*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】マイ・バケーション
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***



 一流ホテルの高層階。大きなベッドが二つ並べて置いてある寝室以外にも、いくつか続きのお部屋があるスイートルーム。跡部が手配してくれた、今回の二人の滞在先。

 美しいサンセットを眺めながら、窓辺の一人がけのソファーで、郁はパフェを食べていた。大きなグラスにカラフルなジェラートが盛られて、小さなプルメリアの花が飾られている。

「パフェ美味しいです。先輩ありがとうございますっ」

 甘すぎず、さっぱりとしたシャーベットのような食感。ビーチで遊び疲れた身体に、ひんやりと染みこんでいく。

「あ〜ん? 俺様にも一口寄越せよ」

「え?」

 美味しそうに食べている様子にあてられたのか、跡部が郁のそばにやってきた。ねだられるなんて思っていなかった、郁は焦ってパフェのグラスを持ったまま立ち上がる。

 跡部は何も言わずに、グラスのプルメリアの花を取ると、郁の左耳にそっとかけた。恋人や夫のいる女性は左に、いない女性は右にかけるのが現地のならわし。

 つい先ほど当の跡部からそれを教わった郁は、恥ずかしそうに笑う。あまりにも自然なその仕草も、相変わらずキザで、くすぐったい。

 けれど跡部はそれには触れず、再びジェラートをねだった。郁のすぐ隣。彼女の身長に合わせるように少しだけかがむ。

「ほら、一口寄越せ。食わせろよ」

唇を軽く開いて促す。

「え!? ……は、はい」

 命じられるままに、郁はスプーンでジェラートをすくって、跡部の口元に持っていく。

 自分以外の誰かに何かを食べさせるというのは、やっぱりなかなか恥ずかしい。相手があの跡部ならなおさらだ。付き合って長い恋人同士だというのに、郁はつい照れてしまう。また頬を赤くした。

 けれど跡部はそんな彼女の様子など気にもとめずに、差し出されたジェラートを頂いた。

「……ん、なかなかじゃねーのよ」

 これはピーチだな。満足げにそう言って、跡部は指先で口元を拭う。

「おい、そっちの白いのは何味なんだよ」

「え、これはヨーグルトですけど…… 食べますか?」

 気を利かせたつもりで、郁は跡部にスプーンとグラスを渡そうとした。けれど。

「……自分で食うんじゃつまんねぇよなぁ」

「ッ!」

 挑発的にニヤリと笑われて硬直する。跡部の本当の目的はジェラートではなかったようだ。

(……先輩のいじわる!)

 郁は心の中で叫ぶが、買ってもらった手前逆らえず、もう一度、スプーンでジェラートをすくって跡部の口元に差し出した。今度はさっぱりとしたヨーグルト味。

「……どうぞ」

 細長いスプーンを持つ指先が、緊張と羞恥にわずかに震える。だけど、愛しのスポンサー様のご意向には逆らえない。

「わかってんじゃねーか」

 珍しく素直な恋人を見下ろして、跡部は目を細める。ご満悦といった表情だ。口を開けて食べようとした。しかしそのとき。

「ッ!」

「きゃっ!」

 郁の緊張のせいだろうか、彼女の胸元にジェラートがこぼれた。スプーンから乳白色のかたまりが落ちて、シャワーを浴びたばかりの薄桃色の肌を伝っていく。けれど跡部はためらいなく、その場所に吸いついた。

「……っ、先輩」

 胸の谷間を流れ落ちる乳白色の甘みを、舌で拭い取って。そのまま痕が残るくらいに、彼女の薄い肌をきつく吸い上げる。急にそんなことをされてしまって、びっくりしてしまった郁は身体を固くする。

 パフェのグラスを落としそうになりながらも、彼女は跡部からの愛撫に耐える。付けられてしまった赤い痣と、未だに自分の胸に顔をうずめている跡部を見下ろして、おずおずと尋ねた。

「……もしかしなくても、わざとですか?」

「……当然だろ?」

 上目遣いで笑われる。面白がるように細められた、青い瞳に鼓動が跳ねる。跡部から見上げられるなんて。なかなかないシチュエーションに、郁はますます赤くなる。

(……夜は免税店行くって約束してたのに)

 恥じらいと期待に潤んだ瞳を、郁はぎゅっと閉じる。トップスの胸元が、遠慮なく広げられていく気配。

 胸の膨らみに手を添えられて、シャワーを浴びたばかりの素肌を、ジェラートで冷えた舌で愛される感覚に、ぞくぞくとした心地よさが駆け上がる。

 ……今夜の買い物の予定は、キャンセルになってしまいそうです。



***



 カーテンの隙間からは、早朝の優しい日差しが差し込んでいる。空はすでに明るかった。跡部はうっすらと目を開けた。ベッドサイドの時計に視線をやって、今の時刻を確認する。

 まだ日が昇って、一時間も経っていない。まだ眠っていたかった跡部は無意識に、隣にいるはずの小さな身体を探す。ベッドの中で手を伸ばした。素肌にシーツが擦れる感覚が心地いい。

 普段は早起きな跡部だったが、昨日は色々とはしゃぎすぎて疲れたから、可愛い彼女をぎゅっと抱きしめてもうひと眠りしたかったのだ。けれど、そう広くないベッドのはずなのに。

「…………あん?」

 手を伸ばせども目的のものはヒットしない。なんとなく機嫌を悪くしながらも跡部は裸の身体を起こす。

「……どういうことだ?」

 広々とした寝室は自分一人だけだった。すぐ隣のベッドを見ても彼女がいない。昨夜も使われなかった二台目のベッドは、濃色のベッドライナーも綺麗に掛かったままの手つかずで、誰かが使っている形跡はない。

 続きの他の部屋にでも行っているのだろうか。しかし、サイドテーブルに置いていた自分の携帯を見ると、メール着信のお知らせランプが点いていた。

『マルガレーテと浜辺お散歩してきます。朝食までには戻りますね』

「……チッ」

 身支度もそこそこにルームキーを持って、跡部は急いで部屋を出る。



 柔らかな陽光が降り注ぐ朝のビーチ。履いていたサンダルを片手に持って、郁は浅瀬で愛犬と遊んでいた。彼女が水面を蹴るたびに、エクリュのワンピースの裾が揺れ、美しいしぶきが飛び散る。

 そばにいる愛犬も楽しそうに、しっぽを振りながらばしゃばしゃと歩いている。この時間はまだ、ほとんど人はいない。

「――オイ、郁!」

「景吾先輩」

 遠くから名前を呼ばれて、彼女は振り返る。シーシェルモチーフのヘアゴムでくくられた、綺麗な髪が潮風になびく。マルガレーテも、跡部の方を向いた。

「テメー、一人でホテルの外出るなって言っただろうが!」

 海には入らず砂浜から声を張って、跡部は郁を叱る。日本人も多すぎるくらいの海外リゾートだけど、やはりどうしても心配なのだ。

「ひとりじゃないですよっ、マルガレーテと一緒ですっ」

「ワンッ!」

 能天気な声に、明るい鳴き声が続く。いつのまにか、愛犬の頭にはハイビスカスの造花がつけられていた。おそらくは彼女が、現地のコンビニで買ったものをつけたのだろう。

 可愛いような、間抜けなような。けれど今は、そんなことを気にしている場合ではない。

「ふざけんじゃねぇ、マルガレーテを数に入れんな」

「えー」

「言い訳すんな! 出かけたいなら俺を起こせ!」

「だって」

「うるせぇ、下らねぇ遠慮はいらねぇんだよ!」

 心配させるな。普段は遅くまで寝ているくせに、こんなときばかり早起きな彼女を、言外にそう叱ってから。

 跡部は海に入ってきた。足元は濡れてもいいサンダル。そのままざぶざぶと、郁のところまで歩いて行く。その手を取って、引きずるように連れて行く。

「ほら、ホテル戻るぞ」

 心配して、わざわざ迎えに来てくれたのだとようやく気がついて。郁は恥ずかしそうに笑う。小さな声でハイとだけ答えた。そんなにかよわい子じゃないのに、お姫様扱いに照れてしまう。

 頭に花を咲かせたマルガレーテも、上機嫌で二人のあとに続く。早朝の海辺を歩く二人と一匹。ばしゃばしゃと水の跳ねる音がする。



「……宍戸さん、俺、跡部さんが羨ましくて仕方ありません」

 少し離れたところから、オペラグラスで二人の様子をうかがうのは。好きなタイプは浮気しない子、行きたいデートスポットはその子の行きたいところ、鳳である。

「長太郎……」

 後輩のノゾキ趣味に宍戸は呆れる。オペラグラスなんて一体どうして持っているのか。

「つか、ここ海外なのに知り合いいすぎだろ……」

 お盆休みのオンシーズン。免税店やビーチで同じ学園の知り合いを沢山見かけた。隣にいる後輩もその一人。

 しかも、昨日はホテル前で、日本のテレビクルーにまで遭遇してしまった。人気の女子アナを生で見れたことは嬉しかったけど、せっかくの海外旅行の意義を見失いかけた宍戸は、ため息をついた。

「……正月は、国内にしよ」

 悔しがる後輩の横で小さくつぶやいた。
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