*Shoet DreamU(更新中)*

□【跡部】二回目の卒業式
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 十七年以上も過ごした思い出の我が家を見上げて、彼女は瞳を潤ませる。いよいよ今日が出発の日だ。小さなボストンバッグとイギリス行きの片道切符だけを持って。今、彼女は思い出の詰まった故郷から巣立ってゆく。



 ――跡部先輩へ。

 ついに今日、先輩たちのいるイギリスに向かって出発します。長い間暮らした日本とも、これで少なくとも数年間はお別れです。

 高等部の卒業式のときも泣いてしまったんですが、東京の自分のお家を出るときも、やっぱり泣いてしまいました。先輩を追いかけてイギリスに行くって、自分で決めたことのはずなのに、情けないですね。

 しばらく涙が止まらなかったんですが、電車に乗ったらやっと落ち着いてきました。そして、空港に着いたら寂しさよりもワクワクした気持ちの方が強くなってきました。早く先輩に会いたいです。あと、長い間離ればなれだったお父さんとお母さんにも、会いたいです。

 まだ英語とか色々不安だったりもするけど、頑張って勉強していこうと思います。

 フライトは――時間の予定で、――日の――時にそちらに着きます。着いたらまた連絡しますね。

 ――郁より。



 搭乗ゲート付近のソファーで、自分が乗る便の搭乗開始時刻を待ちながら、

彼女は向こうで自分を待ってくれている、大切な人にメールを打った。全面ガラス張りになっている正面の壁の向こうでは、いくつもの巨大な旅客機が鋼の翼を休めている。

 メールを送信し終えてから、彼女はその目の前の景色に視線をやった。永遠に続くかと思うくらいに広い、アスファルトの滑走路。その上を滑るように進むいくつもの機体。そして、胸が苦しくなるくらいに澄んだ青い空。アスファルトのグレーと鮮やかなブルーのコントラストに、なぜか涙が出そうになった。

 そのとき、何度も聞いたことのあるチャイムが流れた。予想通りのアナウンスがそれに続く。

『――航空――便、――行きのお客様にお知らせ致します。ただ今より……』

 自分が乗る便の搭乗案内が開始されたのだ。郁は立ち上がる。機内に持ち込む用の小さなカバンのポケットから、搭乗券を取り出す。晴れ渡った空を見上げて、つぶやくように言った。

「……それじゃあ、行ってくるね」

 サヨナラと言わなかったのは、お別れではなく新たなる旅立ちだと思いたかったからだ。十七年以上も過ごした故国である日本から。今日、彼女は遙か遠くの異国の地に巣立ってゆく。片道切符を握りしめるように持って、郁は前だけを向いて歩き出す。

「――行ってらっしゃいませ」

 空港のグランドスタッフたちの笑顔に送られて、彼女はついに祖国を発った。

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