*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】マイ・バケーション
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 背の高いヤシの木に、あちこちで咲いているハイビスカスにプルメリア。ここは美しいリゾートのビーチ。今日もいいお天気で、自分の目の前には水着の恋人と愛犬がいる。

 しかし、跡部は不満だった。相変わらず鈍感なその恋人を、力の限りどやしつける。

「何で真夏のビーチで長そで長ズボンなんだテメーは! 何で露出度が下がってるんだよ! 真冬でもミニスカはく奴が!」

「日焼けが」

「ふざけるな、俺様がプレゼントしてやった水着はどうした」

「下に着てますけど、だ、だってあれ恥ずかしい」

「恥ずかしいじゃねーよ。ビーチでそんなカッコの方が恥ずかしいんだよ。今すぐ脱ぎやがれその暑苦しいラッシュガードを!」

 日本からはおよそ七時間半の、世界的にも有名なリゾート地。国内のビーチとはひと味違う開放的なムードで、みんなリラックスしたカジュアルな格好をしている。

 スタイルに関係なく、女性もほとんどの人が露出度の高い水着姿で、長そで長ズボンの郁の方が妙に目立って浮いている。

「でっでも」

 それでも恥ずかしさを捨てきれない彼女は、跡部に言い訳をするが。

「でもじゃねぇ」

 鋭い瞳で睨まれて、仕方なくラッシュガードを脱いだのだった。



(……そうだぜ、これが正しいサマーバケーションだぜ)

 パラソルの下、ドリンクを楽しみながら。跡部は眩しそうにサングラス越しの瞳を細める。

 青い海、綺麗な砂浜、輝く太陽に紺碧の空。眼前には愛犬相手にフリスビー投げに興じている、ビキニ姿の愛しの彼女。

「マルガレーテ! いくよっ!」

 甲高いかけ声とともに、黄色いフリスビーが投げられる。

 名前を呼ばれたアフガンハウンドは、フリスビー目がけて一直線に駆けていき、伸び上がってキャッチする。つい先日サマーカットにしたばかりの、美しい被毛が潮風になびく。

「よしっ! 持ってきて!」

 キャッチ成功が嬉しかったのか、郁は満面の笑みを浮かべて、マルガレーテを手招きする。フリスビーをくわえたまま、マルガレーテは郁の方に走ってゆく。

「よしよし、イイ子!」

 差し出されたフリスビーを受け取って、郁は愛犬を優しく撫でる。しっかりと褒めてやってからもう一度、郁はフリスビーを構えた。

「マルガレーテ、もっかい投げるよ!」

 投げられたフリスビーが、先ほどよりもずっと高く上がる。マルガレーテは全速力で追いかける。姿勢を低くして猛ダッシュ。射程距離内に入った瞬間、砂浜を蹴って思い切りジャンプした。

 大きく口を開けて、南国の空を飛ぶ円盤を見事にキャッチ。そのまま綺麗に着地する。

「マルガレーテ! すごいよっ!」

 見事なジャンピングキャッチに感動したのか、郁は愛犬に向かって駆けだした。

 ビーチを走る彼女の、ビキニの胸元は魅惑の渓谷だ。思わず跡部はかけていたサングラスをずらす。柔らかそうな白い胸が、郁が砂浜を蹴るたびにふるふると揺れる。男心を癒す、お約束のシチュエーション。

 しかし郁は、自分の胸元に注がれている跡部の視線には気づかない。得意気にフリスビーを差し出す愛犬からそれを受け取り、腰を折って頭を撫でてやっている。

 犬を構う後ろ姿。これもまた、ベタだけど眼福のシチュエーションだ。意外とボリュームのある彼女のヒップが跡部の方に向かって、ごく自然に突き出される。

 腰の細さと相まって、女性らしい曲線美。水着の布の面積も小さめだから、男ならつい目で追ってしまうだろう。

(……さすが俺様だぜ)

 自分でも気がつかないうちに、跡部は口元をゆるめていた。女の子のヒップは大きめの方がやっぱり好きだ。

 心の中で自分の水着のチョイスを褒め称えながら、跡部はかけていたサングラスを外す。愛しの彼女の水着姿を、もっと楽しみたい。

 本人はもうそこまで気にしていないようだけど、意外と布の面積が少なくてセクシーなこのビキニ、本当に着せてよかった。

 しかし。すぐそばで聞こえた甲高い口笛の音に、跡部の機嫌は悪くなる。目をやると案の定。自分と同じ年頃の見知らぬ外国人、ではなくボードを抱えた日本人の男性二人が、郁を顎で指してニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「……ちっ」

 反射的に跡部は舌打ちをする。あんな水着を選んで着せたのは自分なのに、それでも自分以外の男が、彼女の身体を堪能するのは許せない。

 跡部はビーチ用のリクライニングチェアから立ち上がる。彼らを威嚇するように声を尖らせて、愛しい姿の名前を呼んだ。

「――オイ、郁!」

「景吾先輩」

 着ていたパーカーを脱いで投げ置いて、跡部はそのまま郁のもとに歩いて行く。

 さきほどの男子二人はあからさまにイヤそうな顔をすると、跡部にちらりと視線をやって仏頂面で退散した。なんだオトコいたのかよ。そんな声が聞こえてきそうだ。

「どうしたんですか?」

「別に」

 ナンパ男を追い払いたくて、とりあえず声をかけただけ。返答に詰まった跡部は、適当な言葉を口にする。

「……泳がねぇのかよ」

「え?」

 脈絡もなくそう言われて、郁はきょとんとする。マルガレーテも不思議そうな顔で跡部を見上げる。

 けれど一拍置いてから、郁は幸せそうに微笑んだ。ずっとパラソルの下で休んでばかりだった跡部に、遊びに誘ってもらえたのが嬉しい。

「泳ぎますっ」

 可憐な笑顔に、跡部はこの地で咲き誇るプルメリアの花を思い出す。



***



 マルガレーテをリードに繋いで、パラソルの下で休ませてから。二人は浅瀬を歩いていた。歩みを進めるたびに、ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音がする。

「わぁ、お魚だ」

 海で遊ぶ醍醐味は、可愛い生き物たちに出会えることだ。人の多いリゾートのビーチだけど、浅い場所にも魚がいた。カラフルな熱帯魚や銀色の小魚の群れ。郁が追いかけようとすると、あっという間に逃げてしまう。

「転ぶなよ」

「は〜い」

 整備された浜辺だけど、割れた貝殻や小石が落ちていることもある。転んだら危ない。跡部は郁に注意をする。

「わ、先輩見てください! ヒトデですっ!」

 しかし、彼女は相変わらずだ。話を聞いているのかいないのか。急にしゃがみ込んで、見つけたばかりの五芒星を海の中から取り出す。

「戻しとけよ、そんなん。刺されるぞ」

「え!?」

 跡部の言葉に驚いて、郁は持っていたそれを早速落とす。ぼちゃん、という音とともに。海の星はあるべき場所へと帰ってしまう。彼女のあまりの驚きように、跡部は一応フォローを入れた。

「……ま、それは大丈夫だと思うけどよ」

「よかった」

 郁は安堵の笑みを浮かべる。しかし。彼女は唐突に何かを思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ」

 ニコニコと跡部におねだりをする。

「先輩、ウミウシ見たいですっ」

「あ〜ん?」

 海の宝石とも言われる、美しくも不思議な生き物。その色鮮やかな姿は、テレビでも時折見かけるほどなんだけど。

「このへん探したらいますか?」

「……このへんにはいねぇんじゃねーのか」

 遠浅の人工ビーチにはさすがにいないだろう。跡部はそう答える。

「え〜」

 けれど、あからさまにしょんぼりとする郁に、跡部は息を吐いた。

「じゃあ、明日は水族館連れてってやるよ」

「ほ、ホントですか!?」

 仕方がなさそうな跡部の言葉に、しかし郁は表情を輝かせる。

「ウミウシがそんなに見たいかお前」

「ち、違いますよっ! 先輩と一緒に行けるから……」

「……フン、どうだかな」

 わたわたと言い訳をする無邪気な恋人に向かって、跡部は手を差し出した。

「まあいい、ほら沖行くぞ!」

「はいっ!」

 満面の笑みを浮かべて、郁はその手を取る。美しいリゾートのビーチ。手をつないで、二人は沖に向かってばしゃばしゃと歩いて行く。



***



 まだ日は高いけど、ビーチでたくさん遊んだ二人は、一旦ホテルに戻ることにした。ひと休みして、今度はメインストリートを散策して、免税店で買い物をする予定だ。

 浜辺に設置してあるシャワーを浴びて、水着の上からショートパンツとパーカーを着込んで、郁は跡部を待っていた。バスタオルと二人の荷物を抱きしめるように持つ。

 愛犬のマルガレーテは、お手伝いさんに連れられて先にホテルに戻っていた。

 蛇口を全開までひねって、跡部はバシャバシャとシャワーを浴びる。身体からしっかりと海水を洗い流して、金茶の髪を念入りにすすいで、きゅっと蛇口を閉める。

 温水で濡れた長い前髪をかきあげるその様子は、水も滴るなんとやらで。郁は心を奪われてしまう。恋人の自分もシャワーシーンなんてなかなか見れないから、ドキドキする。

 上半身だけとはいえ、跡部の裸はやっぱりすごく綺麗で色っぽい。厚い胸板や筋肉で太い腕は彫刻のような美しさで、ずっと眺めていたくなるし、引き締まった細い腰や肩胛骨の浮き出た広い背中も、男らしくてときめいてしまう。しかし、じっと見つめていたら。

「……何だよ、俺様に見とれてんのか?」

「み、見とれてませんっ!」

 二人分の荷物を抱きしめたまま、郁は頬を染めて否定する。お約束な反応に跡部の機嫌は上向く。楽しそうに彼女をからかう。

「あん? 嘘ついてんじゃねーよ」

「う、嘘なんて……」

「バレバレなんだよ、テメーは」

「っ!」

 図星をつかれて、郁は悔しそうに俯く。

「ほら、タオル寄越せ」

「……」

 あまりにも軽くあしらわれて機嫌を損ねてしまったのか、郁は憮然とした表情で跡部にタオルを押しつける。

「あーん? 何拗ねてんだテメーは」

「別に拗ねてなんて……」

「拗ねてんだろーが」

 むくれた表情も愛らしい、恋人の丸い額に跡部はデコピンをお見舞いする。パチン。痛くはないけど音だけは立派な、見事なデコピン。

「〜ッ!」

 反射的に、郁は荷物を抱えていない方の手でおでこを押さえる。驚きと照れに口をぱくぱくとさせて、声にならない声を上げた。

「機嫌直せ、帰りジェラート買ってやるから」

 可愛い恋人の頭をくしゃりと撫でてやって、跡部は言葉を続ける。

「荷物も貸せ、ホテル戻るぞ」

 言うが早いか、跡部は郁から二人分の荷物を奪い取る。空いている手で、彼女の小さな手を取った。相変わらず強引な、だけど跡部のその優しさに、郁ははにかんだ笑みを浮かべる。

「……ハイ」

 手をつなぐのも、甘いものも、跡部のことも大好きだ。あっさりと機嫌が直ってしまった。いつも自分の近くにいてくれる大好きな背中を、郁は幸せな気持ちで追いかける。
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