なようだ。カバンを投げるように置いて、アウターを脱ぎながら、吐き捨てるようにつぶやいた。

「ほんま疲れたわ。さんざん飲まされて…… これだから体育会の飲みはイヤなんや」

 どうやら機嫌の悪さは本格的なようで、郁は焦る。飲み会でイヤなことでもあったのだろうか。理由はわからないけれど、とにかく今はなんとかご機嫌を直してもらわないと。

「……セ、センパイ。お水とかお薬いりますか?」

 精一杯、郁は飲み会帰りの忍足を気遣う。ささやかだけど、彼女なりの思いやり。

「せやな、水とウコン頼むわ」

「は、はいっ」

 忍足にそう言われて、郁は慌ててキッチンに駆けてゆく。焦るあまりにミニスカートの裾がひるがえり、白い太ももが露わになるが、彼女は気がつかない。

 忍足に機嫌を直してもらいたい一心で、郁はそそくさと用意をする。マグカップを取りだして水を注ぎ、すでに出してあったウコンの錠剤と一緒に、忍足のいるリビングに持っていこうとしたが。

 しかし、そのご本人がなぜかキッチンにやってきた。

「ツリー飾ったんやな。あ、ウコンもらうで」

「あ、ハイ……」

 忍足はそう言うと、郁が用意した錠剤を口に含んでカップをあおった。彼がゴクゴクと水を飲むたびに隆起した喉仏が上下に動き、郁は思わずその場所を見つめてしまう。

 そういえば、そこは男性特有の場所。忍足が飲み物を一気飲みすることなんてまずないから、改めて見つめたことなんてなかったんだけど……。

(カ、カッコイイよぅ……)

 そんな邪なことを考えている場合じゃないのに。不機嫌さとあいまったワイルドなセクシーさに、目が離せない。しかし、不自然に凝視していたら、案の定尋ねられてしまった。

「……どしたん?」

「い、いえ別に!」

 慌てて首を左右に振ると、郁はなるべく自然に話題をそらした。

「……大丈夫ですか?」

「平気や」

 平気と言いつつも相変わらずの仏頂面。郁はなんとなく悲しい気持ちになる。しかも、カップを置いてひと息つくと。忍足は急に怒り始めた。

「……大体お前は、いつもスカートの丈が短すぎるんや!」

「えっ? でも……」

 突然そんなことで怒られて、郁は戸惑う。たしかに短めの膝上丈。でもいつもこれくらいで、他の子だって同じくらいで、別に普通なはずなのに。

「タイツくらいはけや寒々しい。つか真夏でもお前はレギンスはいとけ」

「ええ〜……」

 今は寒い日の多い冬の初め。防寒のためにタイツは分かるけど、なんで急に真夏の話題になるんだろう。しかも。

「でも先輩、前レギンスは微妙って言って……」

「お前に関しては別や」

「…………」

 やつあたりのような怒りをぶつけられて、郁は困惑する。

「どうしたんですか、先輩急に……」

「どうしたもこうしたも、お前自分とこの大学の学祭で、四天宝寺のミニスカ制服着て夜に酒売っとったやろ。男にもアホほど絡まれておって。俺はそんな話聞いてへんで」

 切れ長の瞳を鋭く細めて、忍足は低い声で郁を責める。少し前に行われた郁の大学の学園祭。友人に頼まれて出店の売り子をした。

 昼間はメイド服でジュースやたこ焼きを売って、夜はなぜか四天宝寺の制服でお酒を売ることになったのだ。けれど。

「別に絡まれてなんて……」

「うっさいわ。しかもそれでホンモンの高校生と間違えられて補導されかけたとか、お前は一体いくつやねん」

「な、なんでそれを……」

「飲み会で聞いたんや。大体お前はいつも……」

 日頃よほど言いたいことを我慢しているのだろうか。見事なまでの絡み酒。長いお説教が始まりそうな気配に、郁は身体を固くする。必死にこの場から逃げ出す言い訳を考えて。そして。

「わ、私、先に寝室行ってますね! そういえば毛布出してなかったし……!」

「毛布?」

「そうですっ! 先輩は先にシャワー浴びてきて下さいっ!」

 普段の忍足なら、こんな露骨な話題そらしには引っかかってくれない。けれど、今は酒に酔っているからだろうか。

「……ああ、せやな」

 忍足は何かを思い出して、ひとり納得したように頷くと。そのままお風呂場に行ってしまった。

(よ、よかった……)

 郁はほっと胸をなでおろし、寝室へと逃げ込んだ。



 少し離れたバスルームからはシャワーの音が聞こえている。その音を聞きながら、郁は本当にベッドの上で正座していた。

「でもまさかイキナリお巡りさんに声かけられるなんて思わないじゃん……。しかもホントの女子高生と間違えられるとか……。ねぇミィくん」

 しかし、反省しているのかいないのか。自分の太ももに大きな身体をくっつけて、ちょこんと座っている愛猫を撫でながら、ぶつぶつとそんなことを言っている。

 最初は彼女ひとりでベッドの上にいたのだが、リビングにいたミィくんがやって来てくれたのだった。『お前は何を言っているのか』という様子だけど、郁を励ますように寄り添って、彼女の身体で暖を取っている。

 犬も食わない痴話ゲンカを、郁はネコに慰められる。しかしそのとき、そばに置いていた彼女の携帯が震えた。郁は慌ててそれを手に取る。

『郁ちゃん、忍足クンそっちにおる?』

「わ、白石先輩……っ!」

 休前日とはいえ遅い時間。こんな時間に白石からメールがくるなんて。ちょっとだけ驚きつつも、白石からの連絡を助け船のように感じた郁は、さっそく彼に返事を送った。

『いますよっ! でもなんかめっちゃキゲン悪いです(涙)』

『せやろな(苦笑) 俺も忍足クンや謙也に先に帰られたせいで、先輩らにえらい目に遭わされたわ』

(えっ……?)

 白石のメール文を読んで、郁は忍足が帰ってきてすぐに口にした言葉を思い出す。

『――お前おらん集まりなんたるいわ』

 その言葉がどこまで本当なのかはわからない。けれど、なんだか申し訳なくなってしまい、郁は白石を気遣った。

『大丈夫ですか? お大事にしてください』

 けれど白石は本当に気にしているわけではなさそうで、明るく笑い飛ばすと飲み会の様子を教えてくれた。
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