*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】跡部くんと飼いネコのお話U
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ある日の夕方のことでした。
跡部くんがお出かけから戻ってくると、ちいさな愛猫が窓辺のスツールの上で眠っていました。
ネコ好きの彼女の郁ちゃんに促されるままに、跡部くんはその可愛らしい寝姿を見つめます。
スツールのそばに二人でしゃがみこみました。
「セーブル、すごく幸せそうですね」
「…そうだな」
茜色のきれいな夕日の差し込む窓際で、恋人と二人で眠りネコを眺めるだなんて。
そんな暇なことを、まさか自分がすることになるなんて思わなかったと、跡部くんは思います。
(…俺様も変わったってことなんだろうな)
心の中でそうつぶやいて、跡部くんは愛猫から視線をはずして、
自分の隣でしゃがみこんでいる郁ちゃんを見つめました。
けれど、郁ちゃんはそんな跡部くんの様子には気がつきません。
穏やかに微笑んだまま、すやすやと眠るセーブルを眺めています。
郁ちゃんのその横顔は、跡部くんにはなぜかとてもきれいに見えました。
普段は年相応の子供っぽさもある郁ちゃんなのですが、
優しい瞳でちいさな子ネコをいつくしむ姿は、まるで一人前の大人の女性のようにも見えて、
急に跡部くんはそんな郁ちゃんに甘えたくなってきました。
というよりも、せっかく自分と一緒にいるのに、
郁ちゃんが他のことに気を取られているのが、跡部くんは気に入りません。
自分の方を向いてほしくて、ついちょっかいを出したくなってしまいます。
そのとき、郁ちゃんがサラサラとした横髪を耳にかけました。
すべすべのきれいな頬が露わになります。
我慢できなくなった跡部くんは、郁ちゃんの頬に不意打ちのキスをしました。
「え、っ…!」
突然の出来事に、郁ちゃんはびっくりして跡部くんを見上げます。
大きな瞳が、さらに大きく見開かれました。
跡部くんは黙ったまま、郁ちゃんの身体を自分の方に向かせて、今度は唇にキスをしました。
最初は驚いて戸惑っていた郁ちゃんも、大好きな跡部くんのすることは拒めません。
大人しくキスを受け入れます。
跡部くんが郁ちゃんのことを大好きなのと同じように、郁ちゃんも跡部くんのことが大好きです。
いきなりでびっくりしたけど、跡部くんにキスをされるのは、本当はすごく嬉しいのです。
唇を重ねたまま、郁ちゃんは跡部くんの服の裾をぎゅっと掴みます。
まるで跡部くんのキスにこたえるような、郁ちゃんのその反応に気をよくした跡部くんは、
そのまま何度もキスをして、そして郁ちゃんをつよく抱きしめました。
郁ちゃんも跡部くんを抱きしめ返して、二人はスツールの前でしゃがみ込んだまま、
ただじっと抱き合っていました。

どれくらいそうしていたでしょうか。
不意に、跡部くんは郁ちゃんを抱きしめていた腕を緩めます。ようやく気がすんだのでしょうか。
郁ちゃんも腕を緩めて、二人はあらためて見つめ合いました。
「…どうしたんですか?」
「…何でもねぇよ」
何でもないわけはないのに、いかにもな虚勢を張る跡部くんに、
郁ちゃんはついニコニコとしてしまいます。
本当に何でもないなら、急にキスなんてしてくるわけがありません。
それくらいはさすがの郁ちゃんでもわかります。
はずかしそうに視線をそらす跡部くんがとっても可愛くて、
郁ちゃんはすっかり嬉しくなってしまいました。
控えめな、はにかみ笑顔を浮かべます。
跡部くんも、郁ちゃんのその可愛らしい笑顔に、どくけをぬかれた様子です。
ずっとへの字だった口元が、わずかにゆるみます。
すると、そのとき。ずっと眠っていた愛猫のセーブルがようやく目を覚ましました。
「ミャウミャウ!」
お帰りなさい! 大好きな二人が帰ってきたことに気がついて。
セーブルは起き上がって、元気な声で鳴きました。
大きな瞳をキラキラと輝かせて、長いしっぽをぴんと立てて、ネコ流のお出迎えをします。
そして、いちばん近くにいた郁ちゃんに抱っこをせがみました。
「…ただいま。セーブル」
優しい声で愛猫に返事をして微笑みかけると、
郁ちゃんはせがまれるままに、セーブルを抱きかかえてあげました。
セーブルの黒いちいさな身体が、郁ちゃんの腕の中にすっぽりと収まります。
満足そうな表情で、セーブルは目を閉じました。
大好きな郁ちゃんにおねだりを聞いてもらえて、すっかりご機嫌な様子です。
ゴロゴロと喉を鳴らして、可愛いお顔を郁ちゃんの胸の谷間に埋めて、
左右にスリスリとこすりつけます。
「…あ、コイツ!」
けれど、セーブルのその仕草に跡部くんは目をつりあげます。
ネコといえども、郁ちゃんの柔らかな胸の感触を、自分以外が楽しむのなんて許せません。
いつものように、跡部くんはセーブルを郁ちゃんから引きはがそうとしました。けれど。
「もう! ダメですよ先輩!」
珍しく、郁ちゃんは跡部くんを怒ります。
伸ばされた大きな手をすばやくかわして、セーブルを取られてしまわないように、
ぎゅっと強く抱きしめました。そして、跡部くんにつよい視線を送ります。
「これは、セーブルの愛情表現なんですからっ!」
「…あ〜ん?!」
いつもは大人しい郁ちゃんに、まさかにらみつけられるなんて思っていなかった、
跡部くんは不満そうな顔をします。
年下の彼女の郁ちゃんが、自分にさからうのが気に入りません。
けれど郁ちゃんは、跡部くんにつよい視線を送ったまま、セーブルをかばいます。
「さっきのスリスリやフミフミだって、お母さんを思い出してるんですよっ!
なのにやめさせちゃうなんて、かわいそうですっ!」
「…ッ!」
いつもは自分に口ごたえなんてしない郁ちゃんに、珍しくせめられて、
跡部くんはひるんでしまいます。
たしかに、郁ちゃんの言う通り。
跡部くんも知っていました。セーブルのあの仕草は、本当はお母さんに甘える子ネコのものです。
なんだかんだ言っても本当はすごく優しい跡部くんは、
郁ちゃんのその言葉に気後れしてしまいます。
じつはセーブルはもともとノラネコで、
お母さんやきょうだいネコともはぐれてひとりぼっちだったところを拾われて、
跡部くんのお家にやってきていたのでした。
セーブルのそんな境遇を思い出し、跡部くんはせつない気持ちになります。
いつかの冬の日にセーブルを拾ってお家に連れて帰ったのは、他ならぬ跡部くん自身でした。
寒い雪の日に植え込みの影で、たった一匹で震えていたちいさな姿を見つけて、
放っておけなくなったのでした。
「…チッ、仕方ねぇな」
すねたような様子で、跡部くんはぷいっとそっぽを向きました。
跡部くんの“まのて”から逃れたセーブルは、ここぞとばかりに郁ちゃんに甘えます。
郁ちゃんのふかふかの胸に顔を埋めて、満足そうに瞳を閉じました。ゴロゴロと喉を鳴らします。
郁ちゃんもそんなセーブルを愛おしげに見つめます。
とても幸せそうな一人と一匹の様子に、けれど、独占欲の強い跡部くんは腹を立ててしまいます。
(…その愛情を俺に注げっつの!)
じつは、みんなが思っているよりもずっと、跡部くんはヤキモチやきでした。
大好きな郁ちゃんの興味や関心が、自分以外のものに向けられるのがゆるせません。
相手が自分の飼いネコでも、イライラとしてしまいます。
ですが、ネコ相手に怒っても仕方がありません。
跡部くんは心の中で深呼吸をして、いつもの落ち着きを取り戻そうとしました。
(…ネコ相手にイラついてもしょうがねぇよな)
まったくその通りです。
それでもガマンできずにヤキモチをやいてしまうのは、まさにほれた弱みとも言うべきで、
跡部くんはそんな自分にあきれてしまいます。
「…………」
ばつの悪そうな表情で、跡部くんは郁ちゃんとセーブルにこっそりと視線を送りました。
すると、郁ちゃんの腕の中で喉を鳴らしていたセーブルが、不意に目を開けました。
何かを思い出したように、跡部くんの方をじっと見つめて、ニャアニャアと大きな声で鳴きはじめます。
そして、跡部くんに向かって両方のまえあしを伸ばしました。
「…何だよ」
「先輩に抱っこしてもらいたいの? セーブル」
郁ちゃんの問いかけに、セーブルは元気よく「ミャウ!」とお返事をしました。
青い瞳をきらきらとさせて、跡部くんを見上げます。
「先輩!」
「…仕方ねぇな」
郁ちゃんにセーブルを押しつけるように渡されて、跡部くんは仕方がなさそうに、
きれいな黒い毛並みのちいさな身体を抱きかかえました。
そういえばこの子を抱っこしてあげるのは、本当に久しぶりです。
「先輩が抱っこしてると、セーブル本当にちっちゃく見えます」
「あーん? コイツは元からちっせえだろ」
「…そうですけど」
「ミャ〜!」
跡部くんの腕の中で、セーブルは満足そうに鳴きました。
飼い主の跡部くんに、久しぶりに抱っこしてもらったのがよほど嬉しいのか、
セーブルはミャウミャウと甘え鳴きをしながら、跡部くんの身体にごしごしと頭をこすりつけます。
可愛い彼女にも敵いませんが、甘え上手な飼いネコの愛くるしさにもあらがえません。
さきほど郁ちゃんにしたのと同じことを、自分に対してもするセーブルに、
跡部くんはすっかりほだされてしまいます。
「ったく、コイツは」
「きっと、先輩のことお父さんだと思ってるんですよ」
「オイ、俺はそんな年じゃねぇぞ」
「じゃあ、お兄ちゃんです」
「…そーかよ」
「そうですよっ! …そうだよねっ? セーブル」
「ミャウ!」
おりこうさんのセーブルは、いつも自分の名前を呼ばれると元気にお返事をします。
それをよく知っている郁ちゃんは、時々こうやってセーブルと“おしゃべり”をします。
今も“おしゃべり”が成功してご機嫌です。
跡部くんの腕の中にいるセーブルを見つめて、ニコニコとしています。
その幸せそうな笑顔を見て。不意に跡部くんは『セーブルを拾って良かった』と、
そんなことを思いました。
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